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双極幻獣  作者: スカイ
2/3

Aクラス

ボーダーには明確な実力指標として”ランク制度”が存在する。


――Sクラス:単独で悪魔を討伐できる可能性が10%以上と判断された者。

――Aクラス:単独で悪魔信者の幹部と渡り合える実力を持つ者。

――Bクラス:悪魔の使いを単独で討伐できる力を持つ者。

――Cクラス:新人。任務は基本的に隊行動で行う。


現在、Cクラスである主人公たちは、昇格試験の時期を迎えていた。


試験内容は、“他隊の新人とチームを組み、重りや制限を加えられた状態の現役隊長を、仮想空間内で撃破すること”。


会場には数十名の新人たちが集まり、緊張感が漂っていた。


試験カードは以下の通りである:


◆チーム1:主人公&リオ vs 第5隊隊長・電堂迅(Sクラス)

◆わ(Aクラス)

◆チーム3:対馬 幸晴(つしま ゆきはる/カウンター)&雲母 誠也(きら せいや/岩生成)

     vs 第2隊隊長・狩屋 黒苑(Aクラス)


試験の開始を告げるアナウンスと共に、各チームはそれぞれの仮想戦場へと転送されていく。


リオは額の鉢巻を強く締め直し、主人公に言った。


「行こうぜ、俺たちで突破するんだ。お前の力も、俺の力も、ちゃんと見せつけてやろう!」


主人公は少し戸惑いながらも、うなずいた。


「……ああ、一緒に……乗り越えよう」


そして、仮想空間が光に包まれ、試験の戦場が眼前に広がった。

雷鳴が響き、目の前に立つのは第5隊隊長・電堂迅。


「さぁ、二人とも。かかってこい。オレは手加減しねぇぞ?」


稲妻が舞い、空気がビリビリと痺れはじめた――。


【「……出力10%、これでも全力で来ないと危ないぜ?」


迅が笑みを浮かべ、指を鳴らすと空間に雷が走る。


リオは黒い鉢巻を解き、拳に炎を纏わせる。「本気でいくよ、主人公!」


主人公も静かに頷き、影へと沈み込む。


迅が手を高く掲げた瞬間、空間に稲妻が走った。

「——纏雷らいてん!」

その名を呼ぶと同時に、雷光が迅の全身を覆い、紫電の鎧を纏わせる。

「この鎧がある限り、俺には触れられないよ」


リオの拳が雷と激突し、空中で火花を散らす。その一瞬の隙を突いて、主人公の影が迅の足元に迫る。


だが、迅は軽やかにステップを踏み、空中を跳躍。雷の槍を生成し、2人に向けて連射する。


「まずは試してみようか。どこまで食らいつけるか」


地を滑る影、空を裂く雷、そして燃え上がる拳。


主人公とリオは、今までの戦闘で培った経験を武器に、少しずつ迅の動きを見極めていく。


リオは氷室との訓練で習得した空中機動を披露。炎を足から噴き出させて宙を舞い、迅に肉薄する。


一方、主人公は迅の『纏雷』を見て、自らも影を纏う術を閃いた。


「……なら、俺もやるしかない」


主人公の身体が影に包まれ、全身にしなやかな鎧が形成される。


「——影装えいそう!」


影によって強化された主人公の肉体が地を蹴り、音を裂いて加速する。


リオの空中攻撃と主人公の地上からの突進が交差し、ついに迅の腕にかすり傷が走る。


「よし……いい反応だ」


迅が満足げに笑みを浮かべ、雷の放電を中断する。


「仮想試験はここまで。よくやった」


2人は肩で息をしながらも、確かな手応えを感じていた。


無人のビル群が並ぶ廃都市に、冷たい風が吹き抜ける。


「来たか、次の雑魚共」


廃ビルの屋上から見下ろすのは、第2隊隊長・狩屋 黒苑。

長い前髪の隙間から光る目が、獲物を観察する猛禽のように鋭く動く。


「対馬幸晴。スキルはカウンター……反射反応型か。雲母誠也、岩を操る。近接系……どちらも脳筋か」


狩屋は口元をゆがめ、冷たく笑った。


──開始の合図と共に、試験が始まる。


