38:オークルート突入
「ハスキーくん。今日もだいぶ遅くなっちゃったけど、もう少しいけるかな?」
「全然大丈夫です」
「よかった。じゃあ、キリのいいところまで行こうか」
ということで、アライバルを使ってグリュプスの巣まで戻ってきた。
周囲に敵影はなし。絶滅させる勢いで狩り続けたグリュプスは、幸いにしてまだリポップしていないらしい。
「本当は何日かここでレベリングするつもりだったんだけど、もう十分レベル上がっちゃったんだよね」
「グリーンノア戦の経験値エグかったですもんね」
「うん。私たちは二人パーティだから余計にね」
ということはこのゲームの経験値の仕様は、倒したモンスターの経験値÷パーティ人数ってことか。五人パーティに比べたら二倍以上もらってることになる。
そりゃあレベルもガンガン上がるわけだ。
ソロでエリアボスを倒したバルトアンデルス戦後なんか一気に初級カンストまで行ったしな。
「というわけで、次なる目的地、奇岩渓谷上ルートに進もう。砂漠ともしばしのお別れだよ」
「ということは、この格好ともお別れできますね」
「あ、そうだね。水着ともしばしのお別れか」
ウィスタリアさんは残念そうに水着の腰部分に指を入れて引っ張った。伸ばされた水着がぺちんと彼女の肌を叩く。
ううむ。海パン一丁を卒業できるのは喜ばしいことなのだが、ウィスタリアさんの水着姿も見れなくなるのか。彼女の後ろをついて歩くとき、ずっとその後姿に癒されていたのだが。ついに見納めか。
そんな風に感慨深く眺めていると、彼女が意地悪く笑った。
「そんなに熱い視線を向けられたらお尻が燃えちゃうよ」
「あ、いや、これはその、邪なあれではなく――」
「もー、しょうがないなー。ハスキーくんのためにもう少し水着を着てあげようか」
「いいですいいです。ローブ着てください」
魔法使いの防御力は低いはずなのだから、酷暑デバフがないならローブは着得だ。残念ではあるが仕方がない。
「えー、本当にいいの?」
「本当にいいです」
ホント、楽しそうにからかってくるなあ。
もしも小悪魔というのが実在するのなら、きっと彼女のような顔をしているのだろう。
「名残り惜しいのなら、着替える前にスクショしてもいいよ?」
「………………………………じゃあ、一枚だけ」
かくして。
いじられる時間を代償に、オレは一枚のスクショを手に入れたのだった。
「さて、着替え終えたところで出発するよ」
「了解です」
そうしてまばらに草の生えたグリュプスの巣を後にし、丘陵めいた地形を踏破する。
進むたびに景色が変わる。
草ばかりだった植生に木が混じり、大きな岩がゴロゴロ転がり、もこもこした苔がそれらを覆い、緑色に満ちた景色になっていく。
斜面は険しくなり、木の根で地面はデコボコし、気づけば完全に山道だった。リアルだったらさぞいい運動になっただろう。
途中でウィスタリアさんを追い抜きそうになり、そっと速度を落とす。
オレは田舎育ちなのでそう難儀しなかったが、ウィスタリアさんは杖をストックのように使って急勾配に対抗している。
やがて、少し開けた場所に出た。
「――分かれ道だね。ここを下るとバジリスクルート、上るとオークルートだ。一応もう一度確認するけど、上でいいんだね?」
「上で行きましょう」
「オーケイ。それじゃあオークルートだ」
自然豊かな山中を登る。
正確に言うとたくさん登って少し降りるを繰り返す。
そのため分かれ道から離れるほどに、下ルートとの高低差が生まれていく。
気づけばもう谷の上と下だ。
「ハスキーくん。せっかくだから何か話をしよう」
「構いませんけど……何の話します?」
「私の手持ちデッキは天気、小説、モンスターだ。どれがいい?」
いや、選択肢がなさすぎる。
「……それならモンスターで」
「よかった。天気デッキは丸いけど回らないんだよね」
「そうでしょうね……」
絶対友達同士で使うデッキじゃない。
「場所的にちょうどいいしオークの話にしようか。ハスキーくんはオークってどんなイメージを持ってる?」
「ええと――豚の顔をしたごつい人型モンスター、ですかね」
あと平和なエルフの村を襲うやつ。
――というのはさすがにウィスタリアさんの前では言わないけど。
「今はだいたいそういうイメージだよね。さて、オークというモンスターを創作したのは毎度お馴染みトールキン先生でね」
「オークもそうなんですか」
「そうなんだよ」
エントもそうだと以前言ってたな。
そう考えると本当にファンタジー作品の土壌を生み出した人なんだな。
「元々は邪悪な勢力に捕まったエルフが変質させられてしまったもの、とされていて特に豚とは関係ないんだけど、様々な作品に波及するうちにいつの間にか豚のモンスターへと変わってしまったんだ。この原因には諸説あって、オークとポークの音が似ていたからだとか、指輪物語で上位種のウルクハイがオークに豚野郎と呼びかけるセリフがあるからだとか色々言われているが、本当のところは不明だ」
「元々はエルフなんですね……」
「うん。そんな本来の出自が忘れ去られて豚のモンスターになってしまったオークだけどね、不思議なことに今でもほとんどの創作においてオークの耳先は尖っているんだ。西洋でのエルフと同じようにね」
「……言われてみれば」
確かにオークの耳ってなんでか尖ってるよな。
豚の耳とは似ても似つかない感じに。
「おもしろいですね」
「おもしろいだろう」
そんな風に二人で盛り上がっていたところに遠くから唸り声が響いて、オレたちは思わず足を止める。
「これはまた……話をすれば影、と言うやつだね」
静かに杖を構えるウィスタリアさんの視線の先には粗末な家屋と、数匹のレッサーオークの姿があり――
「せっかくだから行き掛けの駄賃にしてしまおうか」
「それはつまり――」
「うん」
ウィスタリアさんはこともなげに言う。
「平和なオークの村を襲ってしまおう」




