【5話】魔物は殺さないといけないから
頭が一気に冴え渡っていくのを感じる。嫌いとまではいかなくても苦手な奴だったのに今この時だけは曇りから差し込む一筋の光のような強さと暖かさを感じられた。「......ノア」「ノア様!」エーリヤと同時にその名を呼ぶ。
ノアはエーリヤの拘束を手早く解き治療をしようとしていたがエーリヤは慌てた様子で「わ、私はいいんです服が少し破けただけですから、それよりもクオ様を……ずっと守って......」と言いかけてポロポロと涙を零し言葉に詰まっていた。
ノアはこちらに振り返り「クオ殿、立てるか?」と手を差し出してくれた。正直躊躇った、色々失礼な事を思ったり態度を取ったからだ。それに悔しさもあった、色々ひっくるめてなんだか気恥ずかしかったが俺は手を取ろうとした、がいつの間にかノアは俺から距離を取りゴブリン共を切り裂いた刃を俺に向けていた。
場の空気が凍りついていくのを感じたのはきっと俺だけだろう。エーリヤはただならぬ気配に「ど、どうしたんですかノア様」と声をかけたがノアはそれに答えずにただ俺を睨みつけていた。
なんでバレ、ハッとして思い出す。そうだ仮面割れたんだ、顔が青ざめていき全身が緊張感で包まれた。体が声が動かない、脳から全身にかけて『逃げろ』ただ一言だけの警告が響き続けていた。なんで? ああそうか俺もあのゴブリン共と同じで魔物だからか。
ノアは初めて会ったあの時と同じような声色で「お前のその格好は俺の知り合いに似ている、いや彼の装いそのものだ、お前何をしたんだ」顔こそはやはり無表情だったが声には今までの比にならないくらいに怒りと殺意が込められていた。
何か、何か答えないとあの時みたいに何でもいいからそう思うほどに焦りに駆られ、俺は結局沈黙を貫く事しか出来なかった。痺れを切らしたのかノアは地面に這いつくばる俺を剣で上から左肩目掛けて突き刺した。
痛みよりも先に衝撃で地面に突っ伏した。だが直後焼けるような痛みが傷口を中心に全身に広がっていく「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」声にもならない叫び声をあげてしまった、痛い痛い苦しいなんでこんな目にうつ伏せのまま動けず両手で地面の土を掴む。泣きたくもないのに涙が溢れてきた。
ノアはゴミでも見るような目で俺を見ろし「不愉快だ、死ね」と今度は俺の首元に狙いを定めていた。ああ俺結局死ぬんだしかもこんな死に方で。圧倒的な『力』と『恐怖』を植え付けられ逃げる気も対話も俺にはもう出来なかった。まして戦うなんて死期を早めるだけだ。 受け入れるしか俺には残されていなかった、あの時みたいに目を閉じようどうせ俺には何も出来ないのだから。
誰かが俺の前に立つ気配を感じた。ゆっくりと目を開けるとエーリヤが俺を守るようにノアの前に立っていた。「待ってください、ノア様どうしてこんな事を」声こそは震えていたがノアの方を真っ直ぐと見て話していた。
ノアはただ一言「見れば分かる」とだけ言った。エーリヤは一呼吸を置いてから俺の方を振り返る、ダメだ顔を見られる、咄嗟に顔をそらそうとしたが間に合わなかったみたいだ。
エーリヤは目を見開き驚いてそして次第に絶望、ただその一色に染まっていった。「嘘......だってそんなのってどうして......」両手で頭を抑え現実を受け入れられない様子だった。
見られた見られてしまった一番見られたくなかった人に、エーリヤにつられ俺もより一層暗くなっていくのを感じた。
ノアはエーリヤを横切り再び俺に剣を振りかざそうとした。今度こそ終わりか、いやこれでよかったのかもしれないむしろ清々しさまで俺にはあった結局バレてしまうくらいならいっそ最初のあの時点で俺は……「魔物は殺さないといけない、お前がクオ殿の訳がないありえない信じない」ノアの声がした気がした。しかしその声はどこか苦しそうで絞り出したような声だった。
そして剣は俺の首元へと振り下ろされた、かのように思えたが背中に重量を感じその状態がずっと続いた。どうやらエーリヤが俺の背中に被さりずっと動かないままでいた。
ノアは苛立った様子で「何故分からないんだ、魔物は絶対悪で僕達人間に害しかなさない、生かしておいてはダメなんだ散々言ってきただろう」とエーリヤにさえ剣を向けていたが、エーリヤは震える声で「絶対にどきません......この方が……クオ様が魔物であったとしても私を守ってくれたのです、私は信じています。クオ様が私が守ってくれたように今度は私が守りたいんです」涙が自然とまた溢れてきた、だが先程とは違って暖かい気持ちでいっぱいだった。信じてくれた嬉しさ? 守ってくれている心強さ? いや全部だ。