「誠也、先手で囲め!」


「任せろッ!」


雲母は地面に拳を叩きつけると、周囲に岩柱を一斉に発生させる。その動作のわずか0.2秒後、対馬が狩屋の懐に突進――


「遅い」


刹那、狩屋の目が赤く光った。


【《脳領域展開・想考加速ブレインブースト》】


時間が――止まったように感じた。


狩屋の脳は限界を超え、視界に映る全ての情報がスローに見える。


「まず岩柱。重心は右に……カウンターはあのタイミング。なら、こうだな」


一瞬で全てを“予測”し、“操作”する。


次の瞬間、対馬が踏み込んだ瞬間に逆に狩屋の肘がめり込み、吹き飛ばされた。


「が……ッ!!」


吹き飛ばされた対馬が建物の壁に激突する音と同時に、雲母の後方の地面が“なぜか”爆発する。


「えっ……!? なんだ、これ!」


──彼の背後にあった岩の一部に狩屋の手榴弾が仕掛けられていた。


「攻撃する前に、攻撃する前の“未来”を読んで罠を仕込んだだけさ」


狩屋の声が、どこか気だるげに、だが狂気的な論理性で響く。


「動きも、思考も、攻撃も。脳を使えば、全部読める」


瓦礫の中で立ち上がろうとする二人に、狩屋は一歩踏み出した。


「さあ……ゲームはもう終わりだ」


次の瞬間、狩屋の姿が消えた。


音もなく、風もなく。狩屋は“意志の先”に先回りしていた。


「……無念だったな」


背後からの掌打が、対馬の意識を闇へと叩き込んだ。


「っ……誠也ッ!」


悲鳴を上げる雲母の前に、狩屋は“静かに”歩いてきた。


「脳があれば、怪力も、岩も、意味はない」


“パァンッ”


岩の盾が砕け、雲母も倒れ伏す。


──試験終了。


仮想空間が消え、二人の敗北が告げられる。


狩屋黒苑はため息をつきながらつぶやく。


「……所詮、脳を使わない奴らには、俺には勝てないってことだよ」

「偉そうに!どうせ俺のスキルの劣化版だろ」

口を尖らせて目に完全にかかっている前髪を弄りながら久遠が言った。


「さーて、開幕ってことで一枚、めくってみるか」


指先でカードを弾くような仕草をしながら、久遠瞳は鼻歌まじりに二人と向き合った。

白銀の髪を風に揺らし、相変わらずの気怠そうな笑みを浮かべている。


「今日の運勢は……っと。あー、やべえ、ブラックジャックでバースト寸前」


「……舐めてるのか?」


久里颯士が険しい目を向け、音速の衝撃波を纏う。《音閃撃》の初動。


「真溜、行くぞ!」


「了解」


空間に酸の球体が複数展開される。隙間を埋めるように戦場が染まる。


「おっとぉ、そっちはハズレマスかもね」


久遠が軽く指を鳴らすと、地面に広がった液体が酸と中和し、爆発が鈍る。


「初手ブラフ、ってやつでしょ? でも残念、こっち、全部視えてるんで」


**《選視眼オプティックアイズ》**が起動。


0.4秒後、久里が斬撃を打ち込む。

0.7秒後、真溜の酸が側面から襲う。

1.2秒後、ふたりが退避して2撃目を構える――


「……この未来、あんまり勝率高くねえな。パスで」


身体をひらりと倒しながら紙一重で酸を避け、地面を滑るようにバックステップ。


「……つか、この構図、見飽きたな。ちょっとシャッフルさせて?」


袖から放り投げられたカード型の結晶が空中で回転し、未来の“枝”そのものを撹乱する。


「っ……何!?」


久里の動きが一瞬ブレる。


その刹那、久遠が背後に回り込み、スッと手を伸ばす。


「じゃ、ちょいと運命、引かせてもらうぜ?」


拳が久里の腹に沈み込む。酸の防御壁を展開しようとした真溜の前に、水晶のバリアが出現し、足を止められる。


「悪くねぇ。スピードと精度は、Cクラスにしてはかなり良い」


――そして。


久里が、影の中で何かを掴む。


「……今、俺の速度に反応、遅れたな」


久遠の頬に、微かに汗。


その瞬間、久里の音速斬撃が久遠の頬を裂く!


