十二話 犬系女子とスキンシップ
校舎裏にて。
「ここにいたのかワン……」
柴助は相手に睨みを利かせる。
相手である、黒猫は金色の瞳を光らせる。
黒猫の口にはピンクの封筒がくわえられていた。
「はぁはぁ……。お手柄っすよ! 柴助さん! 途中何回か体力なくなりかけたけど……」
理人は息を切らす。
「オス共、気を抜くなワン……。匂いで分かる……。奴は手強いワン……」
白百合の声で、緊迫した物言いをする。
「了解っす。せーのっで取り囲むっすよ」
ジリジリと黒猫との距離を詰めていく。
「せーのっ!」
理人の号令に合わせて、黒猫を取り囲もうとする。
しかし、黒猫は颯爽と躱す。
そんな動きを三度繰り返す。
「くっ……速いワン。せめてもう一人いればなんとか捕まえられそうワン……」
「あと一人……。いや、いない人を当てにしても仕方ないっす。もう一回いくっすよ!」
その時、大声が聞こえてくる。
「待たぬか! 『クロ』よ……!」
「あれ、景伍⁉ なんでここに……?」
「理人氏こそ、なぜクロと一緒に……?」
「あ、もしかして頼まれた困り事って……」
「学校へ脱走した黒猫のクロを捕まえることでござった!」
「マジか! タイミングばっちりっす。景伍! 四人で捕まえるっすよ!」
「承知!」
景伍が気合を入れる。
クロの瞳に焦りが見受けられる。……気がする。
「さあ、鬼ごっこもここまで。いくっすよ。せーのっ!」
四人は同時にクロを囲い込む。
クロは迅速に景伍の横をすり抜けようとする。
「よもや、拙者の横を狙うとは……。不届き者でござるな……!」
瞬間、景伍はサイドステップを行い、真正面からクロを捕まえようとする。
「にゃー!」
クロは跳び上がり、景伍の上を通過しようとする。同時に、くわえていた封筒は地に落ちる。
「クロよ…………あまりデブを舐めるなよ……!」
景伍は跳び上がり空中でクロをキャッチする。
「うおぉおお! ナイスキャッチっす! 景伍!」
「やれやれ……。拙者も甘く見られたものだ。デブとして生を受けてより、鍛え上げし我が肉体は、常人と一線を画す……。動けるデブの恐ろしさ思い知ったであろう……? クロ」
景伍はクロを軽くなでる。
「にゃ、にゃー」
クロの二鳴きが騒動の終わりを告げる。
◇◇◇
校舎裏。景伍はクロを連れて戻っていった。
「……ラブレター渡しに行かなくていいんすか?」
理人は慌緒に尋ねる。
「……今はやめときます。ラブレター一つ管理できないようじゃ、振られちゃう気がするんで……」
慌緒は静かに呟く。
「……まあ、桐上さんがそう思うならいいんすけど……」
理人も無理には告白させられないと思い、それ以上は追及しなかった。
「相手のメスとはどのくらいの付き合いなんだワン?」
柴助が口を開く。
「実は幼馴染なんです……。ずっと昔から好きで、高校もその子と同じところ行くために猛勉強しました。あぁ、でもいっつも肝心な時にダメなんですよねぇ……」
慌緒は遠い目をしている。
「はぁ……。とんだ腰抜けのオスだワン! そこまで想ってるなら、ラブレターなり言葉で伝えるべきワン!」
柴助がややキレ気味に声を荒げる。
「えぇぇ。でも、失敗したらと思うと……」
「じゃあ、なんでそこまで必死にラブレターを取り戻したワン⁉ 誰かにバレるのが怖かったからかワン? 違うんじゃないかワン……?」
「そ、それは……。……いや、そうです。ずっとずっと好きだった気持ちを伝えたかったからです!」
慌緒は真っ直ぐとした声を出す。
「そこまで言えたなら、十分ワン」
柴助は優しい声を出す。
「ありがとうございました! 柴助さん! 白百合さん! 青山先輩! 俺、俺行ってきます!」
「さっさと行くワン。あまり遅くなると、その子も帰っちゃうワン」
「はい!」
慌緒は全速力で走り出す。
「柴助さん。良い人……いや、良い犬っすね……」
「ふん、褒めても何も出ないワン。むしろ逆ワン。理人は柴助を愛でないといけないワン」
「うん……? 愛でる? どういうことっすか?」
「そのままの意味ワン! 白百合は柴が頑張ったら毎回褒めて、なでなでしてくれたワン! それがないとダメワン!」
「えぇ……? 今ってことっすか?」
「そうだワン! 当たり前のことを言わすなワン!」
「そんなキレ気味に言わないでも……。てか、白百合さんの身体っすよ……?」
「…………白百合も良いって言ってるワン」
「マジで言ってます?」
「マジワン」
「マジか……。……今、校舎裏で誰もいないっすけど……。いや、でもなぁ……」
「早くするワン! 守護霊憑依は柴にも、白百合にも負担がかかるワン! 愛でて霊力を回復させないとダメだワン!」
「そんな仕様なんすか⁉ ……あぁ~もう、分かったっす。愛でます。愛でるっすよ!」
「それで良いワン。まずは首をよしよし、次は耳、その次は頭をよしよしするワン」
「分かったっす……」
理人はイケないことをしてる実感を持ちながら、柴助の言う通りにする。
柴助が白百合の姿でとろけたように気持ちよさそうにするので、理人は体温が高くなる……。
「良い感じワン! 霊力が回復してるワン! 次はお腹ワン!」
「お、お腹……⁉ ……いいんすか……?」
「白百合もお前なら良いと言ってるワン」
「嘘っ……⁉ ……え、霊力回復のためっすよね?」
「そうだワン!」
「じゃ、じゃあ……」
理人は頭の中で何度も繰り返す。〝これは霊力回復のためだ〟〝これは霊力回復のためだ〟〝これは霊力回復のためだ〟……。
決してやましい気持ちはない。決してやましい気持ちはないぞ……と。
◇◇◇
ひとしきりなで終えると、柴助が声を出す。
「十分ワン! じゃあ、柴は帰るワン! なかなか、良かったぞ、理人!」
やや顔を紅潮させた柴助が言葉を紡ぐ。
「え、そんな急に……」
理人は焦る。ついさっきまで、白百合のお腹をなでまわしていたのだから……。
「…………青山先輩~。帰ってきました~」
白百合は頬が赤いまま、ゆったりと話す。
「……おかえりなさい。白百合さん」
「……柴助の言ってたことは、全部本当のことですから、あまり気にしないでくださいね」
「え……⁉ 逆にそう言われると、気になるんすけど⁉」
「ふふ……。大丈夫です。すごく気持ちよかったですよ……?」
「ちょっと! 白百合さん。からかってるなら、やめてください。そういうの良くないっす……」
理人は思わず目を逸らす。
「私は本当のこと言ってるだけです~。さ、霊力の回復もできたし、戻りましょうか」
白百合はいたずらっぽく微笑む。
「分かったっす。……あ、でも、あんまり男の人に身体触らせちゃダメっすよ?」
「誰でも良いって訳じゃないですよ~。柴助が言ったじゃないですか。青山先輩なら良いって」
そう言い、白百合は足早に一年生の棟へ戻っていく。
「あ、待って! お礼言うっす。今日は手伝ってくれてありがとう!」
白百合は顔を赤くしながら振り返る。
そして、微笑みを浮かべながら手を振った――。