★「ある騎士の栄転」★
この話から時系列は少し昔に戻ります。
年末ということであれば、本来であれば警護の依頼などで立て込んでいるのが常であったのだが、今年に限って言えば俺は暇であった。
別に謹慎を言い渡され訳ではない。
職場全体が怠慢になった訳でもない。
というよりは職場が変わったのだ。
今年に、というか来年から。
この冬に、十年来居続けた職場から移動の任を受けた。
左遷、という訳ではない。むしろ見る人が見れば、良転と評価するであろう首都へ向けての転勤だ。
だが良転だろうが栄転だろうが、俺にして見れば堪ったもんでは無かった。俺はあの静かな田舎が好きだったし、気のいい同僚や部下との付きあいも良かった。
そこで起きた、今回の転勤だ。
何でもきな臭い動きが多くなった王都で、治安維持の為の人員増員の為らしいが。
誰が好き好んで、最近治安の悪くなった首都へと足を埋めなければならないのだ。
貧乏クジ以外のなにものでもない。
しかしそうは言っても、俺個人の好悪で指令が変わる訳もない。俺は数少ない荷を畳んで、馬車に揺られ、下宿先の家へと着き、首都に身を降ろす準備を着々と進めたのであった。
新しい職場への挨拶も先日済ませた。
隊長を名乗る男は、それなりに頭を預けるのに足りそうな貫禄を持つ人物であったが、他の連中、特に若い連中の殆どは遠目から俺を伺っている奴らばかりであった。
一から信頼関係を築きあげるのは、中々に骨が折れそうな作業であるのは明白である。
その隊長からは、「職務は年が明けてからで良いから、今は街に慣れて置いてくれ」と言われ、暫らくの暇を出された。
街にあまり知り合いもいない状況で、やることも何もあったものじゃないと思ったが、職場にいてもそれこそ特にやることもなさそうだったので、俺は大人しくその提案を受けた。
田舎じゃ気にならなかった退屈が、苦痛だと気付いたのはそれから少しした後である。