20:フレンド
「無事にたどり着けたね」
「無事といえば……まあ、無事ではありますが」
とりあえず大きく息を吐く。
酷暑で絶えず減り続ける体力、砂地の歩きにくさ、時折出現する毒持ちモンスター……ついでにβ版では出なかったらしいエントやサンドワームの襲撃など色々あったせいで、オレの疲労は限界近かった。
バルトアンデルス戦がなければ、まだまだやれたと思うのだが。
人間の集中力というのは有限なのである。
ともかく。
無事に街が見えるところまで来たのは確かだ。
あれが目的地である熱砂の街ジュピトリスか。でかいな。巨大な石壁に覆われた都市が左右の果てもわからないほど広がっている。
「ともあれ、行きますか」
「行かないよ」
「え」
「ハスキーくん、こっちこっち」
虚を突かれ視線を向けると、手招きするウィスタリアさんの近くにはアライバルオーブが設置されていた。
そういえば最初の街アポロニアでも、街の外にもアライバルオーブがあったっけ。でも、街は目と鼻の先だ。ここまで来たら行くも行かぬも大差ない気がするけど。
「街の中まで行かないんですか?」
「今入っちゃうとイベントが始まるからね。ここで終わっておくのがキリがいいと思うよ」
「なるほど」
そういうことらしかった。
彼女にならってアライバルオーブを開放する。改めてマップで見ると初期位置からだいぶ離れている。たった一日でずいぶん遠くまで来たものだ。
「あ、そうだ。ハスキーくん」
「なんです?」
「バルトアンデルスを倒したときに大量のメッセージが出たと思うけど、後でちゃんと読んでおいた方がいいよ。大事なことがいっぱい書いてあるだろうから」
「わかりました」
そういえばそうだった。
読もうとしたところでウィスタリアさんから声がかかり、以降存在を忘れていた。
次回ログイン時、忘れないようにしなければ。
「それと、またキミの力が必要になったら声をかけてもいいかな?」
「ええ。いつでもいいですよ」
「いつでもはサービスよすぎ。友達とプレイする予定なんだろう?」
それはそうか。
もともとはヒバと遊ぶために始めたゲームだ。
とはいえ、二人じゃまともなパーティは成立しない。ましてヒバは基本生産職なので戦闘用の仲間は足りていないのだ。
――何より、ウィスタリアさんはおもしろい。
「なんなら一緒にやりますか? たぶんヒバも――友人もいいって言うと思いますし」
「ふむむ。なら、これだけは先に言っておこうかな」
そこでウィスタリアさんは真顔になり、宣言するように告げた。
「私の目標はβ版最終ボスだったア・バオア・クーを誰よりも早く倒すことだ」
「ソロでですか?」
「まさか」
彼女は苦笑した。
「いいかいハスキーくん。このゲームのボスは基本的にソロで倒せるようにはできてないんだよ。キミのやったことは特例中の特例。例外中の例外なんだ」
「じゃあ、攻略パーティを探してるわけですか」
「どこかの段階で募集するつもりではあったよ。でも、スピード攻略するにはレベルも装備もアイテムも、どうしても縛りプレイみたいになってしまう。だから難しいかなとも思っていたんだ」
けどね、と彼女は続ける。
「けどキミは、不利な戦闘であるほどイキイキとしていた。バルトアンデルスのソロ攻略を押しつけたときもカケラも不満そうに見えなかったし、終わった後の顔もすごく満足げだった」
「まあ、やりたい放題はしました」
「だからキミなら、巻き込んでも私の心は痛まないなと思ったんだよね。ついてきてくれるんじゃないかなって。でも、キミの友達にまでそこまでの覚悟を求めるのは難しいだろう?」
「いやあ、たぶん乗ってくると思います。アイツはオレ以上にゲーマー気質なんで」
「だったら嬉しいな。まあ、ひとまずは相談してみてくれたまえ。無理強いはできない。ゲームは楽しく遊ぶのが一番だ。それを忘れちゃいけないよ」
「……ですね。聞いておきます」
もっともだ。
まずはヒバの気持ちも確認しないといけない。いくらオレたちの仲がよくて互いの性格を承知しているからって、返事までオレがするべきではない。
ウィスタリアさんは「うんうん」とうなずいてから、杖をどこかに収納した。武器をしまったということは、これはもう解散の流れだ。
「今日はありがとう。ハスキーくん、お疲れさま」
「お疲れさまでした。オレもいろいろ楽しかったですよ」
「それはよかった」
彼女は笑って、それからふと思い出したように表情を変える。
「おっと、忘れてた。最後にもうひとつ」
「え、なんですか?」
眼の前にメッセージが浮かぶ。
そこには『ウィスタリアからフレンド申請が届きました』と書かれていた。
「――まあ、『コンゴトモヨロシク』、というやつだ」
『ウィスタリアとフレンドになりました』




