15:最後の解毒ポーション
ゴーレムが拳を振り下ろす。
いくつもの石が連なって出来た腕がまっすぐこちらに向かって伸びてくる。
「はっ!」
即座にこちらの抜き打ちを合わせる。
無銘の刃は吸い込まれるようにゴーレムの下腕に向かい――強い抵抗感と共に、その腕の中を通過した。ゴーレムのHPバーが少し削れ、斬った手応えだけがあり、しかしその腕は未だ繋がっていて――
「――しまった」
これは現実じゃない。飽くまでもゲームだ。
ツノウサギを斬っても真っ二つにはならなかったように、相手を破壊するダメージを与えてもその部位が欠損するとは限らない。額の文字が削れるというのは、飽くまで制作側がそう設定しているからだろう。某モンスターをハントするゲームのように、破壊できる部位はあらかじめ決まっている。そういう仕様なのだ。
「くっ――!」
結果、斬られなかったゴーレムの拳は止まらず、オレは後方へ飛び退き――
「『クリスタルウォール』!」
目前に展開されたガラス状の壁がゴーレムの拳を止め、オレの代わりに爆散する。
「……すみません。助かりました」
「構わないよ。何でもやりたいようにやってくれたまえ」
彼女はそう言ってくれたが、しかし。
オレは当然至るべき結論に至らず、考えなしに行動して迷惑をかけてしまったのだ。
後悔と反省が胸中に去来し、オレを苛み――
『――反省したなら、それでいい。次の瞬間からは切り替えて戦え』
すべてを振り払うように、爺ちゃんの声が頭の中に響いた。
……ああ、わかってるよ爺ちゃん。
斬撃に余計なものはいらない。研ぎ澄まされた刃のように、斬撃を放つ一瞬はただ斬るだけの刀であれ。
その身はただ一振りの鋼であれ――だろう?
ゴーレムが拳を引き上げ、再び振りかぶる。
だがそれはもういい。
そこを斬ったところで大したダメージにはならない。だから気にしない。そう割り切ってみると、振り下ろされた拳は緩慢ですらあって、避けるに造作もない。
だが、避けた瞬間、ゴーレムの胴体がグルンと回転した。
腕もそれに合わせて回る。
あたかもラリアットのように回転するゴーレムの両腕。360度周り、720度周り、1440度回り――止まらない。なるほど骨格がないならそういうこともできるか。
遠心力と質量による暴力的な攻撃。
竜巻のようになって近づいてくるゴーレム。
「――ウィスタリアさん、オレの足元に壁を」
「ふぅん――なるほどね、了解。『クリスタルウォール』」
オレが跳躍するのに合わせて足元に背丈くらいの透明な壁が立つ。
それに着地してすぐ、再び跳躍する。
高さは優にゴーレムの背丈を越え、振り回される拳の暴風圏の内側に落ちていく。落ちながら、オレは体をねじる。足場のない空中で斬撃に必要な力を編み上げるにはそれが一番効率がいい。
「七星神流が五星――」
ねじられた筋肉はバネになり、落下運動も遠心力も噛み合わさって一つの斬撃を織り上げていく。足場はなく、体勢は不完全で、それでもその一撃は、斬岩を可能にするレベルまで高められてゆく。
遠心力で刀を握る手の毛細血管がブチブチと切れていく。筋肉繊維が伸びて引きちぎれそうになる。骨格がきしんで悲鳴をあげる。
そんな現実とほとんど変わらない感覚に、思わず笑う。
「――木々乃霊の太刀」
ゴーレムの額の文字列、その一番右端の一文字を無銘の切っ先が削り斬る。
途端にゴーレムの体が糸の切れたマリオネットのように崩れた。振り回されていた腕を構成する石はあっちこっちに飛散し、残りは足先から順にただの石として積もっていく。
まるで命を忘れ、重力を思い出したかのように。
オレはその横の地面に剣先を突きたて、それによって勢いを殺しながら着地する。
「さすがだね、ハスキーくん」
「いえ。醜態を晒しました」
「またまた」
そんな会話をしながら、手を出してきたウィスタリアさんとハイタッチする。
「これでついにボスとご対面なんですね」
「うん。だけどその前にね、まずはこれ」
手渡されたのはもはや飲み慣れた解毒ポーション。
「ああ、どうも」
これまでのように受け取り、そして違和感に気づく。
「ウィスタリアさんの分は?」
「それでラストだ。在庫切れだよ」
「――え」
あっけにとられたオレをまるで気にする風でもなく、彼女は楽しげに告げた。
「それじゃあ、作戦会議と行こうか」




