8
金曜日
シオンが出仕した後、掃除をしていると、侯爵夫妻に呼ばれた。
「その後シオンとはどうなの?」
「ええっと、意外と仲良くしてるというか」
「本当に? 脈がありそう?」
「友達認定されたのか、ただ思いやりが深い方なだけという可能性も非常に高いので、なんとも言えないです」
「詳しく話してみて」
そこで恥ずかしながら今までのやり取りを話した。
「前より進展してるじゃない。でも、よく分からないわね。もうちょっと意識してもらうために芝居をしてもらおうかしら」
「何をするんだ?」
「ちょっと誰かにベスと仲良さそうにしてもらったら、シオンも反応してくれるかも。誰か適役いないかしら? ジョンに相談してみましょう」
早速執事のジョンが呼ばれた。私達はしばらくどうするか話し合った。
夕方、シオンを夕食に送り出してから、私はいつものように従業員専用の食堂で、食事をした。侯爵夫妻には、部屋で私達と同じものを食べるよう言われていたけど、ゆっくりしているとお風呂の支度に間に合わないし、従業員の賄いは、質素であるが美味しいので十分だった。朝と昼は侯爵夫妻と同じものを食べさせてもらってるので何の不満もない。
夕食を食べながらドキドキしていた。これから始まるお芝居(ただ話すだけでひねりはない)の相手役は、シオンの知らないだろう人で、『普段からよくしゃべる人だから彼と普通に話したらいいわよ。あなたはただ楽しそうに、嬉しそうにしてたらいいから』と言われた。
相手役の彼とメリルと3人で少し話をしてから、シオン達が食事をしている部屋から、階段への通路に向かう。シオンが部屋へ戻る時に通る所だ。私達はその通路の隅の方で仲良く立ち話をするだけである。なるべく近い距離で親密そうに話すよう言われている。
シオンに私の顔が見えるようメリルに位置を確認してもらったら、準備は終わりである。
相手役の彼はおしゃべりだと言うだけあって、こんな時なのにリラックスしたように楽しそうに話しかけてくる。
初めはドキドキしていたけれど、いつの間にか彼のペースで笑っていると、シオンの姿が目に入った。彼はこちらを見ているようだったけど、気にすると顔がひきつりそうなので、話相手に集中する。
彼はそのまま私達の前方を通りすぎて階段を上がっていった。
わたしはホッとして、そっと息を吐いた。もうそろそろいいかと思い相手に声をかけようとしたら、いつの間にかシオンが近くにいた。
「ベス、風呂の準備を」
「は、はい。すぐ行きます」
シオンに慌てて返事をした。
「では行くわね。ありがとう」
話相手をしてくれた男性に小声で言い、シオンを追いかけようとすると、彼がじっとこちらを見ているのと目が合った。
彼は目をそらすと、さっさと階段を上がっていった。彼は部屋に入っても何も言わなかった。
寝る前の準備が全て終わり、いつものように
「何か御用はございますか?」
と話しかけると
「ベスの相手はあいつなのか?」
と聞いてきた。
「は?」
「だから、ベスが好きなのはあいつなのか? あいつがベスを軽んじてるヤツなのか?」
「いえ、違います」
「えっ? そうなのか?」
「ええ」
「その割には親しそうだったな」
「食事に行かないかと誘われただけです」
「へっ?」
「美味しいお店があるそうで」
「そ、そうか……で、どうするんだ?」
「どうしたらいいですかね?」
「は?」
「せっかくだから、行ってみようかな」
「ええっ!」
「だって、どうせ好きな人には断られること確定してますから。次を考えようかと」
「確定なのか? 話し合うのでは?」
「話し合うという名目で、断る言い訳を聞かされるだけなので」
「何ということだ! ヒドイヤツ。いや俺もか…………それにしても、そんなに簡単に次って」
「だって断るつもりだと言われてるんだから、いいじゃないですか」
「そんなこと言われたのか?! ベスの今までの努力は?」
「そうですね。でも努力した程度には報われました。凄く楽しかったですから。毎日幸せでした」
「そ、そうか。…………え、いやいや、それでそいつと食事に行くのか?」
「試してみないと分かりませんから。私はシオン様と違って、試してみてから考えることにしてます」
「うぐぐ………ベス、今日も痛いところをついてくるな」
「ちょっと怒ってますから」
「えっ?…………個人的なことにごちゃごちゃ口出しして悪かったよ」
「ええ。私が誰と付き合おうが口出ししないで下さい」
「へっ? そ、それは」
「しないで下さいね」
「……わかった」
「ご主人様に対して散々失礼なことを言い、申し訳ありませんでした。ではこれで失礼致します」
「ベス!」
私はシオンの呼びかけを無視して、洗濯籠を抱えさっさと退出した。怒りにまかせて、大股でずんずん歩き、自分の部屋に戻って、お風呂でボーッとして初めて、自分のやらかしたことに真っ青になった。
「またあんな生意気な言い方しちゃったわ……ううう、マズイ。」
だって、私との婚約は断るつもりなのに、「簡単に次に行くなんて」と言われてムカムカしたのだ。私だって簡単に諦められるならそうしたい。
それにしてもシオン様が今までの数々の無礼に怒りくるってないだろうか。いい加減にしないと解雇されるかなあ。
私はぐるぐると悩みながら、そのうち疲れて眠ってしまった。