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十年前、富士山の御機嫌がナナメになり、旧首都圏を含む一都……何県だったっけ? えっと、ともかく関東の中でも「首都圏」と呼ばれてた地域の大部分と、県名を良く思い出せない「北関東」と呼ばれてた地域の一部、あと山梨に長野に静岡のほぼ全部に……愛知・岐阜……だっけ……の一部は壊滅し、挙句の果てに、変わり果てた姿になった富士山からは大量の火山性ガスが出て、それが、これまた大量の酸性雨を生み出し……東京湾やら駿河湾やらは流れ込んだ酸性雨のせいで毒の海へと変貌し……。
要は、旧首都圏を含めた広い地域の復興は断念せざるを得ず、大量の通称「関東難民」が発生した。
ちなみに、副隊長の眞木さんも、高校の頃に被災し、たまたま一緒に助かった高校の同級生の父親の実家が久留米だったんで、その同級生の叔母さんが、眞木さん達を養子として引き取ったそうだ。
そして、今や、この久留米市の人口も「関東難民」がやって来たせいで倍弱に増え、鹿児島市や長崎市と「九州4つ目の政令指定都市」の座を争っているそうだ。
当然ながら、県警の久留米署所属の警察官・警察職員や、各広域警察の久留米支局の警察官・職員も増えていき……要は警察関係者用の独身寮も増やさないといけなくなった。
で、猿渡が今居るのも、外側の建設は完了、内装は途中なんで、入所者は居ないけど、使える部屋はいくつか有る新しい独身寮の1つなんだが……。
「あの……明日、猿渡警部補の移送の護衛を行なう予定のレコンキスタ・久留米レンジャー隊の池田と申しますが……」
『えっ? もう、そっちに情報行ってるの?』
警察の専用回線で、猿渡を見張ってる警察官に電話をかけると……もう悪い予感しかしない返答。
「いや、明日の手順の最終確認です」
『あ、それでしたら、こっちから連絡するまで待って下さい』
「何が起きたんですか?」
『猿渡が逃亡しました』
おい……。
「あ……あの……いつですか?」
『ついさっきです。えっと……上から射殺許可が出てるんで……』
「誰ですかッ? そんな許可出したのッ⁉」
「どうした、おいッ?」
不穏な会話を聞き付けた隊長が当然ながら、そう質問。
「すいません、隊長、広域組対の福岡県総局の監察の古賀課長って人に『猿渡が逃亡した』って連絡が入ってるかと、入ってるなら猿渡の射殺許可を出したかを……」
「判った、確認する」
「おい、池田、大石、拳銃に弾入ってるか確認して、あたしに付いて来い」
続いて、副隊長が、そう叫んだ。
「えっ?」
「緊急事態なんで、許可は事後でもらう。猿渡を押し込めといた寮まで、どれ位だ?」
「えっと……車で十五分ぐらい……」
「車のサイレンの使用許可も事後でもらう。来いッ‼」
「おい、広域組対の監察に、古賀なんて課長は居ねえそうだッ‼」
隊長が、上着を脱ぎながら、そう叫び……。
「ちょっと待って下さい。猿渡を監視してる奴は……たしかに……監察の古賀課長から射殺命令が出たって……」
「デマカセでいい加減な事を言いやがったに決ってるだろ。そいつが、本物の警察官か、猿渡を消したがってるヤー公かは判んねえがな」
「って、隊長、何やってんすかッ⁉」
今度は、副隊長の怒鳴り声。
「だから、俺も現場に……」
「あのねえ、猿渡を殺そ〜としてる誰かが、更に次の一手を打ってる可能性有りますよね?……全員で現場に行ったら……下手したら、猿渡を殺そ〜としてる誰かの思う壺っすよッ‼」