「っ……マジか……? 俺に、賭けたのか?」


久遠は静かに頬を拭い、血の筋を見て、ふっと笑った。


「……当たっちまったか。ツイてるな、お前ら」


結晶が再展開され、時が止まるような空間が発生。


「でもな……これはディーラーのターンだ。俺の“極地”には、まだ到達してねえよ?」


2人の動きが止まる寸前、久遠が最後に囁いた。


「未来を読むのは、賭けの読み合い……でもな、“勝ち”は、渡さねぇ」


――そのまま、仮想空間、終了。



試験結果:


傷を与えたという実績は残る。

が、勝敗は――久遠瞳の圧勝。


それでも久里と真溜の顔には、悔しさと共に微かな誇りの色が浮かんでいた。

【試験終了後 控室】


試験が終わり、控室に戻ってきた主人公とリオは、仮想空間での戦いの疲労を感じながらも達成感に満ちていた。


「はぁ……まさか迅隊長相手に、あそこまで食い下がれるとは思わなかったよ」


リオがソファに深く腰掛け、額の汗を拭いながら笑った。


「……俺も、正直びっくりしてる。前なら、あんな動きはできなかった」


主人公も隣に腰を下ろし、自分の手のひらを見つめた。影で形成した鎧が、今もその手に残るかのような感覚があった。


「でもさ、あの影の鎧……お前、いつの間にそんなの編み出してたんだよ」


「……迅隊長のを見て、瞬間的に思いついたんだ。あの鎧が雷で身体能力を強化してるなら、俺も影で同じようにできるかもって……」


「マジで即興!? ……やっぱお前、やればできるんだよな。自信もっと持てって」


リオはそう言って主人公の背中を軽く叩く。


「お前のそういうとこ、俺は昔から知ってるし……頼りにしてんだぜ」


主人公は少し照れたように目をそらしながらも、リオの言葉に小さく頷いた。


「……ありがとう、リオ」


そこへ、久遠が煙草の箱を手で弄びながらふらりと姿を見せる。


「おっ、珍しく真面目な空気じゃん。どうよ、仮想試験ってやつは」


「久遠隊長……」


「なぁ、隊長……今日、なんで専用武器の“時織ときおり”使わなかったんですか?」


主人公がふと疑問を口にする。


久遠は肩をすくめ、ニヤリと笑う。


「いやぁ、ちょうど新しいトランプ型の武器試してみたくてさ。そっちのがノリが良くてさ、ギャンブルってのは遊び心が命なんだよ」


「……どんだけマイペースなんだよ」


リオが呆れたように笑い、主人公も思わず吹き出す。


こうして、試験の結果を待つ間にも、3人の絆は少しずつ深まっていくのだった——。


「さて……お前らに、試験の結果を伝えに来たぜ」


リオと主人公が一斉に顔を上げる。


「まずは結論から。お前ら2人、合格だ。しかもな――試験官全員の満場一致で、だ」


「マジで!?」


リオが目を見開き、勢いよく立ち上がる。


「……ホントに?」


主人公も思わず声を漏らした。


久遠はニヤついたまま、煙草の箱を指でトントンと叩いた。


「おう。あの迅が『伸ばしがいがある』って言ってた。氷室も珍しく肯定的だったしな。……で、今はまだ“審議中”だけどよ、Cクラスから一気にAクラスに飛び級って話が、出てるらしいぜ」


