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07:流派、七星神流





 日本武術の源流はどこか。

 古事記や日本書紀に詳しい人間ならそれは『手乞』か『角力』だと言うだろう。神話伝説の時代に神や英雄が使ったそれこそが、記述に残された最初の武術だと。


 相手の手を握り潰した武御雷神の『手乞』。

 相手の腰骨を蹴り砕いた野見宿禰の『角力』。


 けれども原初の時代のそれらは、結局のところ()()()()だ。

 彼らがただ単純に強かっただけで、その強さを誰かに教えることはできなかったろう。

 ()()とは強さの伝承だ。

 論理的に構築され、再現できる強さこそが武術の真髄だ。

 であれば、日本最初の武術は何になるか。



 ――遥か昔、鹿島神宮に国摩眞人(くになずのまひと)という男がいた。



 彼はある時信仰する武神から剣の極意『神妙剣』を授けられ、それを鹿島の神官七家に伝えた。俗に言う関東七流の誕生だ。それが幾多の人間に伝承され、枝分かれし、無数の流派が生まれていった。


 そして、それから数百年。

 剣術流派は数え切れないほどに増え、名だたる剣豪がひしめく時代。

 こんな風に考えた男がいた。


 もしも枝分かれした流派を逆にたどり、七つの家に伝えられた七つの流派を統合できたなら、武神から授かったという古の『神妙剣』に到達できるのではないか。

 そうして生まれた剣術流派、名を七星神流。

 ――いまさらな話ではあるが、それがオレの流派だ。



 さてさて。

 現在の場所は森林。敵はレッサーオーク。

 相手の獲物は半ば刃の潰れた大剣。

 そこを起点に思考を巡らす。



 大剣を相手にするときの考え方は、斬撃の方向性を読むこと。本来剣というのは斬るだけではなく突くことができる武器だ。

 だが、大きく分厚く重い大剣は突きには向かない。

 振り回せば遠心力で多大な破壊力を生む代わりに、突きをしようとすると重さが逆にネックとなって遅く弱くなってしまう。

 だから大剣であることを活かすのならより大きく振り回すことになる。だがそうすると今度は軌道が読みやすくなる。


 故に――避けるのはそう難しいことではない。


 横薙ぎに振られたそれを身を屈めて躱し、レッサーオークに肉薄する。間合いの内側に入ってさえしまえば、大型武器の相手は容易い。

 そう思ったのだが――


「うおっ――!?」


 繰り出された蹴撃をとっさに刀の側面で受けるが、こちらの防御などまるで意に介さないとばかりに凄まじい力で蹴り抜かれる。

 オレは大きく弾き飛ばされ、後方の大樹の幹に着地、半回転して今度は正しく地面に着地した。


「見た目に反して大分頭が回るようでござるな。加えてレッサーオークのSTRは人間の倍以上。ご注意めされよ、剣士殿」

「ご忠告どうも」


 いつの間にかオレの着地した木の上に移動していた忍者にそう答えて、オレは刀を納刀する。

 爺ちゃんがよく言っていた。『相手の優れている部分と競ってはいけない。自分の方が優れている部分で勝負しろ』と。

 力に優れた敵には速さと技で戦え。

 速さに優れた敵には力と技で戦え。

 技に優れた敵には力と速さで戦え。


 となれば――ここで使う技は、これしかない。


 刀を鞘に納めたまま、オレは走り出す。

 レッサーオークもまたこちらに向かって走ってくる。

 敵の横薙ぎ。

 それを今度は跳んで上に躱す。


『グオオッ!?』


 オークは一瞬怯んだが、すぐに意識を切り替え、巨剣を勢いのままに一回転させて再度こちらに斬撃を放つ。遠心力により初撃よりも速く鋭い。

 それを今度は屈んで避ける。大剣は勢いのままレッサーオークの後方へ。


『グオ』


 レッサーオークが笑った。

 再び繰り出される蹴り。丸太のような太さの足がこちらに向かってくる。

 だが、それはもう既知の攻撃だ。

 地面を蹴り、伸ばされた脚部に着地する。


『――グオォォ!?』

「七星神流が一星――雷霊の太刀(イカヅチ)


