六十九話 澄華と理人②
「それが……そのぉ…………。前に糸が海で溺れた時、助けてくれたじゃない? あの時は本当にありがとう」
澄華は頭を下げる。
「いえいえ、最初溺れてたの俺ですし、むしろ、糸ちゃんに怖い思いさせちゃって申し訳ないっす」
理人は素直に思ったことをそのまま言葉にする。
「それはそうかもだけど、糸を優先してくれたって聞いたからさ……。ありがとね。……それとぉ……あの時、理人に人工呼吸してたじゃない? あれ最上先輩がしたってことにしてくれてたけど……実は私なの…………」
澄華は身体が沸騰しているのではないかというくらい、身体中が真っ赤に染まっている。
「……え⁉ え⁉ 会長が人工呼吸してくれてたんすか⁉」
理人は驚きが口から溢れ出す。
「そ、そうよ……。あの時、早く助けないといけなくて、結果的にじゃんけんで、誰が人工呼吸するか決めたんだけど、私がしたの…………」
澄華は真っ赤な顔のまま、もじもじとしている。
「嘘⁉ そうだったんすね⁉ ありがとうございます。会長! 会長は命の恩人です! ……でもなんで、最上先輩が人工呼吸したってことになったんすか?」
理人は当然出てくる疑問を口にする。
「それは…………理人にそのこと伝えると、変に意識しちゃって、精神修行研修に影響が出るって思ったからよ。それと……私が人工呼吸したことがわかって、理人が嫌だなって思ったり、今までと関係が変わってしまうのが怖かったの…………」
澄華は視線を下げ、ビーチボールをギュッと抱えている。
「そんなこと思わないっすよ! ……あ、でも俺も意識しちゃって、精神修行研修どころじゃなかったかもです」
理人は笑顔を向ける。
「……それって、私が人工呼吸したのは嫌じゃなかったってこと……?」
澄華は上目遣いで恥ずかしそうに尋ねる。
「え……? 嫌なんて思わないっすよ。命が懸かってる場面ですし!」
「……か、仮によ……? 命が懸かった場面じゃなかったとしても……?」
澄華は顔を赤くしているが、真っ直ぐ理人を見据える。
「それって……。え? その……普通にキスするって意味っすか……?」
理人は自分の言っていることが合っているのか、不安を感じつつも言葉にする。
「……そう」
澄華は一言のみ返答する。
目線をやや下に下げている。まるで、次の返答が怖いかのように……。
「ええっと……。ど、どう答えていいのか……。そのぉ…………。告白って意味で捉えていいんすかね……?」
理人は自分の理解が合っているのか確認する。
心臓が爆発しそうなほど動いている。
「…………本当に鈍感な男ね……。そうよ。女の子に言わせないでよ!」
澄華はだんだん怒ったような口調になる。
ただ、恥ずかしさが内包されているのがわかる。
正直、可愛らしく感じてしまう。
「お、俺は……会長のこと…………」
直後、理人の頭に朝に過ごした白百合のことがよぎる。
「会長のことは好きです。好きなんですけど、その……付き合うとかは、今すぐ答えられないというか……。少し時間をほしいっす……」
理人は自分でも、歯切れの悪い返答をしていると思う。
だが、すぐに返答していいものでもないと感じたのだ。
「……そう……。真面目な理人らしいわ……」
澄華はそう言った後、数秒下を向いている。
そして急に、ビーチボールを投げつけてくる。
「わ! 急に危ないっすよ!」
理人は反射的に言葉を出す。
「油断してる方が悪いのよ! ほら、まだ遊ぶ時間あるでしょ? 遊ぶわよ~!」
澄華は心を切り替えたのか、楽しげに笑っている。
「もう……。会長についていくのは大変っす。まあ、そんなところが会長らしいんすけどね」
理人も笑いながら、ビーチボールを投げ合う。
「あ! そうそう。夜は糸と二人で過ごしなさい! 『二人で』過ごすのよ?」
澄華は〝二人で〟という単語を強調する。
「わ、わかったっす」
理人は今までの流れで何となく状況がわかってきているような気がしていた。
もしかして、白百合、澄華、糸は自分のことを好いてくれているのではないか……と。
――もし、そうだったら、俺はどうすればいい? その場で答えは出なかった――。
澄華とはその後も、海を泳いだり、話をしたりして楽しく過ごした――。




