31:旅の計画とコロッケ
熱砂の街ジュピトリスにある大きな食堂。
その一角。小さなテーブルの二人席にオレたちは陣取っていた。
街全体がそうであるようにこの店も石作りで、壁には涼しげな青い絵画が飾られている。
まあ実際には絵画を見るだけで涼しくなりはしないので、オレもウィスタリアさんと同じように水着装備に戻っている。幸いにして店内には似たような服装の客が多く、目立ってはいないと思う。
テーブルの上にはそれぞれの飲み物とコロッケが載った大皿がある。コロッケからは湯気が立ち上り、できたてであることをアピールしている
しかし、オレが注目しているのはそれよりも手前。
ウィンドウとして虚空に浮かぶメッセージだった。
『ウィスタリアからクラン:ミスランディアに誘われました』
眼前に浮かぶYES/NOの表示。
そのYESに触れる。
『クラン:ミスランディアに所属しました』
その簡素な表示だけですべてが終わった。
これで懸案事項は解決したらしい。
「いちおうハスキーくんにも勧誘権限つけておくから、信用できそうな人がいたら誘ってね」
「いいんですか?」
「あんまり大人数にはしたくないけど、この先二人だけじゃ厳しいところも多いからね。理想は六人かな。クランホームが使えて、クランクエストも全部受注できるから」
「クランホームは欲しいですね」
「欲しいよねえ。私、箱庭ゲームの内装にめちゃめちゃ時間使っちゃうタイプなんだよ」
「わかります」
ソシャゲの庭園とか寮舎とかカフェとかいじってると時間が溶けるんだよな。
気がつくと信じられない時間が経っている。
もしも時間に融点があるとするなら、それは相当低いんだろう。最低でもオレのゲーム熱よりは低いことになるわけだし。
人はその精神的熱量によって、時間を溶かして生きている――なんてのはちょっと格好つけすぎか。まあでも、勉強で時間が溶けない理由はこれで説明がつくよな。
「あ、私の方でも友達を誘うつもりだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です。そこまで人見知りじゃないですよ、オレは」
友達の友達、という距離感は最初は気まずいものだが、信頼できる人の信頼できる人だと思えば自然と気にならなくなる。
……強いて言えば、それが男なのか女なのかは、ちょっと気になるが。
「オーケイ。それじゃあ改めて今後の話を詰めていくよ」
ウィスタリアさんは、コロッケの大皿を端に寄せ、テーブルの上に地図を広げた。物理地図か。ゲーム内マップだとお互い映像を共有できないからかな?
ちゃんと彩色もしてあって、水や森がわかりやすい。
「我々はジュピトリスを北上してマルシスを通り越し、その先の古王の墓標に向かう」
「通り越すんですね」
「うん。本来なら街の手前でボスを倒してそのまま街に入るけど、それを逆走するわけだからね。敵は街の先にいるんだよ」
「ああ、なるほど」
「さてさて、ジュピトリスを出て北に行くと、まず最初にあるのが『グリュプスの巣』だ」
「グリュプス?」
聞き覚えのない単語に思わず首を傾げると、ウィスタリアさんが笑う。
「まあマイナーな表記だね。一般的にはグリフォンって名前を使うから」
なんだ。グリフォンのことだったのか。
「それならグリフォンって名前にしてくれればいいのに」
「確かにグリュプス表記をしているゲームはちょっと思いつかないね。何か理由があるのかな」
ウィスタリアさんは首をひねる。
彼女にもわからないことはあるらしい。
「ともかく、ここはグリフォンがポップする場所でね。まずはここで稼ぎをする」
「美味しいんですか」
「倒せれば美味しいよ。経験値もドロップもね」
そこで彼女はコップを手にとって一口飲み、再び話し始める。
「グリュプスは黄金を守っている――これはヘロドトスの『歴史』に書かれていることだけど、このゲームでもグリュプスは金銀財宝をドロップする。運が良ければミスリルやアダマントとかも出るよ。普通の採掘では入手できない素材だから、ゲットできればだいぶ美味しい。ただ、ヤツらには一つ、大きな注意点がある」
