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10:『千変する毒気の迷宮』




 穴の中に足を踏み入れた瞬間、システム音声が流れた。


『【千変する毒気の迷宮】に入りました』


 やはりダンジョンだったようだ。

 地面はむき出しの土だが、壁はレンガ状のブロックを組み合わせたもの、天井はアーチ状になっていて、どこにも明かりはないのに屋外のように明るい。

 そんな構造の廊下が先の方まで続いている。


「……少し狭いな」


 道幅は3mないくらい。

 抜刀に支障はないが、刀を自由に振り回せるほど広くもない。

 不利を意識して慎重に歩を進める。


 しかし、どこにも敵の姿はない。

 どころか、そのまま道の突き当りの壁まで来てしまった。


「……分岐とか、なかったよな?」


 間違いなく一本道で、しかしその先がない。

 だからといってここで終わりのはずはない。

 周囲を観察する。


「お」


 壁を形成するレンガブロックの中に、一つだけ赤くなっているものがあった。

 それを押し込んでみる。

 ガゴンとブロックが反対側に抜け、それと同時に壁が震え始める。

 慌てて少し下がると、壁のブロックが下に落ち横にスライドしすべてが少しずつ組み変わっていって――気づくと、壁だったはずの正面は開かれ、その代わりに来た道がなくなっていた。


「なるほど。『千変する毒気の迷宮』ね」


 そういう感じだとわかれば、後は簡単だった。

 道を進んで、壁の中から色の違うブロックを探し、押し込む。

 すると、あるときは小部屋が現れ、あるときは階段が現れ、右に曲がったり左に曲がったり、進めたり戻らされたり頭の上にタライが落とされたり。


「くっそ、さすがに屈辱だ……」


 頭をさすりながら体力ゲージを確認する。

 さほど減ってはいない。これならまだポーションを飲む必要はなさそうだ。

 そう思って再び歩き出す。


 一つ、気づいたことがある。

 進むごとに道幅が広くなっている。今や最初の通路の倍近い。

 これくらいの広さがあればもはや不利はない。自由に戦える。


「うん、いつでも来い」


 そう思いながら緑色のブロックを押す。

 今度は床が抜けた。


「――っ!」


 3mほどの落下。

 着地の瞬間に柔らかく膝を曲げて衝撃を吸収する。それでも足に衝撃が伝わり、体力バーが少し減った。

 だがその程度のことを気にしている暇はなかった。


「いやいや、そりゃあ来いとは言ったけど――」


 そこは大きな部屋だった。

 そしてオレの周りには目を爛々と輝かせたモンスターたちがいた。

 大雑把に言えば人型で、耳が長く尖っていて、顔はちょっと悪魔的で、服は着ていない。それぞれの手にはツルハシが握られていて、その切っ先が鈍く光っている。一瞬ゴブリンかなと思ったが、表示された敵の名前はコボルドだった。