「Aクラス……!?」


主人公は思わず飲み込んだ唾を感じた。


「ああ、可能性は低いがな。普通はBを挟むのが筋だ。だが、お前らにはその“異例”が起きてもおかしくねぇって判断されたんだろうな」


リオが主人公の肩をガシッと掴み、笑いながら言う。


「やったな、相棒!」


「……ああ」


照れたように微笑む主人公に、久遠がさらに続ける。


「ちなみにだが……俺と戦ったチーム以外は、どこも隊長の壁を越えられなかったらしいぜ。狩屋戦に関してはボロボロだし」


「……やっぱり厳しいんだな」


「まぁな。でもよ、お前ら2人は、その壁に指先でも届いた。……それは誇っていいさ」


久遠はそう言って、背を向けながら最後に一言。


「あとで本部から正式に通達がある。それまで――好きに過ごしとけ。祝杯でも、賭け事でもな」


そして軽く手を振って、控室を後にした。


静まり返る室内に、ぽつんと残された2人。


リオがふと口を開く。


「……なんかさ、本当に変わったよな。俺たち」


「ああ……確かに、変わったかもな」


主人公の声には、わずかに力強さが宿っていた。


【数日後 久遠支部】


蝉の声が微かに響く昼下がり。久遠支部の静かな空気を破るように、机の上に通信端末が震えた。


「おっ、来たか」


足を椅子に乗せて新聞を読んでいた久遠は、まるでそれを予知していたかのように端末を手に取った。表示されているのは、【昇格試験の最終審査結果通知】の文言。


「……なるほどねぇ」


口元に微かに笑みを浮かべながら、画面をスクロールする。


「おーおー、本当にやりやがったか。CからAへ、飛び級決定っと……」


その報告を受けた久遠は、くるりと椅子を回して、廊下へと声を張る。


「おーい、お前ら! 面白ぇ報告があるぞー!」



【同時刻 氷室支部】


一方、氷室支部にも同様の報せが届いていた。


「……CからA、か」


無機質な氷のような瞳で文書を見下ろす氷室静馬は、その口元だけが僅かにほころんだ。


「雷堂……お前の目は、意外と確かだったな」


デスクの端に、訓練風景を映したモニターが流れている。そこには、雷の装甲を模倣して影の鎧をまとった主人公と、空を舞う炎の少年──リオの姿があった。


「……伸びしろは、確かに規格外か」


氷室は淡々と端末を閉じると、執務室の扉へと向かった。



【久遠支部・訓練場】


その直後、訓練に汗を流していた主人公とリオのもとに、久遠が乱入してくる。


「よぉ、天才コンビ。飛び級、決定だってよ」


「マジか!」


「ほんとに!?」


リオがタオルを肩にかけたまま、主人公と視線を交わす。


「まさか……本当にAクラスに……」


「まぁ、まだ仮配属ってとこだがな。正式なランク変更は明日から。でもよ、これでお前らも立派な“前線戦力”ってことだ」


「……やったな」


「おう。やったな、相棒!」


2人の拳が、静かにぶつかり合った。


その背中を見つめる久遠の表情には、いつになく誇らしげな光が宿っていた。


「さて……これからが本当の地獄だぜ、Aクラス」


そう呟いた久遠の笑みは、どこかギャンブラーのような悪戯心に満ちていた。


【久遠支部・ロビー】


Aクラス昇格から数日。主人公とリオは、仮所属を解かれ「無所属」として扱われることになった。


リオは腕を組んで掲示板を眺めながら小さく唸る。


「うーん……どの隊を見に行くか悩むな……氷室隊はやっぱり堅そうだし、久遠隊は慣れてるけどもう所属じゃないし……」


「試験でも当たったけど、電堂隊も戦闘特化で魅力あるよな。でも、テンションについていけるかは別問題だけど……」


主人公が真面目に悩んでいると、廊下の先から久遠が気だるげに登場。


「おーい、お前ら。……見学の紙、提出しとけよー。どの隊からもオファー来てるが、選ばなきゃ始まらねぇぞ」


「久遠隊長、オファー来てるって……本当に?」