「……なんですか?」
深刻そうな表情のウィスタリアさんに、緊張しながら尋ねる。
「伝承に曰く、『グリュプスは馬を殺す』。彼らはその習性として馬を見かけると必ず殺してしまう。ゲーム的に言えば騎乗動物を優先して攻撃してくるんだ。馬とかラクダとかをね」
「ああ……」
そういえばウィスタリアさん言ってたな。
ベータ版で馬を失って馬ロスになったから、二度とそういうのは買わないって。
ここで失ったのか。
「ハスキーくんも気をつけるんだよ。このゲームに蘇生魔法はないからね」
「はあ」
ずいっと顔を近づけて言ってくる。
本人的には相当トラウマなんだろうな。
ふう、と大きくため息をつき、再び飲み物をぐいっとやり、強めにコップを置く。
「さて続きだ。ある程度レベルがあがったら、次は奇岩渓谷に入る。マップでいうとこの辺だね」
ジュピトリスの北。
砂漠が終わり、まばらな木々の描写がある地帯を抜けた先。
雷のような形に曲がりくねった渓谷がある。くぼんだところに彩色がないから、川は枯れているのかもしれない。
「奇岩渓谷には二つのルートがある。オークの出現する上ルート、バジリスクの出現する下ルートだ。ハスキーくんはどっちがいい?」
「その二択なら上ですね」
「じゃあ上ルートで行こうか」
人型のモンスターなら武術の理合が通用するからな。
それに戦ってて楽しいのも断然人型だ。
「奇岩渓谷を抜けたら火山地帯だ。ここは酷暑状態だから再び水着の出番になる」
「……水着の呪縛からは逃れられないんですね」
「腹筋割れてて格好いいんだから、もっと誇って出していこうよ」
にまにまと笑うウィスタリアさん。
格好いいと言われて悪い気はしないけど、きっとからかわれているんだろう。
「私なんかこうして恥ずかしげもなく柔いおなかを晒してるんだから」
「ウィスタリアさんのは趣味でしょう」
「それもあるけどね」
あるんかい。
「で、火山地帯まで行けばそんなに危険はない。そのままマルシスを素通りして古王の墓標に行き、スフィンクスと戦う」
ウィスタリアさんの指が地図を北上し、街の先の開けた場所で止まった。
にしても、スフィンクスねえ。
エリア名も古王の墓標なあたり、エジプトチックなところなんだろうか。場所の景観はさすがに地図からは読み取れないが。
「スフィンクスは半分ギミックボスだけど、バルトアンデルスと違ってちゃんとDPSチェックがある。だからしっかりレベルを上げて、できれば人数も揃えておきたいね」
そう言ってウィスタリアさんは地図を丸め、アイテムストレージにしまった。
それからどけていたコロッケの大皿をテーブルの真ん中に戻す。
「以上、今後の作戦でした。そういうわけでハスキーくん、こっから先はレベリングを兼ねた行程だけど、上限解放の準備はできているかい?」
「抜かりはありません。刀も服もしっかり買っておきました」
「それは素晴らしい」
「なんなら今やっちゃいますか」
オレは装備欄をいじって『無銘』を『銘なき刀』に切り替える。
胴装備は現状水着だから問題なし。というわけで上限解放――ぽちっとな。
『レベル上限が解放されました』
『等級:中級に昇格しました』
『装備制限により初期装備が外れました』
「――あれ?」
なんか足元がスースーする。
そう思ってテーブルの下を覗き込んだら、運動靴がなくなっていた。
「……しまった。靴は初期装備のままだった」
「あっはは。あるあるだねえ」
ウィスタリアさんは楽しげに喉を鳴らし、コロッケにフォークを突き刺した。
「食事が終わったらまずは靴を買いに行こうか」
「……お願いします」
深く嘆息して、オレもコロッケに手を伸ばす。
ちなみにコロッケの中身は潰したそら豆に味つけをしたもので、今まで食べたことがないほど美味しかった。




