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11:サラマンダー




「ハスキーくんハスキーくん。見たまえ、アレがこのゲームのサラマンダーだよ」


 ウィスタリアさんが杖で指したのは薄水色のオオトカゲ。

 それが五匹、地面に壁に天井にと、思い思いの場所から這い寄ってくる。

 そして一様に口をかぱりと開けた。


「『クリスタルウォール』」


 彼女の宣言と同時に通路を塞ぐようにガラスの壁が生じ、サラマンダーのブレスを防いだ。

 そうして透明な壁越しに感じたのは、熱気ではなく冷気。


「……イメージと少し違いますね」

「うむうむ。実はね、サラマンダーは今でこそ火蜥蜴として知られているが、昔はそうではなかったんだ。古代ローマの時代に書かれたプリニウスの博物誌にはこうある。『その体は氷のように冷たく、氷がそうであるように火に触れると消えてしまう』――要するに最初は氷の幻獣だったんだ」


 そんな風に解説しながらガラスの壁で氷のブレスを受け切ると、改めて杖を構える。


「『ストーンブラスト』」


 透明な壁の向こうでダンジョンの地面や壁から無数の石礫が飛び出し、サラマンダーたちを襲った。みるみる体力バーが削れていく。


「しかしこの文章には異訳があってね。『消えてしまうのは火の方だ』とする説もあった。それを受けてかレオナルド・ダ・ヴィンチは『サラマンダーは火を食べる』と言い、パラケルススはサラマンダーを火の精霊とした。それが今日の火蜥蜴という認識の元になっているわけだ」

「つまりこっちが本来の姿なわけですか」

「でも、そんな事情なんてほとんどの人が知らない。結果、サラマンダー討伐の依頼に水属性武器を持っていき、壊滅する駆け出しパーティが続出している」

「あー……そりゃ、そうなるでしょうね」


 オレだって、何も聞いてなければそうするかもしれない。

 ガラスの壁の向こうで為す術なく死んでゆくトカゲたちも、そう考えると恐ろしい初見殺しモンスターだったわけだ。


「つまり何が言いたいのかというとね、このゲームにおいて大事なのは『知識』と『備え』だということだよ。とりあえずそれだけは覚えて帰ってほしい」

「わかりました、先生」

「よろしい」


 彼女はにっこり笑って杖の下部をコンと地面に立てる。

 役目を終えたガラスの壁が砕け、オレたちは再びダンジョンの廊下を進んでゆく。

 そうしてしばらく進んでいると、奥の方からズンズンと重い足音が聞こえてくる。

 オレは腰の刀に手をかけ、ウィスタリアさんも杖を構えた。

 足音が近づき、徐々に敵の姿が見えてくる。


「あれは――」


 それは見覚えがある姿だった。

 筋肉に覆われた巨躯。その身を守る黒ずんだチェインメイルと、手に握られた大剣。

 潰れた鼻と尖った耳。そして灰色がかった肌。

 レッサーオークだ。


「『クリスタルウォール』」


 ウィスタリアさんが再びガラスの障壁を展開する。

 しかし――


『グオオオオ!』


 振り下ろされる大剣の一撃で透明な壁は砕かれ、ウィスタリアさんは半歩下がる。


 ――その瞬間に、オレは前へと踏み込んだ。


 ヤツの動きはすでに見ている。剣を振るう角度。反撃に転じる速度。反射神経。耐久力。そのすべてを、オレはもう知っている。

 そして、障壁を叩き割るために大剣を振り下ろした直後のこの瞬間。ヤツがオレではなくウィスタリアさんをターゲティングしている今ならば。


「七星神流が二星――疾風霊の太刀(ハヤチ)


 踏み込みによる足の力。

 突進による自身の重量。

 肩を入れることによる剣の加速。

 そして剣を突き入れる腕力。


 それらすべてを切っ先ただ一点に集約することで、相手の心臓を鎧ごと刺し貫く必殺の突き。


 最短であるがゆえに疾く。

 一点であるがゆえに鋭く。

 その二つを以って敵の回避と防御を貫く、後の先の極み。

 その上で、相手の体に突き入れる刀を高速でねじることで殺傷力をより高める。


『グオオオオォォォォ――!!』


 さらに相手の体を押すように踏み込み、胸に沈めた刀を横に薙ぎながら敵の後ろへと抜け、構え直す。


 そうして視界に入ったのは、体力バーを失い砕けてゆくレッサーオークの姿と、ぽかんと口を半開きにしたウィスタリアさんの姿。


「……いや、驚いた。レッサーオークを一撃とはすごい火力だね。『剣術』スキルのレベルはいくつだい?」

「ゼロです」

「ゼロ?」

「ゼロです」


 一瞬の沈黙。


「……もしかして、リアルスキル?」

「です」

「ふーん……」


 あごに手を当て、何かを考え込むウィスタリアさん。


「ハスキーくん、今のレベルは? 取得スキルは?」

「そういうのって答えて大丈夫なものなんです?」

「一般的にはよくないね。でも聞けたら私が嬉しい」


 などと言われては、答えないわけにもいかず。


「レベルは12です。スキルはまだ何も」

「素晴らしい」


 何が素晴らしいのかわからないが、彼女は嬉しそうに笑った。


「しかし、12レベルなら装備更新の機会はあったんじゃないかい? なんで初期装備でダンジョンに?」

「一緒に遊ぶ予定の友人が、いつも鍛冶職なんですよね。で、そいつ以外の作った武器を装備してると嫉妬するんですよ」

「その友達は男の子?」

「そうです」

「ほほう――それもまた素晴らしい」


 やっぱり、何が素晴らしいのかはわからない。


「そういうウィスタリアさんの装備は高そうですね」

「杖はそうでもないけどね、ローブは『常世の禍因』っていうレア防具だよ。物理ダメージを10%軽減する代わりに、魔法ダメージを10倍にする効果がある」


 物理ダメージを10%軽減まで聞いて「つよっ!」と思ったが、その続きでズッコケそうになった。

 10%軽減の代わりに10%増加とかじゃないのか。

 10倍て。


「呪いの装備じゃないですか」

「このダンジョンで魔法攻撃してくるヤツはボスだけだからね。問題ないよ」

「問題大ありでは――って、あれ?」


 いつの間にやら、オレの体力バーが点滅している。

 再び毒状態になってしまったらしい。やはり覚えはないのだが。


「毒になってる。これなんなんですかね。何も食らったつもりはないんですが」

「そういえば、それを説明するのを忘れてた」


 悪いね、とウィスタリアさんは杖で自分の頭を小突いた。


「空気だよ。この迷宮内には毒の空気が充満していて、時間経過で毒になってしまうんだ」

「うわ、性格悪い」

「まったくだ」


 なるほど、それでダンジョン名が『千変する毒気の迷宮』なわけか。

 再び投げてもらった解毒ポーションを飲みながら、今後の計画を考える。

 死に戻ったら大量の解毒ポーションを買ってこよう。自分の分と、それにウィスタリアさんの分も。



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