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35:グリーンノア




 砂漠地帯に点在する大きなオアシスのほとり。

 周囲を高い柵で囲った小さな集落にオレたちはいた。

 情報収集のためだ。ここがグリーンノア討伐依頼を出した村であり、その被害を受けているという場所だから。

 見れば建物はあちこち傷だらけだった。

 土壁ということもあって刻まれた爪痕が痛々しく残っている。ヤツらの爪で容赦なく削り取られた文字通りの爪痕だ。

 いや、それだけじゃないな。何かが刺さったような小さな穴が無数に空いているところもある。ゲーム的に特殊個体と聞いて元のモンスターの色違い程度に考えていたのだが、もしかして尻尾に棘でも生えているのだろうか。


「――この先の岩場にいるんだね?」

「ええ。奴に従うグリュプスたちもそこにいます」


 今、ウィスタリアさんと話している男性はこの村の村長らしい。

 彼は色々なことを教えてくれた。

 グリーンノアが一回り大きなグリュプスであること。

 集落を襲い、何匹ものラクダが犠牲になっていること。

 そして、普段はこの先の岩場にいるということ。


「それで、その、奴を倒していただけるんですね……?」

「うん。任せたまえよ」

「ありがとうございます……!」


 請け負うウィスタリアさん。

 感謝を述べる村長。


 そんな村長の背には小さな男の子がいる。

 村長自身の子供だろうか。そう思って見るとどこか面影もあるな。現実で言えば小学生になるかならないかくらいの、本当に小さな子供だ。

 村長の背中にへばりつくその姿を見ていると昔の自分を思い出す。


 爺ちゃんと初めて会ったとき、オレはちょうどあんな風に母の背中に隠れていた。

 だから気持ちはわかる。閉じた世界で急に見知らぬ誰かが来るととても恐ろしく感じるものだ。だから知っている誰かにつかまって、閉じた世界から振り落とされないように必死になる。あのときのオレは結局、そのまま母の背中から出られなかった。