ノアはしばらく考え込んでから剣をしまい「なら牢に閉じ込めて民衆の前で手を下すだけだ」とこちらに背を向け再び考え込んでしまった。
助かったのか? 自分の心音が強く響いていく。エーリヤが起き上がったので俺も起き上がろうとしたが「うぐっ」あまりの痛みに肩を抑え座っているのが限界だった。エーリヤは慣れた手つきで潰したであろう薬草を塗り包帯を巻いてくれた。お礼をいや先に謝罪か声を出そうとしたが上手く言葉が出なかった「……エーリヤ」何とか出した声は小さく掠れていた。こんな声じゃ誰にも届かないのになんて思っていたそれでもエーリヤはこちらを向いた。
目が合った。仮面越しではなくちゃんと目と目が合った。キャラメルみたいな瞳の中に醜いオークが映っていた。顔が一瞬で紅潮していくのを感じすぐに目を逸らしてしまった。次の言葉を探して再び名を呼ぶ「……エーリヤ色々言いたい事があるんだ」しかしエーリヤから何も反応は返ってこなかった。
エーリヤの方に顔を向けると首はうなだれ髪を前に垂らしていた。思わず固まってしまったそんな俺に構わずエーリヤはフラフラと立ち上がり俺を無視してノアの所まで歩きそしてその手にはゴブリン共が持っていた剣がいつの間にか握られていた。ハッとして叫ぶ「エーリヤダメだ!」そんな叫びも虚しくノアは背を向けた状態でエーリヤに突き刺されてしまった。
鮮やかな鮮血が舞う、まさか自分の従者がましてやエーリヤが刺してくるなんて思えないだろうノアはまともに防御も何も出来ずにうつ伏せの状態で地面に倒れて動かなくなってしまった。
脳が理解を拒んだ、嘆く暇も困惑する時間も与えてくれないように突然知らない女の声が聞こえた「こうして騎士は従者に斬られて殺されてしまいましたとさ」周りを見回したがどこにも他に人はいなかった。
鈍い金属音が聞こえエーリヤがフラフラと森の奥の方へと向かって行くのが見えた。 慌てて腕を掴んで「何してるんだエーリヤ! 早くノアを治療しないと」しかしエーリヤは俺に静止をされてもなお森へと歩みを止めなかった。まるで引っ張られているかのようだ。「もう無理ですよ助かりませんよ」返ってきた彼女の声はまるで別人かと思うくらい無感情で思わず手を離しそうになったが俺は「痛いと思うがごめん」と握る力を込めた。
するとエーリヤはガクッと首を傾けこちらに目線を送り単調な機械のように「クオ様だって見たでしょう私がノア様を殺したところを」彼女の目は光が宿っておらず顔も張り付いたような無感情だった。急にどうしてしまったんだ明らかに異常すぎるそれでも俺は「君が信じてくれたように俺も君を信じる」
今はただ説得するしかない治療なんて俺には分からない。エーリヤは腕を振り払おうとしていたので俺は両手で両肩を掴み「諦めちゃダメだ! 君が諦めなければ絶対助かる」と必死に声をかけた。ここでノアを死なせてしまったらエーリヤは二度と帰って来れなくなるだろう。それだけは分かっていた。「前にも言っただろう、俺は君がずっと頑張っているのを――」
「何も知らないくせに」冷たい声が俺の発言を遮った。焦げてしまったキャラメルのような濁った瞳に俺は映っていなかった「私の事全く知らないくせにたった数日間で知った気にならないでください、それに私はノア様に拒絶されたんですよあははああそうだだから殺しちゃったんです」エーリヤは俺の手首を掴み力を込め無理やり引き剥がそうとした。
「もうほっておいてください私は許されないんです」聞いているだけで苦しくなってくる「ならどうしてそんなに苦しそうにしているんだ」顔が向き合い再びエーリヤと目が合う。
「俺はノアほど頼れないし力も何も持ってないけど何かしらの力にはなれるはずだ」「だからほっておいてください」「見てくれこの傷をあんなに酷かったのにもう治っているんだ」「すぐに治療できただけで私の力じゃないです」「それでもあんなに速くて丁寧なのは凄いよ」「しつこい」「何度だって言えるよ、君は凄い」「うるさいほっておいて」
「ならどうしてあの時剣をわざと捨てたりしたんだ」「……」「気づいてほしかったんじゃないのか」「……」「あの時君が教えてくれなかったら俺は君に気づかず間に合わなかったかもしれない」「……違う、もうノア様は」「俺は信じてるまだ生きてる、絶対にだ」「……」「エーリヤ、君を信じる」エーリヤは体を震わせながら「これ以上誰にも迷惑なんてかけたくない……のに」と大粒の涙を零していた。それでも俺から手を離し包帯を取り出していた。
