エリスの平凡な一日2
揺らぎを感じたエリスはすぐに、といっても動作自体はゆっくりと立ち上がり、「ゆらぎ」の現場まで一息に飛んだ。
その間、わずか15秒。
詠唱なし・発動のみの移動魔法。息をするより容易く移動魔法を行う大魔法使いであるからして、この15秒は純粋にエリスが椅子から立ち上がるのに要した時間である。
「あらー」
森の中の少し開けた空間には血塗れの男が倒れていた。
あらあらー、と言いながら、エリスは倒れている男に近づいていく。
男は立派な体格をしていた。
うつぶせに倒れているので顔立ちは分からないが、若そうだ。
血に染まったマントは背中が大きく裂けており、そこから見える服から今も血が流れている。男の側に転がっている長剣も血塗れだった。
近づくほど、ムッと鼻を突く血の匂いにエリスは顔をしかめた。
「くっさ……」
言い終わる前に、魔法で止血が終わる。
血なんて良い匂いじゃない。
助ける、助けないの判断をする前に、ほぼ無意識のうちに魔法を放っていた。
「どれどれ」
血止めをした男を仰向けに直す。
もちろん、手は使わない。全て魔法である。
見かけはどうあれ、おばあちゃんに力仕事なんかできないのだ。
「……良い男じゃない」
ハンサムさんねぇ、と言ってから、そういえば「前世」では違う風に言っていたと思い出す。
――そうそう、イケメン。イケメンっていってたわ。
金髪の若いイケメン兄ちゃんに、ちょっとテンションが上がった。
老女とはいえ、いや、老女だからか、若い子は純粋に可愛いと思うのだ。それが若い兄ちゃんならなおさら。
「うーん、どうしようかしら……」
どうしようも、こうしようもない。
結界がゆらいだ、ということは、この人間は「縁のある者」なのだ。ならば助けるしか選択肢はない。
本来なら何が起こっても気づくこともない外界の出来事。
またたとえ気づいたとしても、関わることはしないだろう。俗世を離れたエリスならば。
だが結界を揺らがせた「縁のある者」なら別だ。
「えいっ!」
よっこらしょー、と言いながらエリスは男と荷物を家に飛ばした。本当なら掛け声も要らなかったが、そこは「習慣」で。
老人は律儀に習慣を守るものなのである。