一話 高飛車系女子
雛菊高等学校、夕暮れの生徒会室に二人の男女がいた。
「二年生、生徒会書記、青山理人。あなたに大事な話があります」
理人はやや首をかしげつつ尋ねる。
「えらく改まった話し方っすね。三年生、生徒会長、如月澄華さん?」
理人の目の前には、ブラウンのロングヘアがセーラー服によく似合っている女性がいる。瞳も混じりけのないブラウンだ。窓から差し込む夕日が、より美しさを際立たせているようにも感じる。
「ええ。大事な話だから。実はね……私異能に目覚めたのよ」
澄華は真面目な表情で話す。
「ふんふん。……ん? 会長今なんて言ったんすか?」
「だから、私異能に目覚めたの」
「あっははは! ……いくら、俺達が小学校からの付き合いとはいえ、冗談が過ぎるっすよ。それとも、もしかして会長って不思議ちゃん……?」
「不思議ちゃんじゃないわよ! まあ、急に異能なんて言われても信じられない気持ちは分かるわ。とりあえず、異能見てくれる?」
澄華は手の平をかざす。方向は生徒会室の端に置いてある、廃棄する雑誌類だ。
「百聞は一見に如かずっすね……。やってください!」
「ええ。雑誌よ……十センチくらい浮いて……!」
澄華が呟いた直後、雑誌達は〝爆散〟した。爆散した衝撃で、壁に黒い焦げ跡がつく。
そして、何かが飛んできて理人のブレザーの袖をかすめ、布が引き千切れる。
「ちょぉぉおおおぃぃいいい! 雑誌達爆発したっすよ! 爆発! 浮いてないよ! 跡形もなく消し飛んでる! あと、俺のブレザーの右袖、結構派手に千切れました……!」
「……ね? 言ったでしょ異能使えるようになったんだ。でも制御ができなくて……」
「そんな切なげに言われても……。ワンチャン直撃したら、重傷モンなので、制御できないなら先言っといてほしいっす」
理人は右袖を労わるようにさする。
「あ、ごめん。理人ならいいかって思って……」
「会長……あなたには人の心ってモンがないんすか……? 怪我したら痛いし、普通に危ないです」
「ごめんて。私も浮かせるだけのつもりだったから、ここまでとは……」
澄華はばつが悪そうに俯く。
「あぁ~もう。分かったっす。……会長が俺に相談したってことは、何かしてほしいことがあるんでしょう? とはいえ、俺異能とか初めて見たし、実在するんすね……」
「実在しちゃったよね……。私も驚いてるわ……。そうそう、本題を話すわ。異能には二週間前に目覚めたの。でも、私じゃ使いこなせないから、あなたが代わりに使ってくれない?」
澄華は真剣な口調だ。
「なるほど……。異能が実在するのは体感しました。ただ、会長が使いこなせないものを俺が使えるのかな……? 疑問点が多いので、より詳しい説明を求めるっす」
「順番に話すわ。始まりは今年の一月一日に遡る。あの日、私は毎年恒例の初詣に行っておみくじを引いたの。そしたら、『超絶大吉』って書いてあった。中を見てみると、『あなたはとてつもない幸運の持ち主です。今年の五月、超絶素晴らしい力が手に入るでしょう。その力を使って人を助けてもいいし、自分のために使ってもいい。あなたの行動はあなたが決めるのです。では、超絶いい日々をお過ごしください!』って書いてあったわ」
「……つまり、謎の超絶パワーとやらで二週間前に異能に目覚めた……と?」
「そう。私の超絶ラックが普通の人には訪れない、超常の力を引き寄せてしまったんだわ」
「会長が自信家なところは再確認できたっす。つか何で、超絶パワーに選ばれた会長が異能を使いこなせないんです?」
「そこが謎なのよ……。私って昔から何でも大体できたでしょう? だから『これ以上は与え過ぎだわヤベっ』てゴッドが思ったのかもしれない……」
「ふんふん、なるほど。慢心さんである会長には過ぎた力だとゴッドがお思いになられたのかもしれないっすね」