力が抜けて倒れそうになったこんな俺でも説得出来たんだ、また泣きそうになるのをグッとこらえてエーリヤの治療を見守っていた。時間は少しかかっていたものの血は完全に止まったようだ、エーリヤは目を閉じ手を組み祈っていた。
神がいるのならあいつが神になる訳だから信じてはいなかったが慈悲はどうやらあったようだ「僕のこの傷は魔物によって出来たもので、君たち二人の懸命な治療によって治ったものだ」ノアはゆっくりと体を起こし俺たちの方を見て呟いた。
エーリヤがノアの手を取り「良かった……本当に……本当にごめんなさい私のせいで」ノアは首を振り「ともかく早く帰ろう時間がかかりすぎてしまった」あんな事があったというのに相変わらず淡白な奴だと顔をしかめそうになった。
全員立ち上がろうとしたところでノアがマントを脱ぎ俺に渡してきた「君のはもうボロボロだから俺のを使えばいい、仮面は心もとがないが包帯でとめたらいいだろう」こんな状況でも俺の事を考えてくれているのかとほんの少し感動を覚えていたのも束の間で「勘違いするな僕は君をクオ殿と認めていない、少しでも怪しい動きをしてみろ即座に首が飛ぶと理解しておいてくれ」再び剣を向けられ息が止まる、エーリヤも顔を青ざめさせ「ノア様……どうして」と震えていた。ノアは小さく呟くように「君が魔物なら僕は何の為に数十年間も……」その言葉の意味を聞く事なんてとても出来なかったそんな勇気も相手からの信頼も俺にはなかった。
道中は誰も何も話さずただただ気まづかった、俺とエーリヤは先頭を歩き後ろからノアが着いてくる感じで帰った、まるで監視するかのようだった。せっかくエーリヤの隣だから何か話したかったのになと残念な気持ちになった。
色々あったが城が見えてくると疲れがどっと押し寄せて来るのを感じた。やっと休めれるんだ、しかし城の前に人だかりが出来ているのが見えた。異常な光景に困惑していたがノアが先陣をきり「これは一体どうしたんだ」ノアの声が聞こえたからか民衆は一斉に駆け寄り「ノア様! お怪我の方は大丈夫ですか」「ノア様お聞きしましたよ本当にその……エーリヤ様が?」「エーリヤ様嘘ですよね!? 嘘だと言ってください!」自分の名が聞こえエーリヤは顔が青ざめていった。ノアは周りを見渡し「落ち着いてくれこの傷は魔物に襲われたものだ、エーリヤは治療をしてくれただけだ」一瞬民衆のざわめきは収まったが一人の女の声がして「でも私見たんですよエーリヤ様が後ろからノア様を突き刺すところを」森で聞いた声と全く同じだ。
俺は無我夢中で民衆の中に入り探した、探さなきゃダメだしかし民衆が再び騒ぎ出しノアやエーリヤに詰め寄り俺ははじき出された。エーリヤは何も答える事は出来ず震えていた。ノアはもう一度説明しようとしていたがあまりの数に声が届かず騒ぎが酷くなるばかりだった。混乱と疑惑で溢れていた嫌な空気だ。ついには俺にまで詰め寄ってくる人が出てくるほど状況は更に悪くなってきたようだ「貴方は見たのですか?」「エーリヤ様がそんな事する訳ないですよね」信じる者と疑う者が入り交じって疑心暗鬼しか生まれなかった。俺までも圧倒され何も言えずにいたが「エーリヤ様でも欲に目がくらむなんて」そんな声が聞こえ俺は気がついたら声を荒らげていた。
「ふざけるな! エーリヤがそんな事考える訳ないだろ俺なんかよりもずっとエーリヤの事知っているくせにふざけるな次そんな事言ってみろ俺が……」
突然腹に凄まじい衝撃を受け膝から崩れ落ちる「ゴホッ……ヴぅぁぁ」情けない声が出てしまう、薄れゆく意識の中で見えたのはノアがいつの間にか俺の近くまで来ていた事だけだった。
目が覚めると自分の部屋、ではなく薄暗い部屋の中だったベッドの上ではなく冷たい床の上で眠っていたようだ。何だこの部屋まるで牢屋みたいじゃないか、周りを見るとノアがドアの前に立ち俺の様子を伺っていた。俺が何かを言うよりも先に「すまない、事を大きくする訳にはいかないから手荒な真似をさせてもらった」正直驚いたまさかノアから謝罪が飛んでくるとは思わなかったからだ。「いやそんな事はどうでもいい、エーリヤは? 大丈夫なんだよな?」ノアは顔を曇らせ「……エーリヤとはもう会えないと思っていてくれ」そう言い終わるとガチャンと鍵を閉められた「どういう事だよノア! 説明しろって……エーリヤに何をするつもりなんだ」しかしノアは何も答えずどこかに行ってしまった。
今はただ扉を必死に叩き続ける哀れなオークだけが存在していた。




