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短編集

記憶

作者: 豆苗4

 何かが脱落し、そして何かを得る。何かを取りこぼすことでしか何かを変容できない。もしそうだったとしても、それはそれで良かったのだろう。丸い窓。四角いカバン。崩れたショートケーキ。


 情報を落とすことで情報を得る。さも奇妙なやり方であることに違いないだろう。暗い森を抜けた先の暗いトンネル。その先は? 暗い森だ。暗がりの中、足元を見て進む。やっぱりどの自転車にも違いはないし、どんな色も同じだ。左も潰えることはないし、草も喋らない。肌を伝うは洞穴の雨露か、生温い潮風か、それとも神秘の雫か。夢か現か夢の夢か。花は雲だし、雷は氷だ。レーズントーストはトマトであるし、レモンは白い薔薇だ。……えっ? 見て分かるものではないし、聞いて分かるものでもない。それらは突如として訪れる。顔のない女。辺り一面、視界が遮られるほどの激しい雷雨。ひしゃげた傘。首から上がないのに無表情だと分かる若い男の立ち姿。ありふれた啓示。ほんとうに取るに足らないような、どうでもいいかのように思えるチカチカと明滅するシグナル。幾度も目にしてきたが、その都度毎回毎回毎回、忘れてしまう手紙の文面。美しい花。どんよりとした曇り空。真っ二つに折れた線香。


 事物を溜め込むことで、事象を反芻することでぶくぶくと太れるのなら、とっくのとうにやっていたさ! 歪んだ台形に情報の墓場だなんて呼ばれることなどなかったに違いない。記憶はあればあるだけ望ましい。重要なのは保持し続けること。ならば、30,000年前の夏至の日、何をしていたかさっぱり思い出せない私は何なんだ! 


 あの土砂降りの日、側溝に落とした「かけがえのない」記憶は、蝶の翅に散りばめられている。だからどうというわけではないが。見落とすことは見ることを忠実に援助する。そうでなければ欠けたグラスに触れることすら。ましてや称揚するなど。


 失われた記憶は、何かの反証であるに違いない。事物の取りこぼしが我々の記憶を形成し、我々の失われた記憶が、歴史の切れ端へと変容するのだ。

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