二十四話 犬系女子ツボに入る
理人の腕の傷はすっかり治っていた。
「自由に腕も自由に動くようになったし、またスクールアシスターとして頑張るっすよ~」
理人は気合を入れる。
「理人君、無理はダメだよ。私達にもしっかり頼ること!」
市川が心配した顔で釘を刺す。
「副会長、ありがとっす。無理はしないようにするよ」
理人は笑顔を返す。
「ああ、そういえば、そろそろ体育祭があるね。毎年恒例だけど、生徒会チームとして私達は出場する。みんなに生徒会の威厳を示さないとね……!」
市川は拳を握り、闘志を燃やしている。
「威厳がかかってたんだ……。まあ、生徒会が目立てる機会っすからね。今回はどの競技に出るんだっけ?」
「今年は、クッキングバトル、フードファイト、着ぐるみ係だね!」
市川から気合の入った返答がある。
「なんか変わったラインナップっすね……。てか、着ぐるみ係て誰がするの……?」
「う~ん、会長と私は体育祭の実行に関わるから、着ぐるみを着て動き回るのは難しいかも……」
市川は顎に手を添える。
「となると、景伍は大変そうだし、俺が着ぐるみ係をするっすかね」――。
◇◇◇
体育祭当日。
現在、フードファイトが行われている。
グラウンドは異様な熱気に包まれていた。
「おおっと! 須和景伍会計! 凄まじい速度でホットドッグを食べている。いや、吸い込んでいる……! まるで、吸引力の衰えることのない掃除機のようだ! 次々にホットドッグを吸い込んでいく! 彼の胃袋はブラックホールなのか……!」
実況である新聞部部長、黒石コトハの白熱した声に会場が沸く。
理人はただただ、感心していた。
〝雛菊ちゃん〟という、雛菊高校のマスコットキャラの熊の着ぐるみを着て。
「景伍すげぇ……。どうやったら、あんなに早くホットドッグ吸い込めるんだ……。というか、どうやって食べ物を吸い込んでるんだ……」
思わず、声が漏れる。
「ね~。すごいですよね~。須和先輩にあんな特技があるなんて……」
気づけばすぐ隣に白百合がいた。
「あ、あれ? どうしたのかな? 雛菊ちゃんとおしゃべりしたいのかな?」
理人はあくまで、雛菊ちゃんを演じるように言われているので、裏声で返答する。
「ほぇ……? 青山先輩ですよね? 柴助と守護霊憑依して、匂いを追跡したんですけど~」
目を丸くしながら、白百合が話す。
「青山先輩……? 誰かな? 私は雛菊ちゃんよ!」
もはや女声には聞こえない、裏声で頑張って話す。
すると、柴助がふわふわと浮き出てくるのが視える。
「嘘をつくなワン。さっき、守護霊憑依してお前が理人なのは筒抜けワン! 嘘つきにはこうしてやるワン。このこのワン」
霊体の柴助が何度も、前足で顔を蹴ってくる。
当たることはないが、怒っているのは伝わってくる。
「や、やめて! 雛菊ちゃんは顔が弱点なの……! あまり蹴られると、弱って動けなくなってしまうわ……」
理人はその場で思いついた言い訳を伝える。
「柴のことが見えてるなら、やっぱり理人ワン! 学校内で柴のことが視えるのは今のところ、理人と白百合だけだワン!」
少しばかり得意げに柴助が推理を話す。
「ひ、雛菊ちゃんだよ……」
理人は一応設定を守る。
その様子を見ていた白百合が声を上げて笑う。
「ふふふ。青山先輩面白すぎます……。ふふ、ツボに入っちゃった……。そんなに必死にならなくても~。ふふふ……」
白百合はお腹を抱え笑っている。
「……もう! 二人とも折角、雛菊ちゃんになってるのに~。まあ、一人でいるのも寂しいから、話せて良かったっす」
理人は諦めて、普通に話すこととする。
「というか、なんで守護霊憑依までして俺のこと探してくれたの?」
「それは…………」
白百合が顔を朱色に染め、視線を下げる。
「白百合はフードファイトが面白くて、理人と一緒に見たかったからワン!」
柴助が白百合の代わりに答えたようだ。
「ちょ、ちょっと柴助~。むぅ~、でもそうです。折角なら青山先輩と一緒に見たかったからです……」
少し口を膨らませた白百合が観念したように、認める。
「へ? そうだったの? なんか嬉しいな。一人でいる俺を心配してくれたの?」
理人は嬉しさの混じる声で尋ねる。
「ええっと……」
白百合は迷っている様子だ。
「白百合……! ここは本当のことを言うワン! じゃないと、守護霊憑依した意味がなくなっちゃうワン!」
柴助が白百合の背中を押しているようだ。
「その……あの……。楽しいことは大切な人と共有したいなって思ってて。だから、気づいたら青山先輩を探してたんです~。一緒にいれたらいいなって……」
白百合は色白の肌が、湯気が出るかと思うほどに真っ赤になっている。
「う、嬉し過ぎる言葉っす! 俺も白百合さんが大切だから、一緒に景伍が頑張ってるところ見よう!」
理人は嬉しさで声量が上がる。
柴助が白百合に近づき、小さな声で話している。
「理人……白百合の気持ちわかってるのかワン?」
「……別にいいんです~。そんなとこが青山先輩の良いとこだし~」
「ん? 何を話してるんすか?」
理人が着ぐるみのまま、振り返る。
「何でもないですよ~。フードファイト見ましょ~!」――。




