「第一話」異世界なんじゃがのぅ
――敵は本能寺にあり! 信長を、『尾張の大うつけ』の首を取れ!
そうか、ただただ納得した。
焦げ付いた薄着、煤まみれの自分の体、燃え盛る本能寺。横たわり動かない、最後の忠臣……「蘭丸」、そう呼んでも、動かなかった。
「…………」
本当に、ただただ納得しかなかった。自分は部下に嫌われていたし、裏切られることなんて何度もあった、寝込みを襲われることも少なくはない。
バキバキと音を立てて崩れ去っていく寺、倒れてきた柱に潰されて死ぬか、焼け死ぬか。
どちらも魅力的な死とは思えなかった、どう考えても、人らしい死に方ではなかった。
「まぁ、元から人でいたつもりはないがな」
隣に置いてあった酒瓶を掴む、豪快にそれを飲み干し、そこら辺に投げ捨てる。
飛び散る陶器の破片が頬をかする、血が滴り、落ちて……しばらくすると床の沁みになった。
「……」
死ぬなぁ、流れ出る汗を拭いながら、そう思う。
出口は全て火の海、水でもあれば体を濡らすことができるのだが、ここに有るのは酒一本、悪化するのは目に見えていた。
「よし! 死ぬか!」
腰に差してあった愛刀を掴む、本来なら脇差とかそういうのを使うのが礼儀作法なのだが、正直どうでもよかった。
鞘から刀を抜き、腹に突き立てる。
「むぐっ! あだだだっ……がぁ……」
元気な声が寺だけではなく、寺を囲む軍勢にも聞こえた事だろう、儂はにやりと笑ってから、両手に力を込めた。
ブシュウっ!腹の中に刃が滑り込み、みぞおちからへその下までざっくり切っていく。
どさあっ、痙攣しながら倒れる、腹にとんでもない痛みが走るのを感じた。
(人生……五十年)
揺らぎ、暑さの中に消えていく意識。これが死なのか、何とも呆気ない……天下目前と言わしめた儂でさえも、所詮は人の子だということを実感する。
【火の精霊よ、世界を焼き尽くす炎の大災害よ。契約を此処に、分かち合うは傷、捧げる大火は此処にあり。汝、我の願を聞き届けたのであれば、その醜き姿を恥じ晒せ!】
本能寺を支えていた柱が、音を立てながら崩れ去った。
死んだという感覚が、想像していた物とはだいぶ違った。頭という考える手段、触れたという肉体の存在が、死後の世界でも存在するのであろうか? 朧気だった五感が少しずつ、本当に少しずつではあるが、明らかになっていく。
(呆気なかったのう、儂としたことが……怒りに任せて脱出を忘れておったわい)
体の真ん中から手足にかけて、全ての感覚が目覚めた。周囲が自分と同じ死者の声でざわめている事を知覚し、ぐっと力を込めて面を上げた。――だが、そこは余りにも殺風景なあの世だった。
古ぼけた木造の小屋、散乱しているガラクタには埃や蜘蛛の巣がちらほら……暗い部屋の中を照らしているのは、目の前のドアから差し込む陽光だけだった。そして――。
「……誰じゃあ、お主?」
「っ! 成功した! 本当に……本当に召喚できた! 資料やお話に出てくる見た目とは違いますが……」
いきなり甲高い声を上げて立ち上がり、両手をぶんぶんと振り回すこの小娘。なんじゃあ? 見た事のない格好をしておる……赤い着物、にしては分厚い、ひらひらとした布を腰に巻き、白い足袋を履いておる。ってか髪の色がきらっきらじゃなお主!? 金か!? ……異国の者か?
「自己紹介が遅れました。私はアメリア・イアハート……あなたを召喚し、たった今契約を結んだ者です。これからあなたの力をお借りするとは思いますが、よろしくお願いします、『イフリート』」
「……? いふ、なんじゃ?? おーい蘭丸! 説明しろぉ!」
呼んでは見るが来ない。首を傾げる儂、取りあえずうつ伏せのままでは威厳もクソも無いため起き上がった。……よろしい、この小娘は実にチビなようじゃな。まぁ、儂がデカいだけかもしれんがのぅ?
「おや、御冗談を。そのように屈強な体、燃え盛るような魂の強さ……何より、私のような小娘でも分かる程の気迫。――貴方はまさしく、あの『イフリート』なのです!」
「ああ? いや、儂は『いふりーと』とかじゃなくてな、きちんと織田信長っていう名前がなぁ……――誰じゃ、話を聞いておるのは」
下がれ、そう言ってアメリアを自分の背に引っ張る。
「ど、どうしたのですか」
「静かにせい、気づかれる。……お主、中々に人の恨みを買っておるようじゃなぁ」
「しっ、失礼なこと言わないでください!」
「だから! 静かに……っ」
放り込まれたそれを、感覚的に危険物だと察知する。アメリアの胸ぐらを掴み、小屋を勢いよく飛び出す! 直後、大気を震わせる轟音と風圧が体全体を覆い、儂はアメリアを抱えてゴロゴロと転がって行った。
(咄嗟に助けてしまったが……一体何なんじゃここは!?)