「うん……? 慢心さん……?」
澄華は静かに、理人に手の平を向ける。
「ちょ、ちょ冗談ですよ。会長。俺達ずっ友じゃないっすか? 病める時も健やかなる時も死が二人を分かつまで支え合うって決めたじゃないですか?」
理人は両手を挙げながら、急いで言葉を出す。
「じゃあ、ここが二人を分かつ時だね」
澄華は微笑みながら、頑なに手を下ろさない。
「ちょ、会長マジ怖いんで、手を下ろして欲しいっす……」
「口には気をつけることね。私も無用な殺生は好まないわ」
「怖ッ! もう! 話進まないから、悪ふざけは止めてほしいっす。んで、俺はどうすりゃいいんです?」
「何でもできる超絶美少女、澄華ちゃんには異能がうまく使えない……。でも、何をやっても大体並、顔も並、目つきは悪め、そんな理人なら異能がうまく使えるかもって思ったのよ!」
「ふんふん、とりあえず会長は何でもできるけど、性格には大きな欠陥があるのがよく分かったっす。あ! 先に言っときます。もう手の平向けないでくださいよ! 普通に心臓に悪過ぎるから!」
「……ちっ」
「舌打ちした! この超絶美少女、今舌打ちしたっすよ! ゴッド!」
「理人君? ふざけてる場合じゃないのよ。私真剣に悩んでるんだから」
「はい。確認っす。異能は他人に譲ることができるって理解でいいんですか?」
「そうよ。異能取扱説明書によると、才能を見極めた上で、異能が使える者に譲渡することが可能と書いてあるわ」
「何すか、そのトリセツ……」
「異能が使えるようになった時から、頭に集中するとイメージとして出現させれるのよ。四十五ページに書いてあったわ」
「そんな、普通のトリセツみたいな感じなんすね!?」
「ええ。何度もトリセツを見たけど、うまく異能が使える気がしなくてね……。これ以上は危ないかもしれないって思って、譲れる人を探してたの」
「その白羽の矢が立ったのが俺って訳っすか。理由が非常に納得いかないけど……」
「あ、まあさっき言ってた理由は半分を占めてるって感じよ。もう半分は信頼できる身近な人が理人だったってのがあるわ。それに、才能があるのも理人しかいなかったし」
「そう言われると、気が多少はマシなような……。てか、才能あるの身近で俺しかいないんすか?」
「そう。しかも、才能E。ギリギリよ」
「才能ギリギリなのか……。どういう基準なんすかそれぇ……?」
「こればかりは、私にも分からない。私がこの力を授かったのも、ゴッドの気まぐれだと思うわ……」
「そうなんすね。…………会長が異能を持ってて、暴走して危ない可能性があるなら、俺が代わりに持ちます。でも、どうやって譲るんです……?」
すると、澄華は視線を下げ、やや顔を赤らめる。
「ちょっと言いにくいんだけど…………」
「……え~と。まさか、キスするとか……? ロマンスゴッドだったらあり得なくもないような……」
澄華は視線を上げて意を決したように声を上げる。
「お互いが異能の譲渡に合意した上で、私がグーパンで相手の額を思いっきりしばくのよ」
「……んぇ? もう一度伺っても?」
「私がグーパンで相手の額を思いっきりしばくのよ」
「はい。聞きたくないとこだけ聞けました。…………まあ、そうするしかないなら、我慢します。何で顔赤らめたんですか、もう……」
「断られたらどうしよう、変な奴だって思われたらどうしよう、って考えたら緊張しちゃったのよ!」
澄華は乱暴に叫ぶ。
「まあ、気持ちは分からなくもないっすけど……。気にしないでください会長。心の準備はできてます。いつでもどうぞ」
理人は胸を叩く。
「……ありがとう。じゃあ、いくわよ……!」
澄華は拳を振りかぶる。そして、予想以上に腰の入った強烈な一撃を放つ。
理人は数メートル吹き飛ぶ。一緒に意識も吹き飛ぶ……。