「まぁ、俺も迅も氷室も、お前らの試験での動き見てたからな。『伸び代バケモン』って意見で一致してんだわ」


「うわ、それ嬉しいけどプレッシャー半端ないな……」


リオが額を押さえる横で、主人公は書類に目を落とす。


──各隊、1日交代で見学可能。最大3隊まで体験可能。


「……俺、せっかくだから全然知らない隊も見てみたいかも。色んな戦い方、知っておきたいし」


「いい判断だ。今のお前らに必要なのは、“外の空気”ってやつだ」


久遠は書類を持った主人公の背中を軽く叩いた。


「どの隊を選ぶかは自由だが、選んだら徹底的に学べ。……そして後悔のない判断をしろ」


リオも書類に記入を始めながら、主人公に笑いかける。


「見学って言っても、俺ら次第じゃ試験になるかもな」


「ああ……でも、悪くないさ。今の俺たちなら、きっとやれる」


新たな道を前に、少年たちは静かに拳を握った。


──“無所属”という自由と不安を抱えながら、彼らの選択が、次の運命を呼び寄せる


机に並べられた見学希望の書類。その中で、主人公はある一枚に目を止めた。


「……これ、七星隊のオファー?」


「え、マジで? Cランク扱いで極秘任務が多いから、新人には門戸開いてないって噂だったのに……」


リオが書類を覗き込む。そこには七星 理玖の名前と、「要観察対象に該当 受け入れを許可」と記された文面。


主人公は眉をひそめた。


「……“要観察対象”って、どういう意味だ?」


「まぁ、あの隊長が何を考えてるかなんて誰にもわからんしな……」


リオは冗談めかして笑ったが、その目はどこか真剣だった。


──七星 理玖。ボーダー第六隊の隊長。

異空間ゲートを操る空間系スキルの使い手であり、冷酷非情・任務至上主義で知られる人物。


その隊の任務は、悪魔の使いや信者の“処刑”・“封印”といった極秘裏のものが多く、他の隊からも一線を画す存在だった。


「でも逆に考えれば、俺らにとっては大きなチャンスかもしれない」


主人公の言葉に、リオもゆっくりと頷く。


「うん、未知の経験ってやつだな。行こう、七星隊」


──こうして、2人は他隊でも異質な存在・七星隊への見学を決めた。


その決断が、新たな扉を開くとはまだ知らずに。


灰色の空の下、主人公とリオは、指定された「七星支部」の場所に立っていた。だが、そこには建物どころか、看板すら存在していない。


「……ここ、で合ってるんだよな?」


「うん、たしかに。住所も間違ってない。けど……何もないってどういう……」


困惑した様子で周囲を見回すふたりの前で、突然空間が“ぐにゃり”と揺れた。


まるで水面に石を投げたように空気が波打ち、歪み、その中心からぽこんとゲートが出現する。


「お待たせっ☆」


軽快で明るい声とともに、ゲートの中からひょいと現れたのは、銀髪に赤紫の瞳を持つ中学生くらいの少年──七星理玖だった。


パーカーにショートパンツ、片手にはコンビニ袋。

その姿からは、“異空間を操る謎多き隊長”という噂のイメージはまるで感じられない。


「キミたちが噂の昇格組くんたちだね? やっほー、七星理玖です♪ 見てのとおり、見かけも中身もほぼ中学生! よろしく!」


「……え、あの……七星……隊長?」


「そそそ、その七星隊長~♪ 今日はアイス買いに行ってたんだ、任務の前に糖分は大事っしょ☆」


肩の力が抜けるような口調と雰囲気。

だが、主人公とリオはふと気づく。彼の立つその場所は、明らかにこの現実世界の空間と違う。ゲートの裏側には、歪んだ建物群と異質な景色が揺らめいていた。


理玖はウインクしながら、袋をひょいと掲げる。


「さてさて、ようこそ“七星支部”へ。ここはね、入り口を知ってる人間にしか現れない、いわば半分この世・半分あっちの世界なんだ」


「……あっちって、どっちだよ……」


