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お前を愛する事はない? その台詞、待ってました!

作者: 月野槐樹

王都の中心に聳え立つ大聖堂は、魔法の結界で守られ、ステンドグラスの窓から柔らかな光が差し込んでいた。今日、ここで執り行われるのは、侯爵家ヴォルテールと伯爵家エヴァンスの政略結婚。参列者たちは華やかなドレスや礼服に身を包み、貴族たちのささやきが空気を満たしていた。花嫁のシャーリー・エヴァンスは、黒髪を優雅にアップにまとめ、青い瞳が静かに輝く美女。彼女は前世の記憶を持つ転生者で、この世界の厳しい貴族社会を冷静に分析していた。一方、新郎のアルフレッド・ヴォルテールは、端正な金髪の青年だが、その心は別の女性、エレナに向けられていた。エレナは身分が少し低い恋人で、すでに彼の屋敷の離れに住まわせていた。


シャーリーの心の中では、前世の記憶が鮮やかに蘇っていた。前世で彼女は、現代日本の普通のOLだった。毎日、満員電車に揺られ、残業続きのデスクワークに追われていた。休日は小説や漫画に没頭し、特に異世界転生もののファンタジーがお気に入りだった。


あのジャンルでは、主人公がチート能力を得て無双する話が多かったが、彼女の転生はそんな派手なものではなかった。交通事故で死んだ後、この世界の伯爵令嬢として生まれ変わった。魔法の素質は平均的、特別なスキルもない。ただ、前世の知識——現代の倫理観、心理学、法律の基礎、戦略的思考——が彼女の武器だった。貴族社会のしきたりを学びながら、内心で「この世界、ジェンダー不平等がひどいわね。女性の権利なんてほとんどないし、政略結婚なんて封建的すぎる」と分析していた。婚約が決まった時、すぐに相手を調べさせた。探偵のようなスパイを雇い、アルフレッドの愛人エレナの存在を知った。


「こんな男と結婚したら、浮気されて不幸になるだけ。離婚も難しいし、子供ができたら血統問題で大騒ぎよ。絶対に避けなきゃ」


——そう決意し、計画を練り始めた。


式は厳かに進んだ。神官の声が響き、二人は誓いの言葉を交わす。だが、それは形式だけ。アルフレッドの視線は冷たく、シャーリーのそれは計算ずくだった。シャーリーは内心でつぶやく。

 

「この式、まるで前世の結婚式みたい。でも、あっちは愛が前提。ここはビジネスね。まあ、ビジネスなら契約破棄の方法もあるわ」


式が終わると、二人は控え室へと案内された。扉が閉まると、アルフレッドはシャーリーを振り返り、ため息をついた。

アルフレッドは、流行の小説『永遠の影』の台詞を思い浮かべながら、傲慢に口を開いた。


「ふん、ようやく終わったな。お前を愛する事はない。これはただの政略だ。俺の心は別の女にある。お前はただ、跡継ぎを生むための道具だよ。わかっているだろう?」



シャーリーは、ゆっくりと顔を上げ、アルフレッドをまっすぐに見つめた。彼女の表情は穏やかで、動揺の気配すらなかった。内心では、すべてが計画通りだと満足していた。 


『やったわ! 予想通り、この台詞を言ってきた。流行ってる小説の影響ね。前世のネットミームみたいに広がってるけど、これを逆手に取れるなんてラッキー!』


事前に調べ上げたアルフレッドの素行——愛人の存在、冷徹な性格——すべてを考慮して、彼女は対策を講じていた。貴族の政略結婚は解消しにくいが、相手が有責になれば話は別だ。


