初恋
第五章 ――夕焼けに染まる約束
幼い子どもたちは、先生のあとに続いて、幼い声で元気に返事をした。
黒子はそんな子どもたちの中から、自分の娘を静かに見つめていた。
小さな手で彼の頬を触りながら、くすぐったそうに笑うその姿に、彼の口元も自然とほころぶ。
「……ふふ」
娘を抱きかかえたまま、近くのベンチへ歩き、幸せそうに遊ぶ。
しばらくして、休み時間の終わりを告げる鐘が鳴った。
黒子は娘を抱き上げて保育施設の中へ入り、先生に預けると、軽く手を振ってクラブ活動へ向かった。
いつものように、彼は誰よりも早くグラウンドに着いた。
携帯の画面を見ると、ミーティングまでまだ十分ほどある。
彼は軽くランニングを始め、数周したところで――。
「――あっ!」
明るい声に振り返ると、そこには褐色の肌に濃い茶色の髪を持つ少女が立っていた。
(ツミネさん……? こんな時間に野球場で何してるんだ?)
黒子は心の中でそうつぶやいた。
◇◆◇
――エレナ・ツミネの語り
「こんにちは! 私の名前はエレナ・ツミネ。母はアラブ人で、父は日本人なの。だからよく外国人観光客と間違えられちゃうけど、生まれも育ちも日本よ。
もちろん、お母さんの文化もちゃんと学んできたけどね。
今は十七歳。でも、よく『二十歳くらいに見える』って言われるの。
高校に入ってからは、たくさんの男の子に告白されたけど……正直、ちょっと疲れちゃった。
でも、唯一告白してこなかったのが――黒子さん。
それが気になって、いつのまにか……恋になってた。
彼が鈍感なのはわかってるけど、私、諦めないんだから!」
◇◆◇
少女は白いタオルを手にしていた。
端には「Kuroko」と小さく刺繍がされている。
「疲れてるみたい……これ、使って!」
黒子は少し驚いた表情を浮かべたが、素直に受け取ると汗を拭い、息を整えた。
そして、静かに問いかける。
「……授業、出なくていいのか?」
「えっ? あ、えっと……その……ははは……」
黒子はため息をつき、タオルを畳むと、少女の手を取って歩き出した。
「ちょ、ちょっと!? ど、どこ行くの!?」
「決まってるだろ。教室まで送る。」
「い、いいよ! わ、私一人で行けるから!」
「いいから。すぐだ。」
気づけば、もう教室の前に立っていた。
黒子はノックをし、中から教師の声が聞こえると、静かにドアを開ける。
「失礼します、桃先生。彼女が少し遅れたので、ここまで連れてきました。」
「そうですか。ありがとうございます。」
教師が頷くと、黒子は小さくお辞儀をして微笑みながら教室を出た。
エレナは顔を真っ赤にしながら席につき、友人たちがひそひそと囁きかける。
けれど彼女は何も答えず、机に顔を伏せた。
◇◆◇
放課後――。
夕日が沈み、空をオレンジ色に染めていく。
エレナが校門を出ると、黒子が森の方へ歩いていくのが見えた。
「……何してるの?」
好奇心に駆られ、彼女は少し距離を取って後を追う。
しばらく歩くと、保育施設の建物が見えた。
先生たちが出入りしており、黒子が中へ入っていく。
数分後、彼は眠そうな小さな女の子を抱いて出てきた。
その子は父の腕の中で安心したように頬を寄せている。
(……妹、なのかな?)
エレナはそう思いながら、慌てて森を抜けた。
彼が別の道へと消えていくのを見届けると、胸の奥に残ったざわめきを抱えたまま、家路についた。




