四十五話 ドキドキ人工呼吸⁉
糸の推測を頼りに、砂浜から五十メートルより少し手前で宝玉を探す。
「なかなか見つからないっすね~。海は広いし仕方ないか……」
理人が軽く愚痴を零す。
「まあね。でも、糸ちゃんの推測があるおかげで、ある程度絞って探せるから助かるよ」
市川は爽やかに微笑む。
「ありがとうございます、お師匠! でも、あくまで推測なので、間違ってたらすみません……」
糸は少し自信なさげに言葉を紡ぐ。
「謝る必要なんてないさ。私達の行動指針になったし、理屈も通ってると思うよ。特に最上先輩が手前に宝玉を投げ入れるとは考えにくい」
市川はクスリと笑う。
「あれ? あのキラキラしてるのって……?」
糸が驚嘆混じりに声を上げる。
「あれは……。写真で見た宝玉みたいだね! お手柄だよ、糸ちゃん!」
市川は糸の頭をなでる。
「わ~! ありがとうございます! お師匠!」
糸は懐いた猫のように嬉しそうにしている。
「重かったらダメだし、俺が取るよ」
理人は宝玉に手をかける。
その時、足元が崩れ去る感覚がある。
「なっ……」
次の瞬間には、海の中にいた。
ヤバい……。足場が崩れた……。中が空洞だったのだろうか……。いや、そんなことより、マズイのが急な崩落で両足をつってしまったことだ…………。
ゴボババババ……。
声にならない音が鳴る。
しばらくすると、目の前に糸が飛び込んできているのが見えた……。
ダメダメ、糸ちゃん泳げないのに……。
必死な表情をしているのを見るに、理人に異常があったことを知って咄嗟に飛び込んだのだろう……。
直後、市川が飛び込んでくるのが見える。
市川は糸と理人、二人を抱えて海面に上がろうとする。
しかし、二人を引き上げるのは困難な様子だ。
理人はジェスチャーで糸だけを助けるように伝える。
市川は苦汁をなめたような表情をした後、糸を抱えて海面に上がっていく。
よかった。とりあえず、糸ちゃんが無事ならそれでいい。
何とかする異能はないのか……。
焦る心を必死に制しながら、異能トリセツを確認する。
まずいな……。何かないのか……。
そうだ! 回復の異能なら……!
その結論に至った時には、頭がうまく回らなくなってきていた……。
ここまでなのか…………。
意識がなくなっていく…………。
◇◇◇
何だ……? 声が聞こえる……?
「迷ってる場合じゃないわ! 人工呼吸するしかない!」
「え、でも澄華お姉ちゃん、それって……」
「迷ってる場合じゃないです~!」
「あちきもそう思うわ!」
「そうだね、事態は一刻を争う」
「理人氏、しっかりしてくだされ!」
「じゃあ、私がするわ……」
「え! 澄華お姉ちゃんが……! それはダメ!」
「そうです~。ここは私に任せてください~!」
「ええ⁉ それもダメ!」
「争っている場合じゃないよ。みんな早く決めないと……」
「副会長……。もうこうなったら、じゃんけんで決めましょう。それが一番早いわ!」
「会長……そんなことしてる場合じゃないような……」
「じゃあ、景伍! どうやって決めるのよ……!」
「せ、拙者がすればよいでござる!」
「それもダメです~!」
「もう! 白百合氏まで! 理人氏の命が懸かってるのですぞ? 否、こうして争っている時間が無駄。もうじゃんけんするでござる」
「じゃんけんぽん!」
その声が聞こえた後、柔らかい感触が唇を覆う。
命の息吹が吹き込まれていく……。
「ごほっ、がはっ…………。あれここは……?」
理人は目を覚ます。
「理人お兄ちゃん! よかった~!」
糸が理人に抱きつく。
「ちょ、ちょっと。糸ちゃん⁉」
急な事態に理人は焦る。
「本当によかったよ……」
市川の瞳はキラキラと潤んでいる。
「あ……俺、宝玉取ろうとして、足元が崩れたのか……」
理人の記憶がだんだんと鮮明になっていく。
「そうよ。全く心配させて……! でもよかったわ!」
澄華が目に涙を浮かべながら、ややボリュームの大きい声を出す。
「みんな心配かけて申し訳なかったっす。…………でも、その……誰が助けてくれたんすか……?」
理人は思わず赤くなる。先程の唇の感触があるからだ。
「俺だ! 全く命が懸かった場面でじゃんけんなんてしやがって……。まあ、俺の監督不行届もあるけどな……。大丈夫か? 理人」
最上は理人の目を真っ直ぐ見る。
「おかげさまで大丈夫です! ありがとうございます! それと、何かすみません……」
理人は唇の感触を思い出し、目を伏せ気味に伝える。
「ハッ! 気にすんな! 命懸かった場面だからな。……とりあえず、今日の精神修行研修は終わりだ。宝玉もちゃんと持って帰ってきたしな」
最上の右手には緑の光を放つ宝玉が乗っている。
「宝玉も無事だったんすね。よかった……。じゃあ疲れたし、帰って休もうか。……そうだ、なんでみんなじゃんけんしてたの?」
理人は最後まで聞くかどうか迷っていたことを尋ねる。
「え、え~と。それは…………」
澄華が顔を桃色に染め、非常に答えにくそうにしている。
あ、コレ聞かない方が幸せなヤツか……。みんなそんなに俺と唇合わせるの嫌だったんだ……。普通にショックだ……。でも、まあそりゃそうか。急な事態で焦っていて、かつ知ってる人にキスするようなもんだもんな……。
「あ~、やっぱりいいっす。変なこと聞いちゃってごめんっす」
理人はそう言い、足早に旅館に戻った――。




