04:冒険者ギルドでの登録
左手を鞘に添える。
親指で鍔を押し上げ、いつでも抜刀できるように構える。
チュートリアルが終わってすぐ戦闘なんてことはなかろう――というのはゲーム開発者を信用しきった甘ちゃんの発想だ。世の中にはチュートリアル中にいきなりボスを出して殺しに来るゲームもある。
見渡した感じ、ここはやはり倉庫のように見える。
壁際には木箱がいくつも積み上げられてホコリをかぶっている。逆にオレが立っている中央部分はわざと空間を開けてあるようだ。粗末だが絨毯のような織物も敷いてある。
石造りの壁に窓はなく、前方に扉が一つついているだけ。
天井もそれほど高くはない。
「――むう」
ひとまず、バカでかいデーモンが上から降ってくる心配はなさそうだった。
左手を鞘から離して警戒を緩める。
……ん?
待て。今、眼の前の空間にノイズが走ったぞ。
これは何だ? まるで何かが出てくるような――
「うおっ――」
「――ひゃっ」
突然だった。いきなり虚空から人が現れた。
もしも鞘から手を離してなければ間違いなく抜刀していただろう。それくらいには驚いた。だがそれは向こうも同じだったようで、驚きで変な体勢のまま固まっていた。
突然人が現れて驚いたオレと、突然人の前に現れて驚いた相手。
揃って硬直していたオレたちだったが、やがてどちらからともなく息を吐き、共に警戒を解く。
「ど、どうも……」
「どーも」
気まずい空気の中、挨拶を返す。
相手は狐面をつけた背の低い女の子だった。
その仮面のデザインは先ほどキャラメイクで見たもので、つまり彼女もPCということだ。自分同様にチュートリアルを終えてここに飛ばされてきたのだろう。
と、そこに響く元気なノックの音。
続いてばあんと勢いよく扉が開き、
「お待たせしました! アポロニア冒険者ギルド第七支部のセッテです! 来訪者の皆様をご案内します!」
開け放たれた扉の向こうには、いかにもファンタジーな衣装を着た女の子が一人。彼女は室内をキョロキョロと見回したあと、言葉を続ける。
「今回の来訪者様は二名様なのですね!」
「来訪者……?」
オレが首を傾げると、隣りにいた狐面の子が耳打ちしてくれる。
「プレイヤーキャラのことです。公式サイトの世界観説明に書いてありました」
「ああ、なるほど」
思えばゲーム性については少し調べたが、世界観や設定についてはまったく触れずに来てしまった。まあ、オレはそういうのを事前に調べるタイプではないから、もし仮に時間があったとしても実際にプレイする方を優先していたとは思う。
逆に言えば、狐面の子はそういうのをきちんと調べてからプレイするタイプなんだろう。
ゲーマーと一括りにしたって、色んなタイプがいるものだ。
「ではこちらへどうぞ!」
セッテ嬢に導かれるままに部屋から出る。
部屋の外にあったのは短い廊下と下に向かう階段。彼女はそれをずんずん降りる。そこにカルガモの子供のようについていくオレと狐面の女の子。
降りた先には再び扉。
「さあ、こちらです! どうぞ入ってください!」
セッテ嬢が扉を開く。
途端に広がる光、喧騒、酒と料理の匂い。
「これは――」
乱雑に並べられた木製の机と椅子。そこで酒を飲む男たち。
壁にかけられた大きな掲示板。そこにピン留めされている紙の依頼表たち。
立派なカウンターと、そこに座る美人の受付嬢たち。
そこでようやく、最初にセッテ嬢が告げた自己紹介の言葉を思い出した。
「――『冒険者ギルド』」
「うわあ、本物だぁ……」
隣で狐面の子が感動の声を漏らした。
実際のところ、オレも同じ気持ちだった。
ゲームでは飽きるほど見てきた光景。だがそこに匂いが、空気が、そして現実感が実装されるとこんなにも感慨が変わるのか。
「はい、じゃあまずは登録からです!」
感慨に浸るオレたちをセッテ嬢はカウンターまで引っ張っていき、そこで金属製のカードを差し出してきた。
「これは?」
「身分証です! そこに名前を書いてください!」
言われるままにペンを取る。ええと、如月蓮巳――じゃない!
……危ない危ない。
あやうく本名を書くところだった。リアルすぎるのも考えものだ。一瞬自分がゲームの中にいることを忘れていた。
ハスキー、と書いた。
カードが一瞬光を放ち、少し遅れてセッテ嬢の手元にあるノートも光った。手続きが完了した、みたいな演出かな。カードを手に取り裏表をひっくり返して眺めてみるが、自分で書いた名前以外、特に何かが書かれているわけでもない。
「これで本当に身分証になるんですか?」
「はい! 表面に浮かんでないだけで、カードの中にはびっしり来訪者様の情報が書き込まれているのです!」
「へえ、思ったよりハイテクだな」
「お買い物の支払いにも使えますよ!」
驚きの異世界事情。
まさかのキャッシュレス社会だった。
ともすれば、現代社会で未だに現金を持ち歩いているオレの方がこのゲームよりもファンタジーなのかもしれない。
「あ、あの!」
そこで声をあげたのは狐面の女の子。
反射的に顔を向けたが、彼女が話しかけたのはオレではなくセッテ嬢だった。
「これでもうクエストを受けたりできるんですか?」
「はい大丈夫です! 受けたいクエストの依頼表を掲示板から取ってこちらのカウンターに持ってきてください!」
「わかりました――それじゃ私、行ってきますね!」
こちらにぺこっと頭を下げてから、彼女は掲示板の方へ小走りして行った。その様子は本当に楽しそうで微笑ましい。袖振り合う程度の縁だったが、彼女の行く末に幸多からんことを祈っておこう。
「ハスキーさんはどうされますか?」
水を向けられ、少し悩む。
掲示板に貼られたクエストとにらめっこするのは楽しそうだ。上の方に貼られた色褪せた依頼表なんか特に興味を惹かれる。
けれども今は――何も考えずただ剣を振ってみたい。
体がうずいて仕方がない。ここまでは本当によくできたゲームだ。動いてもまったく違和感がない。それなら本当に現実並みに――いや、現実以上に自由に剣が振るえるかもしれないのだ。
「とりあえず街の外に出てみようかと」
「ですか! それもいいと思います! よい冒険を!」
「どうも」
さてさて。
正直話を聞いた時点では全然期待してなかったけどさ。
こいつはもしかすると本当に神ゲーかもしれないぞ、ヒバ。