リオがぼそっと突っ込むと、理玖はにかっと笑って、片手で“ゲート”の空間を割くように手をかざした。


「さ、遠慮せず中にどーぞっ。アイスあるよっ!」


理玖がゲートをくぐると、二人もその後に続く。


通り抜けたその先――


そこには、和の趣を残した古風な屋敷が広がっていた。畳の廊下に障子、手入れの行き届いた庭には小さな池と苔むした灯籠が並ぶ。


「すげぇ……ここ全部、異空間の中なのか……」


「うん、静かでしょ? ここなら誰にも邪魔されない。

……まぁ、ボーダー本部からの監査だけは例外だけど」


屋敷の中では、七星隊の隊員たちが無言で動き、掃除や書類整理に勤しんでいた。


理玖はその様子を横目に、おもむろに小さなゲートを掌に出し、そこからポンとお菓子を取り出した。


「仕事はきっちり、オフは甘く! これが七星隊のモットーね」


そして、笑顔のまま、再び主人公の目をじっと見つめる。


「ところで、なんで俺たちを、オファーしたんですか?」


主人公が問いかけると、理玖は少しだけ真剣な表情を浮かべた。

先ほどまでのおちゃらけた空気が、一瞬だけ静まる。


「……特に君の“影のスキル”が、うちの隊と相性がいいからだよ」


「相性……?」


「うん。七星隊は“情報秘匿”と“影の任務”がメイン。

表には出られない仕事も多いし、何より敵にも味方にも、存在を悟られないのが大事なんだ」


理玖はくるくると指で小さなゲートを回転させながら、淡々と続けた。


「影ってのは、光の裏にある不可視の力。

空間の隙間を縫って、気配を断って潜入する。

それって、空間を扱う俺や、他の隊員たちの能力と……驚くほど噛み合うんだ」


「……だから、俺を?」


「ああ。それに君は、“実戦で進化するタイプ”だ。

迅との戦いを見てて確信したよ。君の影は、まだ底が見えない。

伸びるよ。……正しく育てば、うちの“切り札”にもなれる」


リオが少し口を尖らせながらも、笑って言った。


「じゃあ、俺はオマケってことかよ?」


「いやいや、君の炎も貴重だよ。

空間内での爆発力も、高速機動も、いざって時の突破力にはうってつけ。

ていうか二人セットで呼びたかったの、正直な話」


そう言って笑う理玖の瞳には、年齢に見合わぬ深い洞察の光が宿っていた。


「……だから、ようこそ。影と炎。

この“静寂の隊”に、ようやく風穴が空くかもしれない」


【訓練場・七星支部 仮想戦闘領域】


七星理久の手によって、異空間にある七星支部内に突如として仮想戦闘フィールドが展開された。

畳の敷かれた和風の室内から一転、眼前に広がるのは霧に包まれた幻想的な戦場。


その中央に、七星理久がゆったりと立っていた。


「じゃ、ちょっと見せてあげるよ。うちの“警察隊”がどれくらい本気か」


理久が笑みを浮かべた瞬間、空間がうねるように揺れ、小さなゲートがいくつも彼の周囲に出現した。

そこから取り出されたのは、手裏剣、鉄球、爆雷のような罠。

そして理久が身を翻すたびに、足元や背後、空中に新たなゲートが次々と展開されていく。


「うおっ……な、なんだこの数……っ!」


七星隊の隊士たちはそれに対応しようとするが、理久の動きとゲートの配置がまるで読み切れない。


一人が間合いを詰めようとしたその瞬間、足元にゲートが開き、金属球が飛び出す。

反応が遅れた隊士が体勢を崩した隙に、理久が地面に掌を触れると、ゲートから無数の針が突き出した。


「配置、速度、攻撃角……全部が計算されてる……」


見学席にいたリオが唸るように呟く。


「空間そのものを“道具箱”にしてるみたいだな……」


隣で観戦していた主人公もまた、理久の戦い方に見惚れていた。


──だが、そこでふと。


「空間を収納みたいに使ってる……?」


主人公は理久の動きを追いながら、自分の足元に漂う“影”に視線を落とした。


(俺の影も、空間の一部……なら、同じことができるんじゃないか?)


