嘘つき
最初に気づいたのは荒い息遣いだった。
荒く、浅く、壊れた時計のように途切れている。
放課後の廊下で、うずくまり地面に手をついて苦しそうに震えている女の子がいた。
すぐに過呼吸だと理解して考えるよりも体が先に動いた。
目の前に行き目線を合わせないように…。
「大丈夫。ゆっくり息を吐いて」
少し距離を取って声をかける。
「…はっ、っ…っは」
「吸わないで、吐く方に意識して、ゆっくり俺に合わせ」
手でゆっくり合図をして四拍で吐いて少し止めて、また吐く。
何度か繰り返す内に段々と呼吸が整っていく。
「だめ、もういいから」
とても強い声で俺の前から彼女を離そうとする。
そう声を出した子の方を見ると同学年くらいの子が、過呼吸の女の子の背中を擦りながら俺の目の前で右手を広げていた。
「分かった」
これ以上介入するなという意味だろう。
俺はその場を去った。
翌日、昼休みベンチで寝っ転がってる所を上から覗かれた。
「やっと見つけた」
「君…」
「この子がどうしてもってね、探すの苦労したのよ」
それもそうだろう、此処は旧校舎の奥にある年季が入ったベンチだ。
座り直して前を向き直すと昨日の放課後に倒れていた女の子だった。
俺を見つけた親友らしき女の子もいた。
「あの…」
「ん?」
「昨日はありがとうございました」
深々と頭を下げた女の子に俺は言う。
「礼を言われるようなことはしてないよ」
「それで恩を売ったつもり?」
親友さんは少し怒った様子だった。
「随分とけんか腰なんだね」
「ちょっと、今はお礼を言う為に来たんだから」
「そうやって恩を売っておけばなんだって言うこと聞いてくれるとか思っちゃうのよ」
なんか親友さんの方は俺のことを毛嫌いしているみたいだった。
「それで、お礼を言う為に来たの?」
「いえ、行動で示します」
「はい?」
「お昼一緒に食べませんか?」
「は?」
そして世にも奇妙な不思議な光景になってしまった。
一方は俺に弁当を作ってにこにこして、俺がそれを食べるのを見るがもう一方は俺を見る目が怖い。
「別に…大したことしてない…のに悪いねー」
「食べながら話さないで、行儀悪い」
「このから揚げ上手いね」
「ええ、母直伝のレシピで弟とかも好んで食べてます」
「弟さんが居るんだ」
「はい、五つ離れた弟がいて」
「へー、まあ美味いのは事実だね」
「そうでしょう、良く運動会とかで家族揃って食べてたんです」
「そっかそっか、悪いね」
「悪いと思うなら食べる手止めれば」
「良いのよ、いっぱい食べて。助けてくれたのは事実なんだから」
「なんか飲み物いりますか?」
「良いの?」
「ちょっとは遠慮とかないわけ?」
「まあ良いじゃない、じゃあ俺は缶コーヒー」
「分かりました」
そうして怪訝そうな親友さんと二人になってしまった。
沈黙が続いたがそれを破ったのは親友さんだった。
「随分と慣れてたわね」
「何が?」
「対処の仕方、普通は自分もパニックになっちゃうものよ」
視線が鋭くなる。
「妹がパニック障害でね」
「そう」
「うん、だからもう何があってもこっちはパニックにならないんだ。何があってもね」
「そう、貴方の妹さんも苦しんでたのね」
「うん、最後まで」
「最後?」
ここで一拍、間が空いた。話すべきか迷う。
「あの子と同じで五つ離れた妹は一人苦しみながら、そのまま息を上手く吸えなくてそのまま呼吸困難で亡くなった」
「ごめん」
「いや良いんだ、今はもう…」
「そう」
「うん、仕方ないさ助けてほしくても声を上手く出せないんだから。だから気づかないと本当に亡くなるそれを実感してるからさ、ほっとけないんだ」
言葉は自然と出る、本心だから。
でもこれ以上は聞いてこなかった、きっと俺に気を使ったのだろう。
それから三人で居ることが増えた。
放課後に寄り道をしたり、休日に遊んだり。女の子は段々笑顔も増えて発作も消え行った。
親友さんは警戒されている様子だったが、それでも一緒にいることは許されたのか。警戒されているからか中々二人でいることはなかったが、とある学校帰り珍しく二人で帰ろうと言い出した。
なんとなく警戒されていることは、予想していた…。
「好きです」
夕焼けの中、人混みが全くない所での告白だった。
「俺も好きだよ」
「本当?」
「うん、一緒に居ると楽しいし」
「良かったー」
そのことを知ってか知らずか親友さんとは相変わらず一緒だったが、それでも隠れて会ったりしていた。
そんな時だった。
「ねえ?」
「ん?」
「今度、家来てくれない?」
付き合って少し経ってとのことで報告をしたいとのことだった。
断る理由はなく、すんなりと承諾した。
彼女の家は静かな住宅街にあった。
両親は優しくて少し過剰な程に歓迎してくれた。恐らく手に塩かけて育てた娘がパニック障害を起こしても冷静に判断して対処してくれて、それも収まって来たタイミングでの挨拶だったからか、母親は初めてあった気がしないわ、そんなことを言っていた。
そして弟も居た、人懐っこくてよく喋る子だった。
夕食をご馳走になって、談笑して穏やかな時間だった。
忘れもしないあの時のから揚げや笑顔で溢れる、この空間は忘れないように頭の隅に置いておく。
「アイスでも買いに行く?」
「良いの?」
弟君を誘って外に出る。両親もこの時間でも俺がいるからか承諾し外に出た。
近くのコンビニでアイスを買って家に着く間際に俺は弟君にスマホを見せた。
「ねえ?」
「なに?」
「この子知ってる?」
俺が出した画像は俺の妹だった。
「え?」
「どうかした?」
「僕は知らないよ」
「そっか」
「う…ん」
明らかな動揺が見えた、やはりこの子は知っている。
「この子さ、殺されたんだ」
「え?」
「倉庫に閉じ込めて」
「そう…なん…だ」
「うん、パニック障害で助けを呼ぶことも出来なくてね」
「もし犯人が分かったらどうするの?」
「うーん、どうするかな。普通に復讐するのはつまらないから関わった家族も殺すかな」
弟君の目が泳いでいて今でも泣きそうだった。
「冗談だよ。さあ、家に帰ろうか」
「う…ん」
そうして俺は帰ることになった。
「じゃあね」
「また家に来てね」
「はい、また必ず」
「お姉ちゃん送って行くの?」
「うん、ちょっと先まで」
「気を付けてね」
「うん」
彼女と歩いて行く内に段々距離が近くなっていく。
「ねえ?」
「ん?」
「私のこと好き?」
「うん、好きだよ」
「本当?」
彼女は悲しそうにそう言う。
「本当だって、疑わないでよ」
「そっか、じゃあ此処で」
「うん、また会おうね」
「近いうちに」
「じゃあね」
彼女はそう言い振り返る、そして誰にも聞こえない声で彼女は呟く。
「嘘つき。本当なら――会わせないもの。あの子が」




