七十話 糸と理人①
夜になる。時刻は十九時だ。
「理人お兄ちゃん! 澄華お姉ちゃんから話は聞いてる? 今からは私と過ごしてほしいんだけど……」
糸は少し不安げに話す。
「会長から話は聞いてるっすよ! 一緒に過ごそう! 何かしたいことある?」
理人は糸の目を見て尋ねる。
「今日ぶらぶら歩いてたら、景色が良さそうな丘があったんだ。そこに行かない? あと、最上先輩から聞いたんだけど、花火上げるんだって。その丘からならきっと見やすいと思うんだ」
糸は楽しみということが抑えられないような口調で話す。
「それは、いいっすね! じゃあ、行こっか。あんまり遅くなると花火上がっちゃうかもだし」
「うん!」
理人と糸は丘を目指して、山を登っていく。
「なんか久しぶりだね。理人お兄ちゃんと山登りするの! 小学生の頃はよく、近くの山で遊んだりしてたよね~!」
糸は昔を思い出したのか、懐かしそうに笑う。
「たしかに、よく山で遊んでたね。会長と糸ちゃんと一緒に、カブトムシ探したりしてね」
「そうそう! いつも、私だけ見つけられなくて泣いてたっけ……。でも、理人お兄ちゃんと澄華お姉ちゃんが、いつもカブトムシくれるんだよね。すごく嬉しかったよ!」
糸はぱぁっと明かりがついたように笑顔を作る。
「あはは。そういえば、そうだったね。糸ちゃんまだ背も小さかったから、高い所見るのは難しいし、仕方ないよ」
理人は優しい声を意識し、フォローを入れる。
「背はまだ小さいままだけどね……。いつになったら大きくなるんだろ……?」
糸は手で、糸と理人の背の差を測っている。
「まだまだ成長期だし、きっと背も伸びるよ。それに、今のままでも十分いいと思うよ!」
理人は本心から思ったことを伝える。
「…………理人お兄ちゃんってサラっとそういうこと言うよね……。そういうのよくないと思います!」
糸が少し怒ったように、腰に手を当てて言葉を出す。
「んぇぇ⁉ 思ったこと言っただけだよ?」
理人は焦りながら答える。
「無自覚なのも、タチが悪いよ! もう! ……まあ、優しいからそういうこと言えるんだと思うけどね」
糸は少しばかり、顔を紅潮させる。
「ええ……。どう反応すればいいの……」
理人は困って、頭をポリポリとかく。
「うふふ。ちょっと意地悪言っただけだよ。理人お兄ちゃんはそのままでいてね」
糸はくるくると回りながら、楽しそうに言葉を紡ぐ。
「もう……どっちなんすかぁ……」
理人は苦笑する。
「そうだ。理人お兄ちゃんに一つ聞きたいことがあるんだよね。聞いてもいい?」
糸が理人の顔を覗き込む。
「いいよ、何っすか?」
「……その、理人お兄ちゃんって好きな人っている……?」
糸はりんごのように顔を赤くする。
「……好きな人……。む、難しいな……。みんな好きだけど……そういう意味じゃないよね……? 多分……」
理人は糸の目を見る。
「……そうだよ。やっと乙女心がわかるようになったんだね! で……どうなの……?」
糸は返答を聞きたいような、逆にそうではないような、複雑な表情をしている。
「好きな人って言われると難しいかも……。そんな風にみんなを見たことがないから……。……ごめんね、こんな返答で……」
理人は申し訳なさで目を伏せる。
「……ううん。逆にそれがわかってよかったかも! これから、好きになってもらえるかもしれないってことだもん!」
糸は明るく笑う。




