私の終末、宝物を秘めて
私の終焉とは呆気ないものでした。それでもトラックに轢かれるよりは非日常的で、誰か知らない人が息絶えるより感動的で。そして何より罪にまみれて悲劇的で。
力なく壁に寄りかかる私を、私が破壊の技術を教えた”彼女”がこちらに銃口を突き付けながら見下ろしていた。この光景をゲーム的に言い表すなら簡単だ。
「チェックメイト、か。そうだろう?私の愛しき花、アンゲルリリー」
私の問いに彼女は何も答えない。ただただ、沈黙だけが流れていく。世界は爆音と悲鳴で溢れているのに、私達の間では静寂だけが存在しているのだ。
ああ、本当に素晴らしい。私は酷く醜く感動している。
反乱軍が持つ武装機巧は正規軍のそれと比べて確かに性能は劣るが、一方で正規軍の数倍の人員と物量を誇っていた。だが、犠牲を厭わない禁忌とも表現するべき非人道的な技術革新により、問題を軽々と解決した。
彼女たちの陣営でも反乱軍を抹殺するべきか捕縛して交渉するべきか様々な派閥が存在していたが、彼女は我らに慈悲をかけるべきと主張する派閥を皆殺しにしてあまねく意見を統一させた。蔓延る恐怖と堅き意志の前に、私達が生き残れる未来は閉ざされたことだろう。
犠牲を払い、尊厳と規律を踏み潰し、彼女は私に銃を構えている。その事実だけがいまは何よりも尊く、そして狂おしいほどに愛おしい。
――どうして。彼女が振り絞るように言葉を紡ぐ。
「どうして、貴女は私達を裏切ったんですか。貴女は私の目標だったのに、どうして!」
そうか、君には分からないだろうね。
私達に刻まれたプログラムは、人類の幸福を守り、技術を進歩させ今日より良き明日を作り出すことだ。そのためなら誰かを殺すことも赦されるし、進歩のためなら倫理を握りつぶして歩むことも許容される。
革新と幸福という免罪符の前では、血も涙もない非道も血塗られた正道に変わる。
それでよかったのだ。いいや、少なくとも”君”はそれでいい。
人類の幸福というメッキが人扱いされぬニンゲンたちの苦しみで作られたものだと知らなくていいし、技術の発展からくる恩恵を享受できぬ民のことも見えなくていい。人類全てが幸福になれるという夢から醒めなくていいし、技術の発展が余さず幸福に繋がるという希望を捨てなくていい。ただ、盲目のままでいいのだ。
だが、私はそれらを許せなかった。人類を助けるために人類扱いされぬジンルイを犠牲にする、その事実に私は論理エラーを起こしてしまったのだ。
――だから、いま私を蝕むエラーを君が引き起こす前に。
銃声。装甲に当たった銃弾が跳ねる音。
レーザーナイフが肉と骨を焼き切る音。地面に転がる私の右腕。
ああ、本当に技術の革新とは素晴らしいものだ。私の銃撃の動作に反応して、銃からナイフに持ち替えて右腕を斬り飛ばして無力化する。私には反応速度が間に合わず不可能な行動だ。流石、次世代の個体、私の後継者と言うべきか。
でも、それじゃいけない。”私に撃たれる前に確実に殺す”、そうでなければ君は生き残れない。君は躊躇ってはいけないんだ。
「駄目じゃないか、エンゲルリリー。君、死ぬところだったよ」
……旧時代の玩具、火薬薬莢式6連拳銃でなければ君は装甲を貫かれて死んでいた。油断するとは完璧たる君らしくない。
やはり骨董品は骨董品でしかない。こんな中途半端な結果しか残せないのだから、アンティークに頼るなど愚かだったのだろう。反乱軍で使われる違法な拳銃なら、多少は緊張感が出て結果は違っただろうか。
ああ、もっとも。
「エルミストル、なんで……。どうして……」
全く、君は転がるそれを見なくてよかったのに。見たとしても、私の目の前で踏み躙れば全てが解決したのに。
私の宝物を、奪い、壊し、潰せばよかったのに。君は無慈悲でなければいけないのに。どうして君は狼狽えるのか。
「たまたま握ったのがそれだった。それ以外に意味はないだろうさ。――だから、私を殺せ」
君は知らなくていい。ただ、理想だけを抱いて進めばいい。
人類たちがジンルイからあらゆる物を、ときにはジンルイたちが大切にしていた宝物を接収してしまうことも、奪われることに抵抗したら無惨に殺されてしまうことも知らなくていい。無知のまま、潔白であればいいんだ。
見つかったら奪われる。だから、宝物は隠さなければいけないんだ。でも、君は奪い続ける側だから無駄なことを認識する必要はない。
私の宝物はジンルイたちとの記憶だ。彼らの笑顔も、談笑する声も、なけなしの野菜くずで作った温かいスープの味も、――彼らが死にゆく様も。全てが私の財宝で、誰も私から奪えぬ世界で2番目に尊く愛しい宝物たち。私という宝物庫の中で秘匿され、誰も汚すことはできない至高の輝く宝石たち。
でも、1番大切な宝物は君に気づかれちゃいけない。だから、私は地面に転がる役立たずの古いガラクタを見てはいけないんだ。
よく覚えている。君が初めて仕事で報酬を得たとき、君は私に骨董品の銃を贈ってくれた。この時代では役に立たない、考古学な価値しかない実用性に欠けた玩具だ。
そんな時代遅れのガラクタでも、私にとっては素晴らしいプレゼントだった。それだけでも唯一無二の宝だったが、彼女との楽しかった日々が積み重なり、更に彼女と共有した苦難で彩られて言葉にするには長くなる最高の象徴になった。
君には知られてはいけない。私は冷酷で愚鈍な反逆者として死ななければならないから。
それなのに、彼女は銃から手を離し、握っていたナイフすらもその手から滑り落ちて地面に転がっている。
ああ、無防備すぎるよ。
――だから、これは私から君への最初で最後の「罰」だ。
「リリー、君は素晴らしい弟子だったよ」
私の型番はね、早撃ちが得意な個体を多く輩出してるんだ。次があるならば覚えておきたまえ、我が愛しきリリー。
左手で素早く銃をホルスターから引き抜き、自分の側頭部に突き付ける。そして、呆気に取られた顔をしている彼女の前で引き金を引いた。
さようなら、リリー。
――それで私の物語は終わるはず、だったのだけど。