キミと生きる
五月の光は、残酷なほどに鮮やかで、それでいて瑞々しい。
意識に仲介されずとも、視界へ飛び込んでくるたくさんの緑。
自動ドアが開くとむせ返るようにわっと匂いが流れ込んでくる。
世界はいっせいに、新しい季節へと更新された。
手にしているエコバッグには「キミ」が好きだった人工的なシトラスの洗剤。
ひとりではじまった私の世界に、後からまざり込んできた「キミ」の匂い。
季節が変わっても、私の部屋の空気だけは「キミ」が決めた清潔の枠から、少しもはみ出ることはない。
それは、過去への執着ではなくて…
もうとなりにいないのに「キミ」が好きだったものばかり買い集めてしまう。
それは、いつでもキミが帰ってこられる場所を維持するため。
私にとっての、終わりきれない静謐な作業。
◇
街路樹がしめし合わせたようにいっせいに葉を広げ、五月の陽射しをさえぎる。
アスファルトの上には若葉の隙間から漏れた光が、ゆらゆらと複雑な模様を落としている。
その影の輪郭をなぞるように「キミ」の歩幅に合わせ、一歩、また一歩、踏み抜いていく。
「もっと早く歩かないと季節に置いてかれるよ」
凛とした記憶のあの声が、私の足を動かすたったひとつの原動力。
ひとりのときは、もっとゆるやかだったはずの私のリズム。
「キミ」とのふれあいのなかで、速度は書きかえられてしまった。
速度を落とせば、からだのバランスが崩れてしまうような、そんな怖さ。
もう、この速さを手放せない。
眩しすぎる光のなか「キミ」の速度で「キミ」のいない場所へ向かって、正しく歩き続ける。
キミに恥じることのないように。
◇
朝の仕事前、公園のベンチに深く腰を下ろす。
若葉がこすれ合うかすかなざわめきが、そこここで空気とともに歩き出す。
頭の上を抜けていく風の気配を、どこか他人事のように聞きながら、スマホの画面に指を這わせる。
自分とは無縁なはずの野球のスコア。
ただの数字の羅列。
「キミ」が熱狂していた夢の続き。
勝ち負けに心をゆらす感情は、とっくにどこかへ置いてきたはずなのに。
これを確認しないと、今日という一日が正しく動き出してくれない。
私にとってのニュースとは、世間の慌ただしい動向ではない。
遠くにいる「キミ」という座標を更新し、静かに、眺めるだけ…
季節がどれほど鮮やかに移ろっても、変化することはない。
私の世界の照準は「キミ」という視点を介さない限り、決して合うことはない。
◇
限りなく透き通って、どこまでも抜けていくような緑の季節が、街の景色をぬりかえていく。
強い光は、建物の縁を鋭く削り、すべての輪郭を白くぼやかしてしまう。
私たちはもう、あのころのようにはいかない。
この光のなかを、並んで歩くことはない。
言葉を交わすことも、視線を重ねることだって。
それでも…
朝の光のなかで、私が選ぶ服の色には「キミ」の好みが混ざり合う。
「キミ」がいまどこかで口にしているコーヒーの苦さには、私のクセが残っている。
好き、という簡単な言葉でひとまとめにするには、あまりにも日常を侵食しすぎた習慣。
「キミ」をいまもなお、消えないルールとして、抱えたままに生きている。
この眩しい世界を、それぞれに、そして、別々に。
私は、正しく「キミ」と生きていく。




