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木曜日の朝。
いつものようにノックをして、鍵を開ける。ベッドを覗くとぐっすり眠っているようである。昨日はいつもより随分酔いが早く回った様子だったが、大丈夫だろうか?
「シオン様、時間ですよ」
「うー」
「シオン様」
「ああ」
「シオン様起きてください」
「うん? ああ、ベス」
「大丈夫ですか?」
「ん? あれ、もう朝か。俺は途中で寝たのか?」
「ええ。ソファーで横になってしまわれたので、二人がかりでベッドに運んでいただいたようです」
「本当か?! やれやれ。ベス、俺は何もやらかしてないよな?」
「大丈夫ですよ。何も変なことはしてないですよ。私がいた間は」
「何だよ、その含みのある言い方は」
「私が部屋に居ない間のことは知りません。裸躍りをしようが、走り回ろうが」
「まさか!!」
「あら、心当たりがおありですか?」
「そんな訳ないだろ!」
「じゃあ大丈夫だと思いますよ」
「ベスにいいようにあしらわれてる気がする」
「年上なんだから、頑張って下さいね」
「バカにされてる」
「早く着替えましょう。食事の時間になりますよ。なんなら脱がせましょうか?」
「ベスがどんどんたくましくなってる。そのうち、風呂にも入ってくるんじゃないだろうな」
「ええ?! それじゃあ痴女じゃないですか。言い過ぎですよ。私は17歳ですよ」
「えっ? そうなのか。年齢より随分しっかりしてるんだな」
「それって老けて見えるってことですか?」
「ベス、褒めてるんだぞ。君が優秀だから」
「失礼しました。ありがとうございます」
「よろしい。じゃあ体を拭くからタオルを頼む」
「承知しました」
いけないいけない。シオンが話しやすくて、ついつい調子にのって話して、メイドであることを忘れそうになるわ。私はあくまでも、シオン様のメイドなのだから、言葉には気をつけないと……
シオンを送り出すと、ホッとした。土曜日でメイドの仕事も終わりだろう。悔いのないよう、精一杯勤めよう。
今日は、シオンの部屋の掃除に参加させてもらって、ピカピカに窓を磨きあげた。布団と、枕を日光に当てる。明日は壁やドアも拭こう。
さすがに疲れて、昼寝をした。
夕方馬車の音がしたので、大急ぎでシオンを迎えに行く。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
このやり取りも後少しなのだろうか。彼の荷物と上着を受け取ると、彼について階段をあがる。
「最近お帰りが早いですね」
「ああ、まあ、早く帰りたいからさっさと仕事を済ませてるんだ」
「そうなんですね」
どちらにしろ、早く帰ってきてくれると、自分の部屋に戻るのが早くなるのでとても助かる。
最近は毎日帰ったら足浴をしているが、初日以降シオンは足を自分で拭くようになった。私に拭かれるのは嫌なのだろうか?
彼が足浴をしながら飲み物を飲んでいる間、いつものように私は彼の後ろに立ち、団扇で扇ぐ。
幸せな時間だなあ。
扇ぐたびにシオンの髪の毛が風になびくのをボーッと眺めていた。
シオンが静かだと思ったら、彼は水に足をつけたまま寝てしまったようだった。今度はゆっくりと彼の顔を眺めながら、扇ぎ続けた。
本当に幸せそうな顔してるなあ。ずっとこうやって過ごしたいな。
夕食の時間になるまで、しばらくそうしていた。
夕食後、入浴をしてもらい、いつものように片付けて、「他に御用はございませんか?」と言うと
「のど乾いただろ、ゆっくり休んで行けばいい」
と、シオンが言った。
「いえ、部屋でゆっくり休みますから」
「じゃあ、今日もちょっと付き合ってくれ、アイスティーを2人分頼む」
「お酒はよろしいのですか?」
「さすがに、2日続けて意識をなくす訳にはいかないから」
2人分用意して、シオンに一つ渡す。
「それで彼とはこれからどうするんだ?」
「えっ?」
「いや、あの……どうするのかと気になるじゃないか」
「はあ……」
「いいのか? 好きになってもらうために頑張ってるんじゃないのか? ………ん? ベスは住み込みだよな?」
「ええ、まあ……」
「いつ会ってるんだ?」
「はあ、どうにか」
「まさか、うちで働いてるヤツなのか?」
「はあ……」
「えっ?! 誰だ? 俺みたいなクズが他にもうちにいるのか?」
「……くっ……」
「??? おい、今笑わなかったか?」
「いえ、そんな失礼なことはいたしません」
「本当か?」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
「大丈夫か?」
「え、ええ、ちょっとアイスティーがよそに入って、むせただけです」
アイスティー飲んだのは少し前だから、そんなわけ無いのだけど、しかしシオンは気が付かないようだ。
「ところで誰なんだ?」
「言いたくありません」
「相手と話をしないのか?」
「近いうちにお話する予定ですので」
「そ、そうなのか……なら、上手くいくといいな?」
「なんで疑問形なんですか?」
「そんな訳ないだろ。上手くいくように祈ってるぞ?」
私は吹き出した。
「大丈夫ですか? もう何が言いたいんだか、本当に。シオン様と話してると気が抜けます」
「またバカにされた気がする」
「多分褒めてます」
「『気が抜ける』は絶対に褒め言葉ではない」
「ええと、リラックスさせてくれるというか、笑わせてくれると言うか」
「また、とってつけたようなことを」
「楽しいからいいんです」
「楽しいのか?」
「ええ」
私がニッコリ笑うと、シオンは、照れたような顔で嬉しそうに笑った。その笑顔に胸がキュンとなる。
「ベスはその男とうまくいかなくても、ずっとここで働いたらいい」
「そうですね。上手くいっても、いかなくてもずっとここで働きたいです」
「そうか、なら良かった」
シオンが嬉しそうに笑った。その笑顔に涙がこぼれそうになる。
「ベス、やっぱり気分がいいからお酒を頼む」
「分かりました。何にいたしましょう?」
私はこれ幸いと、立ち上がって後ろを向いた。