特に、「お前を愛する事はない」という宣言は、跡継ぎの血統問題を引き起こす。愛人を囲っていれば、子供の親を偽る可能性があり、重罪に問える。


『前世の離婚法みたいに、証拠があれば慰謝料取れるわ。魔法の道具で録音できるなんて、この世界も便利ね』


シャーリーは、静かに息を吸い、落ち着いた声で応じた。


「わかりました。では、さようなら」



アルフレッドは眉をひそめ、嘲るように笑った。


「何を馬鹿なことを。式は終わったんだぞ? 婚姻は成立した。お前はもう俺の妻だ。たとえ、愛されなくてもな」



シャーリーは首を振り、優雅にドレスを整えた。


「いいえ、まだ正式には成立していません。あなたのその発言により、無効となります。婚姻猶予法をご存知ないのですか?」


アルフレッドの顔が引きつった。


「婚姻猶予法? 何だそれは? 聞いたこともないぞ。そんな法など、存在しない!」


シャーリーは淡々と説明を始めた。


「少し前に成立したばかりの勅令です。結婚式後、一ヶ月間、婚姻の正式成立を猶予する制度。不安事由がある場合、例えばあなたのような不誠実な宣言があれば、婚姻をなかったことにできるのです。この台詞は、流行の小説から来ているのでしょう? 『永遠の影』の一節ですね。あの小説がきっかけで、貴族男性が結婚直後にこれを言うケースが増え、女性側の不満が高まったんですよ。そこで、私のような女性を守るために、この法が作られたのです。」


内心で彼女は思う。


『この法、私が影で推進したのよ。高位貴族の知人を説得して、王族に提案させた。現代の離婚前クーリングオフみたいなものね。女性の権利向上、第一歩よ』



アルフレッドは苛立ちを隠せなかった。


「ふざけるな! そんな法で俺の婚姻を無効にできるわけがない。俺は侯爵家の嫡子だぞ。お前の伯爵家など、格下だ。黙って従え!」


ここで、控え室の隅に控えていた女性——審判侍女——が静かに前に進み出た。彼女は中立的な立場で雇われた専門家で、手に魔道具の結晶球を持っていた。シャーリーは事前に彼女を依頼していたのだ。


『前世の探偵や弁護士みたいな役割ね』


審判侍女は、落ち着いた声で告げた。


「侯爵子息アルフレッド・ヴォルテール殿。貴殿の発言をすべて記録いたしました。『お前を愛する事はない』という宣言は、婚姻の誠実さを欠く重大事由です。また、事前調査により、貴殿の屋敷離れにエレナ嬢が居住している事実も確認済み。これにより、将来の跡継ぎの血統を偽る可能性があり、重いペナルティが適用されます。婚姻猶予法に基づき、本婚姻は即時無効。慰謝料として、ヴォルテール家よりエヴァンス家へ金貨五千枚をお支払いください。」



アルフレッドは結晶球を睨みつけ、声を荒げた。


「証拠だと? そんな魔道具など、捏造だ! エレナはただの友人だ。愛人などではない! お前たち、陰謀を企てているのか?」


シャーリーは微笑んだ。


「陰謀? いいえ、ただの準備です。あなたのような男性と結婚すれば、不幸になるだけ。親が決めた婚約ですが、私は自分の人生を諦めません」


内心で彼女は喜ぶ。


『これで自由よ。慰謝料で資金も手に入るし、次は商売でも始めて独立するわ。転生者として、第二の人生を楽しむわね』



審判侍女は結晶球を掲げ、再生を開始した。アルフレッドの声が部屋に響く——《お前を愛する事はない。これはただの政略だ。俺の心は別の女にある。》——彼の顔がさらに青ざめた。

アルフレッドは慌ててシャーリーの腕を掴もうとしたが、彼女は素早く後退した。


「触らないでください。もう、あなたとは何の関係もありません。さようなら、アルフレッド様。あなたの愛人さんと、幸せになさって」


扉を開け、シャーリーは控え室を後にした。外では参列者たちがざわめき、アルフレッドの父である侯爵が駆け寄ってくる姿が見えた。


「何事だ! アルフレッド、何をやったんだ!」侯爵の怒声が響く中、シャーリーは大聖堂の階段を下り、馬車に乗り込んだ。

彼女の心は自由だった。


「前世の私なら、こんな大胆なことできなかったわ。でも、この世界で学んだのよ。知識は力。次は、女性のための教育制度でも作ろうかしら」


シャーリーは窓から外を眺め、静かに微笑んだ。王国では、この事件がきっかけで、婚姻猶予法がさらに強化され、女性たちの地位が向上した。流行の台詞は、皮肉にも、変革の象徴となったのだ。

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