 そう思っていたのだが。


 ――その子は違った。


 小動物のようにおずおずとだが、前に出てきた。

 話を続けるウィスタリアさんと村長さんの方にではなく、その隣に立つオレの方に。

 そしてすっと手を差し出す。何かを握っている。


「くれるのか?」


 オレが問うと彼はうなずいた。

 こちらからも手を差し出すと、手のひらにコロンと小さな丸っこいものが載せられる。

 これはなんだろうと疑問に思う間もなく、システムにより詳細が表示される。『アメヤシの飴玉』という食料アイテムだった。


「へえ、飴玉か。ありがとな」

「……うん」


 男の子は俯いたままそう返事して、今度は村長の背中に戻るでもなく、住居の方に走り去っていってしまった。

 その背を見送っていると、ぽんと肩を叩かれる。


「おまたせ。話は終わったよ。そろそろ出発しようか」


 ウィスタリアさんはすでに目的地の方を向いている。

 集落外の岩場の方を。

 オレも飴玉をアイテムストレージにしまい、そちらに向き直る。


「――了解です。行きますか」


 これはあくまでもゲームだ。

 村人はみんなNPCで、今起きたことはただのイベントなんだろうけど。

 それでもモチベーションというのは上がるのだから、人間って不思議だよな。






 村を出て少し歩くと、地面の感じが変わっていく。

 砂しかなかった砂漠から、大きな岩がいくつか鎮座し、その周りに砕けた小さな岩が転がる岩場へと。

 聞くところによればこの先の大岩がグリーンノアの縄張りだそうだ。だからオレたちは警戒しながらそこに近づいていく。


「砂漠に岩場――というのも、なんか不思議な感じですね」

「いやいや、それは誤解というものだよ」

「え?」

「実際には砂漠と呼ばれる場所のほとんどはこういう岩石砂漠なんだ。みんながイメージする砂だけの砂漠というのは実はレアなのさ」

「ウィスタリアさんは何でも知ってますね」

「何でもは知らないよ」


 そんな話をしながらも、周囲をにらんで警戒は怠らない。

 けれども特に奇襲を受けることはなく、目的の大岩の前まで来れた。


「――いるね」

「いますね」


 確かにいた。

 大岩の上に体を丸めて休んでいるグリュプスが。

 大柄な体躯。太い四肢。メタリックな反射をする羽。傷の入ったクチバシ。あれがグリーンノアか。なかなかの風格だな。

 その周囲には普通のグリュプスが三匹。戦ったときは大きく感じたヤツらが、グリーンノアの隣にいると小さく見える。

 軽く息を吐き、脱力し、刀に手をかける。


 ――グリーンノアがこちらに気づき、咆哮した。


 それにつられるようにグリュプスたちも翼を広げて臨戦態勢になる。

 空に浮かんでこちらをにらむ。

 同時にグリーンノアも翼を広げる――が、ヤツだけは飛ばない。取り巻きに攻撃をさせてこちらの力を試すつもりか。


 案の定、次のグリーンノアの咆哮で、周りの三匹が一斉に向かってきた。

 ヤツらの攻撃は降下ではなく突進だ。さほど高度を取っていなかったため、今までのグリュプスに比べて速度は出ていない。


 最初のグリュプスが到達する。それに合わせて抜き打ち。鞘走りで加速した抜刀をさらに左手で押して加速する。


「――雷霊の太刀(イカズチ)


 一瞬の斬撃。

 ぞふりと肉を斬り裂く感触。

 後方に抜けながら断末魔の悲鳴を上げるグリュプスA。

 視界の端で体力バーの消滅を確認した。やはり突進先にただ刃を置いておくより、抜刀術で頭を斬り裂いた方がダメージが大きいな。

 レベルがあがった恩恵もあるかもしれない。


 ただ――雷霊の太刀には派生がない。

 腕が伸び切り、どうしても隙を晒してしまう。

 そこにグリュプスBとグリュプスCが襲ってくる。


「『ロックブラスト』!」


 間髪入れず二匹を叩き落とす岩の槍弾が飛んでくる。

 ああ。そうしてくれると思っていた。オレはすぐさま眼の前に落ちたグリュプスBの頭に刀を突き下ろす。

 絶叫。

 硬いものをかち割る感触を抜け、地面に切っ先が沈むと同時にグリュプスBの体力バーが尽きる。引き抜く時間が惜しい。刀の棟を蹴り上げて乱暴に刀身を解放する。


『ガウッ!』


 身を起こしたグリュプスCの爪が迫る。蹴り上げた刀で受けるが逆手では受けきれない。弾かれる。体がねじれる。だがねじれるということは、そこにバネの力が生まれるということであり――


「――木々乃霊の太刀(ククノチ)


 ねじりを解放した斬撃をグリュプスCに見舞う。

 それは事前の体勢のせいでとても完全とは言いがたかったが、それでも『守勢の極意』『一騎無双』によるバフが載った一撃はグリュプスCにトドメを刺す。

 刹那、ぞわりとする感覚が背筋を走る。


「グリーンノアか――!」


 目を向ける。

 まさにその瞬間、グリーンノアの金属質の羽根が弾丸のように放たれ、こちらに飛んできた。


「くっ――」


 なんとか致命傷だけは避けようと構え――


「『ダイヤモンドウォール』!」


 ――地面から透明な壁が現れて、その全てを遮ってくれた。


「ハスキーくん、下がって!」

「了解です」


 ウィスタリアさんの位置まで下がる。

 なおも放たれる羽根はガンガンと壁にぶつかり続ける。もしも防いでもらわなければダウンしていた可能性が高い。

 やがてグリーンノアの翼が丸裸になり、羽根がなくなると攻撃が止む。


「『ロックブラスト』!」


 無数の岩槍がグリーンノアに飛ぶ。

 ヤツは左右に飛んでそのいくつかを避け、いくつかを食らう。

 体力バーがわずかに減る。その代わり尽きていたはずの羽根が生え始める。

 そして再び放たれる金属羽根の攻撃。


「えげつない……」

「まったくだよ。『ダイヤモンドウォール』!」


 ウィスタリアさんは傷ついた壁を張り直し、羽根を受ける。

 羽根が飛ばされている間、オレにできることは何もない。だが、羽根が尽きれば隙ができることはもうわかった。


「次に羽根が尽きたら突っ込みます」

「それしかなさそうだね。遠距離合戦だと私のMPが先に尽きちゃう」

「ですよね。じゃあ援護は任せます」

「うん。任された。『ロックブラスト』!」


 ウィスタリアさんとグリーンノアの撃ち合いを、壁の裏で見守る。歯がゆい。オレに爺ちゃんくらいの腕があれば、飛んでくる羽根を全て避けたり落としたりできただろう。だが今のオレにはそれはできない。彼女に頼るしかない。