「――危ない!」
今度は抱えていたアメリアに突き飛ばされる。坂道だったため、面白い程ごろごろと転がっていく儂の体と回る視点、大きな音を立て、巨木にぶつかる事でようやく止まった。
「ったァ――ッッ! なんじゃお主! 助けてやった恩を二秒で踏みにじるとは! ……ぁあ!? 今度は誰じゃ、お主!」
見上げると、そこには変な鎧格好の男が一人、その周りに三人の大男……そのうちの一人が、じたばたと暴れるアメリアを抱えていたのだ。
「ふははは! なーにが『イフリート』だ我が妻よ! 君が精霊召喚の儀式を行っていると聞いてわざわざ来てみたわけだが……なんだあの中年は! 炎も纏わず、何が最強の精霊だ!」
「だーかーら! 儂は『いふりーと』なんかじゃないと言うとるじゃろがい! そんな事よりお前! その小娘を儂に返すんじゃ! まだまだ聞きたいことも山ほどあるからのぅ……褒美はやるぞ?」
――背に腹は代えられぬ。ここまで譲歩すれば、あんなチャンバラの「ち」の字も知らんようなガキは喜んで受け入れるはず……。
「ああ? 何言ってんだチビ! テメェみたいなおっさんの言うこと聞く訳ねぇだろバァーカ! 俺はアルティマ帝国第一皇子にして帝国最強のきしゃんぐるぅっ!?」
「だぁれぇがぁチビじゃあクソガキゃぁああああああッッッ!」
剣を奪い、振り下ろす! 燃え上がる程の怒りに任せた一撃……実際に炎が出た気もするがそんな事は知らん、今はこのガキをぶっ殺してやる! 誰がチビじゃ! 生きたまま焼き殺してくれる!
「ひぃいいっ! や、やっぱこいつ『イフリート』だぁ!」
「おい! 皇子を置いて逃げるのか⁉」
「どうでもいいだろあんなボンボン!」
叫び声と共に逃げていく大男三人。情けない! あ奴らも、こやつも! 一撃で気を失うとは……殺してやる気も失せた! 胸ぐらを掴み、そのまま逃げていく大男の方へとぶん投げてやった。……あれ、何か忘れてる気が。
「『イフリート』っ! ちょっと……助けて!」
「……あっ、やべ」
しまった、怒りに任せて本来の目的を忘れておった! まずい、もうだいぶ距離がひらいてしまった! 御年五十ぐらい……うーむ走り出すだけで息が上がる、かと思いきや上がらない⁉ 不思議じゃ、まるで若い頃に戻ったかのようなすがすがしい身軽さ‼ いつまでも走っていられる、いつまでも……ああ、素晴らしい!
「なははっ! なはははっ! はぁ、はぁ……ありゃ?」
夢中で走って一旦立ち止まる。そして気づく、大男三人組の影が何処にもないことに。しかも辺りを見渡すと、先ほどとは景色が様変わりしておった。我ながら、前が見えなかったのであろう……見えてたが。
「……ら、蘭丸ぅ! どこじゃ! どうすればいい!!! っていうかここ、何処じゃああああ!?」
自分が今どこにいるのか、自分が今誰の縄張りに飛び込んでしまっているのか……そんな事はさておき腹が減ったのう。そうじゃ! あそこに町がある! 人がいるなら、アメリアの事も聞けるかもしれんからなぁ!
「首を洗って待つんじゃなぁ! 異国の飯ィ!」
なーっはっはっはっ! 我ながら豪快な笑い声を轟かせながら、儂はその街並み目がけて走り始めた。
本能寺焼き討ちから、私は最強の軍隊を作る事を決めた。皮肉なことに、私が思う「最強」の人物像は奴そのものであった……刀を片手のみで振るい、もう片方の手で火縄銃を操る。自由であり、予測不能なその戦い方はまさに「うつけ」とも言えるが、私から見れば「天才」と称するしかない物であった。
私は、それができる舞台を作ろうと思った。鉄砲隊でも、騎馬隊でもない……全く新しい、近接戦でも距離を取った戦いでも、戦場で常に脅威となり得る少数精鋭からなる集団を。
「……なぜ、誰一人できないのだ……!」
天才と呼ばれた若い男、皺を刻んだ歴戦の侍……肩書をいくつも揃えた誰もが、それをできないと言ってきたのだ。たっぷりとあった自信を全て燃やし尽くし、そのまま自害するものまでいた……。しびれを切らし、私は、目の前の「天才」の胸ぐらを掴んだ。
「何をしている! 何故できない⁉ 信長……あの大うつけのようにできるだろう!?」
「貴方様は何をおっしゃっているのですか!」
掴んだ胸ぐらを振りほどかれ、私は尻もちをついた。誇りを、自信を……信じていたはずの自分の可能性を否定された者の表情が、私を睨みつける。
「火縄銃と刀を両手、しかも同時に使う……? お忘れですか光秀様! 本来の火縄銃とは、鉄砲隊のようなあらかじめ連射ができるように組まれた隊列でのみ効果を発揮するのです! 火薬を詰め、火をつける……そんな複雑な動作を、刀を振りながら行うなど……できるはずがありません!」
「貴様それでも男児かァ!?」
とうとう、若い「天才」は火縄銃を投げ捨てた。荒い息のまま背中は遠くなっていく……同じように去る者もいれば、不信感を抱きながら銃と刀を握る者もいる。――やはり、信長様は――。そんな呟きが耳に入ってくるたびに、腰の刀に手が伸びていく。
(何が違うというのだ……私に無く、貴様に何があるというのだ……!)
霧のような劣等感が、遂に輪郭を帯びて私を嘲笑った。事実、私はあのうつけに一度も勝てた事は無い……火を放ち、多勢に無勢で勝利を掴んでも、それが虚しい結果だという事から目を逸らしていたのだ。――今更考えてももう遅い、汚名返上のための手段は、私自ら焼き捨てたのだから。
貴方の正直な評価を、☆一で構いませんのでどうか!
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