残像の言付け
あまり人には話さない事なのだけど、僕には、夜中寝ている間に何かを食べてしまうという変な性質がある。と言っても、夢遊病者のように彷徨って、勝手に何か食べ物を食べてしまう訳じゃない。それは勝手に口の中に入って来てしまうんだ。それに、それはそもそも食べ物じゃない。もっと言ってしまえば物質でさえない。では、何かと問われれば、実を言うのなら僕にもよく分からない。それは“何か”なんだ。ただし、その存在感だけははっきりと分かる。
朝起きると、夢の残滓や腹の辺りの感覚から、何かを食べてしまったと直ぐに気が付く。でも、大体の場合はそれだけだ。それはちょっと経つと、直ぐになくなる。だから、いつもはほとんど気にしないのだけど、ごく偶に、どうしても気になってしまう事もある。その時もそうだった。
その夢の内容を、僕はそれなりに思い出す事ができた。夢の中で、僕は誰かの視点になっていた。その誰かは、病院のベッドで寝ている。手も足も動かせず、そして声を出す事もできない。ベッドの横には女の人がいた。その女の人は、その誰かを毎日看病しているようだった。治る見込みもないのに。その誰かはそれにとても感謝している。でも、それを伝えられない。そして、同時に申し訳なくも思っていた。自分などの為に、彼女は貴重な時間を犠牲にしてくれている。その誰かは、その人にどうしてもお礼が言いたかった。だけど、声を出す事ができない。その意思を伝えられない。伝えたい。
そこで夢は終わったと思う。
その夢を見た次の日、僕はなんとなく散歩に出掛けた。ちょうど休日だったんだ。公園の横の墓地に、ふと何気なく足を運んだ。いつもは滅多に人なんていないのに、その日は珍しく誰かがいるのが見えた。誰かのお墓の前に、女の人。僕はその後ろを通り過ぎようとした。でも、何故か素通りができなかった。立ち止まり、その女の人に声をかける。
「ありがとう」
どうしてそんな言葉が出たのか、自分にもよく分からなかった。女の人は、ゆっくりと反応した。こちらを顧みる。それから、なんだかとても嬉しそうな顔をして、僕に向かって軽く頭を下げた。
よく晴れた日の出来事。
真実がどうであるのかなんて、もちろん、誰にも分からない。でも、それでも間違いなくそれは現実だったのだろうと思う。