レッドライン
「奴の本名は知っているが、そんな情報には何の意味もないんだ……最初から」
DCコミック『バットマン:スリー・ジョーカーズ』より
「あの……3ヶ月の減俸って、何ですか?」
少年兵(と言っても、成長抑制剤の投与で生み出された「子供に見えるだけの立派な大人のテロリスト」だったらしいが)に至近距離からスラッグ弾をブチ込まれて(幸いにも強化服の装甲のせいでダメージは軽減されたが)肋骨を骨折した俺は、病院から退院して職場復帰した初日に、とんでもない事を言い渡された。
「あの事件で生き残っちまった4人全員減俸だ。表向きは、仲間を殉職させたペナルティだが……」
隊長は、ホントにマジでガチで、すまなそうな感じで、そう説明し始めた。
「いや、あの状況では助けられる奴なんて……待って下さい『表向き』?」
「あ〜。すまん、お前の入院中に、ちょっと表沙汰に出来ないやらかしをしたのが上にバレてな……早い話が、お前は俺達のやらかしに巻き込まれちまったんだ」
「ちょっと待って下さい、何やったんですか?」
「広域組対に猿渡ってヤツが居ただろ」
「ええ……あの評判が悪い人ですか?」
「あいつが、警察内部の情報を『安徳』に流してやがった」
「えっ? ちょっと待って下さい、どんな情報ですか?」
安徳とは……九州三大暴力団の1つ「安徳ホールディングス」の事だ。
上層部メンバーの大半が妖怪系や変身能力者……主に河童系……で占められている……と言っても、九州三大暴力団の残り2つも、何故か、似たよ〜な感じなのだが……。
「個人情報だ」
「はあ?」
「各警察機構のエラいさんの子供の通学路に、エラいさんの親が入ってる老人ホームに……あと……まぁ、猿渡の阿呆が直接そんな情報を渡した訳じゃねえが、奴が渡した情報を手掛かりに突き止めやがったらしい」
「待って下さい、それって……」
「そうだ。福岡県警と県内の広域警察の支局は……安徳に金玉握られたも同然だ……。あ、あと、佐賀と山口も似たよ〜な状況らしい。熊本と北九州市では、話を聞き付けた龍虎興業と青龍敬神会が似たよ〜な真似をやり始めてるみて〜だ。ついでに、福岡と隣県の検事と裁判官も……」
「それって、ヤクザを合法的に摘発出来ないも同じじゃ……」
「あ、大丈夫だ、今の時代は『正義の味方』が……」
「あの、隊長、警察が違法自警団を頼ってどうするんですかッ⁉」
「……」
何だ、このビミョ〜な雰囲気……嫌な予感が……。
「あの、隊長、まさか、広域組対の警察官がヤクザとつるんでたと思ったら、ウチは違法自警団とつるんでるなんて事は……」
「……」
「あの……」
「おいおい話す……本人も、つい最近知った話でな……」
「今話して下さい」
「副隊長の身内に……『正義の味方』のメンバーが居たらしい」
「あの、副隊長は死にましたよ、俺が入院した時の事件で……」
「眞木が副隊長に昇格した。今、技術部門に頼んで副隊長とパワー型の複合型の強化服を作ってもらってる」
「で、どっちの副隊長ですか、死んだ方と昇格した方の? 身内に違法自警団やってる屑野郎が居たのは?」
「おいおい話す」
「いい加減にして下さい。で、その新しい副隊長の眞木さんは?」
「自宅の引っ越しで有給取ってる」
「はぁ?」
「あいつの自宅とあいつの妹達の通学路も猿渡にバレててな……猿渡の野郎、それをネタに眞木をSにする気だったらしい」
「はぁ……なるほど……。隊長が知ってるって事は……眞木さんがSになるのは……防げ……あの……」
「何?」
「ウチのチームの誰かが、猿渡の阿呆を袋叩きにしたりとかは……」
「無い無い無い……ただ、ちょっと県警の久留米署の柔道場で……練習に付き合ってもらった時に事故が起きてな……そのせいで……まぁ、何だ……みんな仲良く減俸だ」
「あの……それって、どう考えてもリンチ……」
「事故だ、事故」
「事故が、何で、表沙汰に出来無いんですか? 警察官が警察官をリンチしたって考えた方が自然でしょ、それッ⁉」
「いや、マジで眞木の家族まで巻き込まれたのに、あの阿呆がやった事を表沙汰に出来ねえんだぞ。下手すりゃ、猿渡の糞野郎、同じ警察官をヤー公に売りやがったのに、刑務所にブチ込まれずに済むどころか、自己都合退職扱いで、退職金も年金もちゃんと出て、再就職の履歴書に『以前の職場での賞罰:特になし』とか堂々と書いても詐欺にならね〜んだぞ。んな理不尽な話有ってたまるかッ‼」
「あの……事故でもリンチでもいいけすけど……向こうは、どの程度の負傷だったんですか?」
「ああ、人生八〇年として……残りの四〇年以上は、杖がねえとマトモに歩けねえそうだ」
「あのですねえ……って、おい、お前、今、ボソっと『ざまあみろ』とか言っただろッ‼」
俺は……近くの席に居た同僚を、そう怒鳴り付けたが……奴は、素っ恍けた表情で鼻歌を歌っていた。