ファントムの影
わかっていた。
あの警報が鳴るのは、ブリーフィング終了から数分後――まるでプログラムされたように。
艦内を劈くアラート音が、空気の膜を裂いた。
耳慣れたはずの警報なのに、今日のそれは違っていた。
甲板の振動が伝う前から、僕はもう知っていた。
その音は、頭の奥でさっきから“先行して”響いていた。
『こちらブリッジ! 独立星系連合ファントム部隊、距離三十光秒で急襲コース!』
周囲がざわめく。訓練生たちの顔が、瞬時に硬直した。
誰もが予想していなかった「実戦」の入り口。
でも、僕だけは違った。
真空の海。
その向こう、割れたガラスを撒いたような星々の中に、滲む影。
本来なら“映らない”敵機――存在確率を限りなく希薄にした、連合の〈ファントム〉部隊。
誰かが「見えない」と怯える声を漏らした。
けれど僕の中では、もうそのシルエットが視えていた。
歪んだ空間の中、砲撃軌道をなぞるように動く未来が、手のひらの裏で脈打っている。
〈シェイド〉の小隊が、確率固定弾を撃つ。
ネットワークノードが切り裂かれる。
通信がノイズに飲まれ、指揮系統が瓦解する。
――その未来も、すでに知っていた。
混乱が始まる。
同期の誰かが制御台にしがみつき、誰かが立ち尽くす。
だが、僕の動きは、静かだった。むしろ、正確だった。
「アレス! 出撃準備急げ!」
教官の怒鳴り声が飛ぶ。
当然だ。僕たちは訓練兵だ。
でも今は、訓練じゃない。これは“実戦”だ。
それでも焦る必要はない。
僕はこの手順すら、何度も心の中でなぞってきた。
着替えのロック解除。ID認証。搭乗ブースへの走路。
誰がどこで転ぶか、どこが詰まるか、何度も見てきた。
僕の未来視は、万能じゃない。
でも、少なくとも“初動”の混乱は、僕の中ではすでに整頓されている。
走る。
でも焦らず、急がず。
訓練生用のスーツロッカーに手をかけた瞬間――僕は確信していた。
この戦いは、生き残る。
ここまでは、確率の波がそう囁いていた。
問題は……その先だ。
まだ“視えていない未来”が、微かに濁っている。
だが、それは出撃してからの話だ。
だから今は、ただ、準備をするだけだ。
静かに。正確に。
他の誰とも違う感覚で、戦場の扉をくぐる。