影の中に武器をしまい、必要なときに瞬時に取り出す。

それは今まで考えたことのない応用だった。


「俺の影でも……できるかもしれない」


影使いとしての応用。

それは理久の真似ではない、自分自身のスキルへの“気づき”だった。


訓練はなおも続く。

理久は攻め手を緩めることなく七星隊員たちを翻弄し続け、最後の一人が倒れた時には、仮想空間の霧も晴れ、理久の姿だけが静かに立っていた。


「ふぅ……やっぱり、少し体動かすと気持ちいいね」


銀髪を揺らしながら笑う理久。

だが、その無邪気さの裏にある、恐るべき技量と頭脳は――確かに二人の胸に刻まれていた。


そして、影を見つめる主人公の目にも、静かに確かな決意が宿っていた。


「……俺、理久隊長と戦いたい」


その言葉に、その場にいた全員が驚きに目を見張る。


「……へ?」


理久が目を丸くして振り返った。


「今の戦いを見て思ったんだ。あのゲートの使い方……俺の影にも応用できるかもしれない。でも、その可能性を本物に変えるには、あんたと戦うしかない」


主人公の瞳は真剣そのものだった。

リオも驚いたように主人公を見たが、すぐににやりと笑った。


「おいおい、いきなり飛ばすなよ……でも、いいじゃん。俺も見たいわ、お前がどこまでやれるか」


理久は一瞬ぽかんとしていたが、すぐに目を細めて笑った。


「そっか。うん、いいよ。じゃあ、タイマン勝負ってことで――受けて立つね」


「始めていいよ」


その声と同時に、主人公は《影装・疾》を発動。


影が脚を包み、爆発的な加速と共に疾風のように理玖の懐へと飛び込む。


——が、


「甘いね」


理玖が手を軽く横に払うと、主人公の目の前にゲートが展開され、勢いそのままに次の瞬間、理玖の背後に転移していた。


「っ……!」


振り向いた瞬間、すでに理玖はゲートから自身の専用武器を取り出していた。まるで折りたたまれた短刀のような刃が、異空間から音もなく現れる。


「さぁ、来なよ」


主人公は即座に判断を切り替え、自身の足元から無数の《影の帯》を伸ばし、一斉に理玖に向けて放つ。鋭く、鋼の鞭のように唸る帯たち。


しかし、


「……封鎖」


理玖は静かに呟きながら、再びゲートを展開。影の帯たちは空中で捻じ曲げられ、理玖の前で止められてしまう。


(このままじゃ届かない……!)


主人公はその隙をついて、己の影に身を沈めた。


「……!」


次の瞬間、理玖の背後——理玖の影から主人公が飛び出す。その拳は一点を突く刺突となって突き出された。


しかし、またしても理玖は背後に小さなゲートを展開。


「予想済み」


主人公の拳は空を裂いたゲートに吸い込まれ、理玖の手元へと転送されたもうひとつのゲートから逸れて防がれる。


「くっ……!」


距離を取った主人公は、影の帯を再び形成。今度は角度を変え、多重方向から理玖を包囲しようとする。


(今度こそ……!)


だが、理玖は微笑を浮かべながら、複数のゲートを次々に開いた。


「反射——展開」


影の帯はゲートへと吸い込まれ、次の瞬間、主人公の背後から全く同じ勢いで現れた。


「なっ――!?」


自分の攻撃がそのまま反射されるという想定外の展開。主人公は回避する間もなく、自らの帯に叩きつけられる形となり、地面に大きく弾かれた。


砂煙が舞い、影が散る。


「……これが、七星隊長の力……」


仰向けに倒れた主人公を見下ろし、理玖は肩をすくめた。


「油断はしてないと思うけど、うちは“読み合い”のチームだからね。君は面白いけど、もう少しだけ、影の使い方を覚えたほうがいいかな」


主人公は苦笑しながら手を差し伸べられ、それを握る。

「ありがとうございます!」

「別にいいよ、あとどこの隊に行くかもう決めた?」

「まだ七星隊が初めての見学で」

「ゆっくり決めなよ、君たちならどこでも入れてもらえると思うよ」

と満面の笑みを浮かべて言った。

その笑みは、少年らしく無邪気で、それでいて底知れない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

僕は中学生のため、更新が不定期になってしまいますが、どうかご了承ください。

なお、物語の都合上、主人公の名前は「主人公」として進めさせていただいています。

次回からは、いよいよ「氷室編」に突入する予定です!ぜひお楽しみに!

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