 それがざっと六匹。


『ウウウゥゥ――』


 そいつらが唸り声を上げながらじりじりと近づいてくる。


「さすがにちょっと多くない?」

『ウガァッ!』


 背後から声。

 鞘を掴んでいた左手を左下に伸ばす。

 鞘先が背中に跳ね上がり、背後からの一撃を弾いた。

 そのまま刀を鞘ごと腰から引き抜き、柄を握る。


『ウガ! ウガッ!』


 右からの打ち込み。

 鞘を被ったままの刀を振り、突っ込んできたコボルドの顔面に鞘を飛ばす。文字通り面食らって硬直したその一瞬を狙い、抜き身の刀で首を突く。


『ガ――』


 それでも体力バーがわずかに残っていたので、刀をひねって首をえぐる。

 それで体力は尽きた。

 まずは一匹。


『ガウ!』

『ガウ!』


 コボルドたちも馬鹿ではないらしい。

 示し合わせて左右から同時に襲いかかってきた。

 振りかぶられたツルハシがオレの脳天をかち割ろうと迫る。

 防御は間に合わない。


 だから膝の力を抜いて体を前に倒す。

 そして倒れる力を利用して前方へ滑るように移動する。

 いわゆる膝抜きというやつだ。

 それによって発生したのはほんの半歩の移動。

 だが、点で攻撃するツルハシを避けるには半歩で十分だ。


 カン、カンとツルハシが地面を殴る音が聞こえる。


 それに合わせて曲げた片方の膝を伸ばしながら、逆の足を滑らせる。体が半分回転し、攻撃終わりの隙を晒した二匹のコボルドの姿を捉える。

 繰り出した斬撃はしっかりとコボルドの首を通過し、体力バーを削り切る。

 これで三匹。


『ウウ! ガウ!』


 なにがしかの指示が飛ぶ。

 だが、相手の攻撃を待ってやる必要はない。剣術の基本は先の先だ。

 オレはすぐさま駆け出し、指示を出していたコボルドに斬りかかる。ツルハシを使って受け太刀するコボルド。武器と武器の衝突。響く金属音。


『ウガァ――ガウ?』


 剣を受け止めてニヤリと笑ったコボルドの表情が直後に歪む。

 オレが受けられた刀を滑らせるように引いて突きに変えたからだ。

 心臓を貫かれ、そのままひねりも加えられたコボルドの体力ゲージはゼロになる。

 四匹目。残り二匹。


『ウ――ウガァァァ!』

『ガウ! ガウ!』


 残った二匹が同時にかかってくる。

 そこに膝抜きを使って逆に飛び込んだ。

 二匹の表情に動揺。体のこわばり。

 剣術の斬撃は速い。一瞬の差で勝負が決まる。


「――これで六匹、と」


 すべてのコボルドのグラフィックが分解されるのを確認して残心を解く。

 地面に落ちていた鞘を拾い、腰に差して納刀。


「正直獲物の差はあったな。幸運だった」


 突き薙ぎ自在の刀と違って、ツルハシは基本的に振りかぶって打ち下ろすしかない。必然的に動きもタイミング読みやすいし、対処も容易になってしまう。

 ついでに言えば服の差もある。

 剣術には流派ごとに秘伝の膝の使い方があり、また動き出しを相手に察知されないために袴を使う。一方コボルドは裸で一切の起こりを隠せない状態だった。


「やっぱりレッサーオークは強かったな。装備もしっかりしてたし」


 そんなことを考えながら探索を再開する。

 部屋の隅に赤色のブロックを見つけ、押す。

 部屋が組み変わっていき、長い廊下が現れる。

 ほっと一息吐き、廊下を進む。


「――ん?」


 途中で自分の体力バーがだいぶ減っていることに気づいた。

 コボルドたちからは一撃も受けていないはずだが。というか体力バーの色がおかしい。点滅もしている。そしてよくよく見れば時間経過で減っている。

 毒状態だ。


「いつの間に」


 心当たりがない。

 スイッチを押して怪しい煙が出てきたなんてこともないし、コボルドたちが何かしてきた様子もなかった。


「くそ、油断してた……」


 ポーションはいくつか持っているが、解毒ポーションはない。

 ポーションで回復して延命はできるが、根本的な解決にはならない。

 体力の持つ間にダンジョンを踏破してその先のアライバルオーブを開放できればいいのだが、そうでなければこれまでの努力が全部水泡に帰し、入口からやり直しになってしまう。


「解毒、解毒手段は――」

「驚いた。誰かいるなあと思ったら、初期装備の子が一人でいるなんて」


 突然声をかけられて、思わずびくりと体が硬直する。

 声の主は廊下の奥から姿を表した。


 焦げ茶色の髪。

 大きな丸メガネ。

 そして白い模様の入った黒いローブと、石を削り出したような杖。

 見るからに魔法職の女性だった。


「迷い込んだのか。それとも背伸びをしたのかな。まあどちらにしろ、ここのギミックは知らなかったみたいだね」


 そう言いながら彼女はこちらに青い瓶を投げてきた。

 受け取って出た表記は『解毒ポーション』。

 即座に瓶の中身をあおる。

 毒状態は解除され、継続ダメージが消失した。

 どうやら命拾いしたらしい。


「助かりました」

「いいよいいよ。新人に優しくするのが先輩の務めさ。お姉さんに任せなさい」

「お姉さん……」


 言うほど年が離れているようには見えないが。

 ちょっと大人びた高校生か、童顔の大学生か、そのくらいに見える。

 まあ年上っぽい雰囲気があるのは確かだ。そのせいで思わず口調も丁寧になってしまった。年上の女性相手にだけ、オレは口調が変わってしまうのだ。


「それで、キミはこれからどうする?」

「どうする、とは?」

「帰るのか、進むのかさ」


 言われて少し考える。

 帰ってアイテムを万全に用意してもう一度ここに来る、というのは確かにありだ。

 けれどもこのゲーム、デスペナルティが存在しない。だから、アライバルで帰るのも行けるところまで行って死ぬのも別に変わらないのだ。なら、ワンチャンに賭けて攻略に挑む方が断然いい。


「せっかくここまで来たんで、できるなら攻略したいですね」

「それはここのボスが何なのか知ってて言ってるのかな?」

「いや、知りません。強いんですか?」

「あはは。いいね。敵が強いと嬉しいタイプだ。気に入ったよ」


 強いんですかと聞いただけで、言葉の裏まで見抜かれてしまった。

 オレはそんなにわかりやすいだろうか。


「そういうことなら一緒に行くかい?」

「え――」

「私はウィスタリア。ゆえあってここボスを倒さんとする魔法使いだ。もしもキミにその気があるなら、一緒に行こうじゃないか」


 彼女が手を差し出す。

 同時にメッセージが表示された。



『ウィスタリアからパーティに誘われました』



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