六十七話 白百合と理人②
「いいっすよ。じゃあ、どっちが鬼するっすかね?」
理人が白百合の目を見る。
「あ! できれば柴助も入れてあげてほしいです~! 柴助のこと見えるの青山先輩と最上先輩しかいないので~。昔から、柴助は一緒に走って回るの大好きだったから……」
白百合は懐かしそうに柴助の方を見る。そして、頭をなでるように動かす。
もちろん霊体なので、手はすり抜けてしまうのだが、柴助は本当になでられているように、クークーと嬉しそうな鳴き声を出す。
微笑ましい光景だ。
「全然いいっすよ! あ、でも柴助さんあんまり速く走り過ぎちゃダメっすよ。迷子になっちゃったら困るので」
理人は柴助の方を見て念のために伝える。
「わかってるワン! でも、柴もこんなに広いところで走るのは久しぶりだから、野性を抑えられる保証はできないワン!」
柴助は今にも走り出しそうな勢いを感じさせる。
「柴助あまり遠くに行っちゃダメよ」
白百合も柴助に注意をする。
「わかったワン! じゃあ、鬼は理人で始めるワン! 逃げるぞ、白百合!」
柴助が地面に降り立ち、実際に走っているような動作で駆けていく。
「あ、ちょっと! ずるいっすよぉ」
理人は置いていかれる形になり、声を上げる。
「ふふっ。私達を捕まえてください。青山先輩~!」
白百合は無垢な子どものような笑顔で振り返る。
「二人共待って~!」
理人は走り出す。
こんな風に自然の中で無邪気に走るのはいつぶりだろう。
「はぁはぁ……二人共速すぎるっす……。追い付けないよ……」
理人は息を切らし、汗を拭う。
ここが川の近くだから、涼しさを感じるが、それでもかなり汗をかいた気がする。
「もう~青山先輩、だらしないですよ~。私達はまだまだ走れちゃいます。ね? 柴助?」
白百合は立ち止まり、隣にいる柴助に声をかける。
「走り足りないワン! 理人! もっと体力つけるワン!」
柴助からも追い打ちがかかる。
「いや、白百合さんが運動神経良いんすよ。結構頑張ってるっすよ? 俺?」
理人が白百合と柴助の両方に視線を向ける。
「ふふふ。それはわかります~。……でもこうしてると、本当の家族みたいですね。昔、父様と柴助と一緒に公園を走ってたのを思い出します~」
白百合は昔を懐かしむように、空を見上げる。
「たしかに、あの時と似てるワン! 白百合の父もへばって動けなくなってたワン」
柴助は楽しそうに過去を語る。
「あはは、同じような状況っすね」
立ち止まってくれている、白百合達に理人は合流する。
「…………こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに……」
白百合が儚げに呟く。
「え……?」
理人は思わぬ白百合の言葉に、疑問を短く出すことしかできなかった。
「そろそろ、時間ですね~。今日はここまでです。お昼からは会長とお二人で過ごしてくださいね。……それから、私が青山先輩のこと想ってることは忘れないでください……」
白百合はそう言い、理人の頬に唇をそっと付ける。
「わ! え! 白百合さん⁉」
理人は身体中を真っ赤に染めて、飛び跳ねる。
「ふふふ。青山先輩可愛い……。さあ、一緒に旅館まで帰りましょう? お昼ご飯は何でしょうね~」
白百合は小悪魔のような微笑みを浮かべ、何事もなかったかのように、理人と手を繋ぎ歩き始める。
柴助がそんな二人に寄り添うように隣を歩いており、理人はまるで家族で遊んだ帰り道のような気分になった――。




