新兵たちの沈黙
あのときの光景は、今でも時折、まぶたの裏で滲む。
第38教導艦隊――“フォーチュン・ライン”。
名ばかりの幸運の連なり。そのブリーフィングルームは、いつだって白く煙っていた。
環軌道灯が半透明のホログラム窓をくぐって、室内に漂う息と溶け合う。
不安と期待が同居する空気には、いつもどこか甘いような、鉄のような匂いがあった。
そんな中で、僕はひとり壁際に立っていた。
壁に背を預け、戦力図を見上げる。敵の配置は幾何学模様のように精緻で、でもどこか毒々しくて。
――いや、違う。あれは模様じゃない。
僕には、それが「枝分かれした未来」――血管のように絡まり合い、やがて爆発へと至る道筋に見えていた。
わかっている。これは“普通”じゃない。
最初は、ただの偶然だと思っていた。次に起こることが頭に浮かび、その通りになる。
だが繰り返すうちに、それは偶然ではないと理解した。
僕の中で、未来は「見えてしまう」ものになっていた。
誰にも言えない。誰に話しても、わかってもらえない。
「お前、また幻でも見ているのか?」
隣の席の訓練生が笑い交じりに声をかけてきた。
僕は肩を竦めるだけだった。
否定も肯定もせず、ただ――沈黙する。
自分が視ているものを、言葉にしたことは何度かある。
でも、そのたびに返ってきたのは、引き攣った笑いと、ガラスのような視線だった。
冷たい、硬質な、拒絶の視線。
その透明な壁の中で、僕はどんどん孤立していった。
端末を閉じる。
それだけの動作にさえ、誰もが反応する。
僕の“異質さ”が、行動一つで際立つようになってしまっていた。
席を立つ。音もなく。
影のように。鏡に吸い込まれるように。
僕は誰にも声をかけられず、声もかけず、その場を離れた。
誰もいない、誰も見ようとしない場所へ。
未来が見えてしまうこの目を、誰にも見られないように。
――僕は、間違いなく“違ってしまっている”。
それは誇りでも、優越でもない。
ただ、ひとつだけ確かなのは、
この未来の断片を視る力が、
僕を、誰の手にも届かない孤独へと連れていくことだけだった。