 オレは未熟だ。

 それでもオレはオレなりに、できるすべてを尽くさなくては。



 羽根の襲撃が止んだ。



 オレは跳ぶ。

 ウィスタリアさんの作り出した壁の上に飛び乗り、さらに跳ぶ。

 彼我の距離、あと五メートル。


「『ストーンブラスト』!」


 地面から無数の石礫が生じてグリーンノアを襲う。それを嫌がってヤツは身をよじる。

 その隙にオレはさらに跳ぶ。

 彼我の距離、あと三メートル。


 グリーンノアがこちらを向く。

 そして翼を広げる。だが、まだ生えてくるほどには時間が経っていないはず。そう思っていたが――ヤツの翼にはいくつか、羽根が残っていた。


「まさか撃ち切ったフリ――まずい、ハスキーくん!」


 いや、問題ない。

 ウィスタリアさんの声を背に受けながら、オレは跳ぶ。

 彼我の距離、あと一メートル。


 羽根が飛んでくる。

 数は少なく、オレでも避けたり払ったりできなくはなかったが――無視した。

 金属の羽根が体に刺さる。太い針が肉に食い込んでいくような感触。痛みはゲームで軽減されているとは言え、本能的な忌避感はある。だがいい。これでいい。

 体力が減る。三分の二を切り、半分を切り、そして四分の一を切る。


『『窮地の輝き』が発動しました』


 攻撃力バフを受け、腕に力がみなぎる。

 さらにそこにアーツを重ねる。


「――『オーバーリミット』」


 全身に血液ならぬ血液がめぐる感覚。

 体のキレが跳ね上がる感覚。時間感覚の鈍化。

 突きの姿勢を取ってオレは跳ぶ。

 彼我の距離、すでに指呼の間。


 残った最後の羽根がオレの眉間を狙ってくる。

 もはや受けてもいいそれを、あえて躱す。


『『守勢の極意』が発動しました』


 集約する。

 踏み込みによる足の力。

 突進による自身の重量。

 肩を入れることによる刀の加速。

 切っ先を突き入れる腕力。

 そして『窮地の輝き』『オーバーリミット』『守勢の極意』によるバフ。

 それらすべてを切っ先ただ一点に集約する。


 切っ先がグリーンノアの眉間に埋まる。

 それが七星神流の二星、鎧だろうと骨だろうと容易く貫く必殺の一撃。





「――疾風霊の太刀(ハヤチ)





 太い腕も鋭い爪も大仰なクチバシも、使う機会など与えない。

 眉間を貫いたまま突き刺さった刀を押してさらに跳ぶ。空気の抵抗を壁に感じるほどの速度で、それでもすべての力を使って加速し続ける。

 後方に置き去られる景色。

 減り続けるグリーンノアの体力バー。

 それがゼロになった瞬間、バァンと凄まじい音がして、オレの体は止められていた。


 ――巨岩が目の前にあった。


 そこにグリーンノアの体を打ちつけ、刀で縫い留めていた。

 反動でぶるぶると腕が震えた。

 それでもしっかりと柄を握って、刀を引き抜く。

 ほどけていくグリーンノアのグラフィック。

 視界の端で流れるメッセージを流し見しながら、オレは静かに納刀した。



















『ネームドグリュプス『グリーンノア』を撃破しました』

『撃破パーティのメンバーは『ハスキー』『ウィスタリア』です』

『『落下制御』の限定アーツ取得条件を満たしました』



『このメッセージは五分後、ワールドアナウンスにも流れます』


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