第1章
どこをどう歩いたのか、まったく覚えてはいない。
ただ彼は一心に歩き続けていた。
どこにあるのかもわからぬ目的地を目指して。
行かなければならない――ただ強い思いだけが、彼の足を前に進めた。
日が昇ってから、日が落ちるまで。
国を出てから、いくつかの山を越えた。ときには深い川も渡った。
自分が行く先が、果たして正しい道なのかはわからない。けれど、彼は決して歩くことをやめようとはしなかった。
この日も彼は日の出と共に歩きはじめていた。そうして、気づいたときにはとっぷり日が暮れていた。聞こえてくるのは虫の音だけだ。
そういえば、国を出たころには盛大に自己主張をしていた蝉たちも、いつの間にか姿を消している。
季節は夏から秋へと変わっていることを、彼は今ようやく認識した。
(そんなことも気付かなかったのか、俺は……)
すっかり心の余裕を失っている自分に苦笑した。
彼は足を止めて空を仰ぐ。
ぽっかりと空に浮かぶは上弦の月。
遠い昔、同じ月を故郷でみたことを思い出す。
あのときの自分は、何も知らない子どもだった。
けれど、たった1つだけ強い願いを持っていた。
その夢を叶えるために、彼は都に出てきたのだ。村人たちの期待を一身に背負って。
そう……自分は――。
強い焦りが心をかき乱す。
ざああああと一陣の風が吹き抜けて行った。
彼は思わず瞼をぎゅっと閉じる。再び双眸を開いたとき彼が目にしたものは――それまでとはまったく異なる景色だった。
言葉を失い、彼は眼を見開く。
(やっと…辿り着いた……のか?)
風と共に舞い落ちてきたのは鋭い刃のような竹の葉。
目の前に現れたどこまでも続く竹林を見て、彼は確信する。
こここそが、かの噂に聞く仙人が住まう地に違いないと。
強い思いを持つ者だけに、開かれる仙人が住まう地への道。
自分は認められて、ようやくたどり着くことができたのだ。
「これで……助かる……」
これでもう、大丈夫。
これでもう、村は救われる。
思った瞬間、視界がぐらりと揺れた。
ざわり。
青い竹の葉が音を立てて散る。
何かを予感させるような強い風が、竹林の中を駆け抜けていった。