 抜刀。

 本来は腰のひねりや鞘を動かすことで素早く抜くが、この技はあえてそれをしない。

 代わりに右手の抜きに合わせて左手を刀の棟に当て思い切り押し上げる。

 抜刀の速度は加速され、鞘による抵抗力はちょうどデコピンのように刀に力を溜め――



 ――その抜きを、高速高威力の抜刀術と化す。



 ぬるりと刃がレッサーオークの首を通過していく。熱したナイフがバターを斬るかの如くに何の抵抗もなく。斬った、と思った瞬間、思い切り跳躍してレッサーオークから離れる。


『グオアアアアァァァァァァ――!』


 絶叫が森の中を木霊し、木々の合間を抜けて響き渡る。

 オレは改めて抜いた刀を構え、残心を取る。

 だが、レッサーオークはそのまま地面に倒れ、光の粒を生じて少しずつ分解されていく。


「――いやあ、お見事。手を貸す暇もなかったでござる」

「嘘つけ」


 木から降りてきた忍者にオレはレッサーオークの体をひっくり返して見せる。

 その光に変わりつつあるその背中には、三本のクナイが深々と刺さっていた。


「あらら、気づいてござったか。剣士殿の死角を取った時にしか投げなかったのに」

「まあ、助かったよ。これがなかったら確殺だったかわからないし」

「謙遜でござるなあ。手応えがなければ二撃目に移っていたでござろう?」

「さて、どうかな」


 雷霊の太刀はすれ違いざまの抜刀で相手の胴か首を切断する技だ。現実では二の太刀が必要になる状況はないので、素早く移る派生技が存在しない。

 ここがゲームである以上は、そういう工夫も必要になってくるだろう。


「しかし本当に助かったでござるよ。拙者一人ではこうはいかなんだ」

「ま、そういうことにしておくか」


 忍術を習ったり忍者と戦ったりしたことのないオレには、この紫色の忍者の実力のほどはよくわからない。しかし、どことなく同じ匂いがする。

 たぶんコイツはオレと同じで、現実で忍術を使える人間だ。


「改めて、拙者の名は山風。よければフレンド申請をしてもいいでござろうか」

「オレはハスキーだ。一緒に遊べるかはわからんが、それでもよければ」

「かたじけない」


 ピピッという音と共に『山風からフレンド申請が届きました』というメッセージが表示される。それを承認すると、フレンド一覧に名前が並ぶ。


「もし斥候や諜報の手が欲しいときにはぜひ連絡して欲しいでござるよ。拙者たいてい暇しているゆえ」

「オーケイ。覚えておく」

「ちなみにこの後はどちらに向かう予定でござろうか?」

「あー……」


 今オレたちが立っているのは実はちょうど獣道の分岐路で、だから彼が聞きたいのは西へ行くか南へ行くかという話だろう。


「ちなみに拙者は西でござる。この先の『黒水晶の谷』で鉱石掘りをするつもりゆえ」

「素材集めか。ちなみにそこ、モンスターは?」

「小粒がちょろちょろ出るくらいでござるかな」

「それならオレは南に行ってみるよ。正直今は戦うことの方が楽しいからな」

「左様でござるか。むう、まあハスキー殿なら……」


 妙に歯切れが悪い。


「もしかして、南はキツいのか?」

「正直かなりの苦行かと。他の人間なら止めるところでござるが、おそらくお主は止めても行くでござろう?」

「俄然興味が湧いてきた」

「で、ござろうな……まあ、レベル帯や攻略順関係なく、行きたいところへ行けるのがアナワのいいところだし、止めはしないでござる。ただ、楽しくなくなったら引き返すのがよろしいかと」

「わかった。覚えておくよ。色々ありがとうな、山風」

「いえいえ。それではまた、互いの道が交差したときに」

「おう」


 そうして山風は西への道を歩きだし、オレは南への道を進む。

 待ち受けるという苦行に、胸をときめかせながら。




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