異世界転生の手伝いをするお仕事です
俺の名前はモブ。25歳の無職だ。
仕事はしたいんだけど、どうにも「これだ!」って仕事を見つけることが出来ず、いまだに「ほんとうの自分」には出会えずにいる。
大型一種免許を取得して長距離ドライバーもやってみたけど、あまりの拘束時間の長さとそれに見合わない給料の安さに三日で辞めた。
「おっ?」
ある日転職サイトを閲覧していて、気になる仕事を見つけた。
「『異世界転生の手伝いをするお仕事です』だって?」
しかも必要な資格に『大型免許』とある。
迷わず俺は応募することにした。これは合法に人を殺せる楽しい企画なのではないかと思ったのだ。正社員でなくアルバイトなのもよかった。ヤバい仕事ならすぐに逃げ出すことができる、たぶん。
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面接などはなく、いきなり現場に行かされた。
集合場所の道端へ赴くと、待っていたのは指導員のオッサンがただ一人だった。
「やぁ、アルバイトのモブくんだよね? 今日はよろしく」
汚れた作業服を着た、いかにも社会の落伍者といった感じのオッサンだった。印象はショボいが、まぁ気にするまい。俺の人生に関係はない。
「よろしくお願いします」
俺はぺこりと挨拶をすると、聞いた。
「……で、何も聞いてないんですけど、これはどんなことをする仕事なんですか?」
「もちろん、大型トラックで人をはねて、異世界へ転生させてあげる仕事ですよ」
よっしゃあー!
思ってた通りの仕事だった。合法に人を轢き殺していいんだ! 心が弾むぜ! 俺、善いことをするんだ!
っていうかやっぱりこういう仕事が存在してたんだな。おかしいと思ってたんだ。なぜ、いつも異世界転生を手伝うのがトラックなのか? ってな。乗用車に轢かれて転生するパターンを少なくとも俺は見たことがない。ましてやトラクターや除雪車に轢かれて──なんてパターンは……
「ちなみに積雪時には除雪車でやっていただいてます」
あるのかー……。
やっぱり赤い雪を派手に撒き散らしたりするのかな。それもワクワクする!
「本日はこちらのトラックに乗務していただきます」
よく見ると大型トラックが駐車してあった。真っ白なキャビンの箱型トラックだ。いかにも血の色によく染まりそうな純白だった。
オッサンが仕事内容を説明してくれる。
「このトラックに乗って、あてもなく走っていてください。で、道路に飛び出た女子高生とか猫を助けようとする心優しい人を見つけたら、遠慮なく轢いちゃってください。あ、ブレーキは踏まないでくださいね。スピードが低いと異世界へ転生せず、大怪我させるだけになっちゃいますからね」
もちろん俺の心にブレーキなどついてはいない。
きっとみんなそうだったんだ。おかしいと思ってたもんな。トラックの高い運転席から見てたらふつう停まれちゃうもんな、よそ見でもしてない限り。みんなこんなふうに教育されて、遠慮なくノーブレーキでいってたんだな。
「何か質問はございますか?」
俺は一番気になることを聞いた。
「あの……。轢いた人は、魂が異世界に転生して、体はそのままこっちに残るんですよね?」
「もちろんです。礫死体になられます」
「その……。責任は会社がもってくれるんでしょうか? 僕は業務上過失致死罪にならないですか?」
オッサンはにっこりと、頼もしく笑った。
「もちろん会社が全責任を負わせていただきますよ。何しろうちの社長は『神様』ですからね」
「じゃ……、じゃあ、轢きます!……じゃなくて、行きます!」
俺は張り切って運行前点検を行うと、トラックに乗り込んだ。
高い運転席から眺める世界はチョロく見えた。自分が偉くなったような勘違いができた。
俺は新しい転生物語を創る神となるのだ。すぐに物語からは退くが、新しい種を蒔く重要な役割を担うのだ。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。お気をつけなくていいですからね」
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俺はなるべく人通りの多い広めの道を選んで走った。あまり広すぎると見晴らしがよくて轢きにくいし、人気のない幹線道路などでは飛び出しの期待ができない。
何より狙い目は通学路だ。学生がよく通る広めの道を、下校時間に狙いをつけて、飛ばし気味にトラックを走らせた。
「来い……来い……。飛び出して来い……」
歌うように呟きながら、舌なめずりしながら、俺はトラックを飛ばす。
下校中の女子高生の群れをガン見しながら、飛び出して来るのを待った。
しかしなかなか飛び出して来ないもんだ。まぁ、ふつうに考えてそうそうあるシチュエーションじゃない。
「来ないならこっちから行ったろかぁー!?」
もちろん口だけだ。歩道に向かって突っ込んで行ってもいいのだが、トラックを廃車にするわけにはいかない。何より給料はそれでは支払われない。飛び出して来た人を轢いて、無事に異世界転生させて、初めて給料が発生するのだ。
ねこが飛び出して来た。
俺はスピードを緩めた。
「ねこじゃだめだ。ねこを轢いても異世界には転生しないからな……」
俺がブレーキを踏もうとすると、そのねこを助けに女子高生が一人、飛び出して来た。
「ナイスだ! お嬢さん!」
俺はブレーキペダルに乗せかけていた足を、アクセルペダルに乗せ替えた。
意外なほどに躊躇はなかった。むしろ昂揚感に突き動かされて、俺はスピードを上げた。
俺は善いことをするんだ。日常に倦んでいるのであろうこの女子高生に、新しい人生をプレゼントするんだ。それはドキドキとワクワクに満ち溢れた世界へ、この娘を転生させるお手伝いをするんだ。ひひひひひ!
女子高生がねこを抱きかかえ、俺を睨んだ。
長い髪がアクション映画みたいに揺れ、かっこよかった。
こっちへ女子高生がてのひらを向けた時、俺は嫌な予感がした。
あ──
この女子高生、異能力者だ──
トラックと女子高生の手がぶつかり合った時、その予感は確信に変わった。一瞬が永遠のような時間の中で、メキメキとトラックがへしゃげる音を俺は聞いた。
運転席のシートがはね上がる。フロントガラスに罅が走る。
鋼鉄の分厚い壁にでも突っ込んだように、13トンのトラックが後ろへはね返され、12メートルの車長があっという間に12センチに畳まれて、俺は、死んだ。最期に見たものは憎むように俺を見下ろす女子高生の青く光る瞳だった。
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目を開けると俺が異世界転生していた。
あのオッサンが目の前に立っている。虎のパンツを穿いて、赤鬼みたいなツノを頭に生やして。
そしてにっこりと笑うと、俺に言った。
「ようこそ、地獄へ」
俺による地獄八階層の冒険が始まったのだった。