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 シオンに手紙の返事を書くと、執事に預けてシオンに渡してもらうよう頼んだ。


『面会の件承知致しました。お待ちしております』


 簡潔な文面の返事を書いた。シオンが帰宅したので迎えに出る。




「お帰りなさいませ」


「ただいま。朝より顔色が良くなったな。良かった」


 シオンが優しく声をかけてくれた。 

 私のことを気にかけてくれてたなんて。嬉しくてジーンとする。

 上着と鞄を預かって、後に続いて部屋へ向かいながら思わず彼の上着と鞄をギュッと抱きしめた。


 部屋で着替えを手伝っていると、執事がやってきて、エリザベスからの手紙をシオンに手渡した。


「居てもらっていいから」


 手紙を読むのに邪魔だろうと退出しようとすると、シオンはそう言って、ペーパーナイフで手早く手紙を開けた。


「日曜日に彼女に会うことになったよ」


「そうですか」


「とりあえず拒否されなかった。文面は素っ気ないけどね」


「熱烈なのが良かったですか?」


「それは困るな。断りづらくなるから」


「どうして結婚したくないんですか?」


「えっ?」


「いや、結婚したくないと伺いましたので」


「昔、女性に散々まとわりつかれてウンザリしたんだ。俺が侯爵家の長男だと知ると急に目の色が変わったり、俺のことでケンカしたりするのを見て怖かった。すごくおとなしそうに見える女性ですら陰口をたたきあったりして陰険な蹴落としあいをしたり、爵位の高い男に乗り換えたりするのを見ているうちに、女性に期待して裏切られるのに疲れたんだ。友人の彼女に言い寄られたりして、友情は破綻するし、同性から恨まれたり妬まれたりもしょっちゅうだったし。俺は親の爵位が高いから直接何か言われることは、ほぼないけど、陰で勝手に俺が悪者にされて言いふらされたりした。だから侯爵家の跡継ぎを放棄すれば寄ってこなくなるかと思って、話しかけられる度に「俺は真実の愛で結ばれたいから、結婚するなら爵位は放棄することにしている」と言い続けていたら、見事なくらい話し掛けられなくなった。それでも近づいてくる女性もいたけど、具体的にどう暮らすか話していたら俺の本気具合が伝わったのか離れて行ったよ。ユルンハルク伯爵家の令嬢はそんな人ではないかもしれないし、世の中そんな女性ばかりじゃないはずだとは思うけど、俺は女性と関わるなんてこりごりだし、結婚なんかどうでもよくなってしまった。とにかく女性のことを考えたくない。ましてや、よく知らない女性と一から仲良くなろうとはとても思えない」


「そうなんですね」


「ああ、本当に彼女には何の罪もないのに、あそこまで頑なに拒否する必要はなかった。素直に俺の気持ちを話せば良かった」


「そうですね」


「自分がガッカリしたくないが為に、彼女を傷つけるなんて最低だな」


「そうですね」


「ベスは厳しいな」


「ええ。でもちゃんと反省してるから赦してあげます」


「ベスに赦してもらえるのか、ありがたいな」


「ええ、寛大ですから」


「そうか。少しホッとしたよ、ありがとう」


「どういたしまして。食事の時間ですよ」


「わかった。行ってくる」


 シオンは、私を見つめて言うと足早に出ていった。




「はああー」


 シオンが居なくなると私は崩れ落ちた。本当にどうすればいいのだろう。せっかくシオンと少し親しくなれた気がするに、騙すようなことをしたせいで嫌われてしまうのだろうか?

 シオンに会えなくなる日が近づいていると思うと怖くてたまらない。結婚する気のないシオンをその気にさせるなんて無理だ。

 彼が女性を、結婚を嫌がる気持ちもよく分かるから、無理強いもしたくないし、出来ないだろう。

 それにしてもシオン様ともう少し一緒に居たいなあ。そう思うと泣きそうになる。



 ゴロゴロと台車を押す音が聞こえてきた。

 まずいわ。お風呂の支度に来たのね。泣きそうな顔をしている場合ではないわ。

 慌てて、彼が脱いだ服を籠に入れた。ノックの音がして、「お風呂の用意に来ました」と声がしたので戸を開けた。


 風呂の湯の用意を終えると、着替えとタオルを準備した。


 ガチャとドアが開いて、シオンが戻ってきた。


「風呂に入る」


 シオンに続いて脱衣場へ行き、着替えとタオルを置く。


「ではごゆっくり」


 そう言うと、寝室へ行く。寝室が涼しくなるよう戸を開け放つ。飲み物を用意してシオンを待つ。



 しばらくすると彼は首にタオルをかけて出てきた。


「何を飲まれますか?」


「今日は赤ワインを頼む」


「承知しました」


「ベスも飲む?」


「仕事中ですから」


「もう終わりにすれば?」


「そういう訳にいきません。ちゃんと部屋に戻るまでが仕事だと思ってますから」


「送って行くよ」


「お酒を飲んだ上に、シオン様にそんなことさせたらクビになります」


「ハハハ。ベスと飲んだら楽しそうだと思って。じゃあアイスティーを入れて。ベスは俺とアイスティーを飲むのが今日の最後の仕事」


「ワインをどうぞ。私は先に髪の毛を乾かして、お風呂の片付けをしますから、その後アイスティーを頂きます」


 そう言うとシオンにグラスを渡して、ソファーの後ろに回り込んでシオンの髪の毛をタオルで丁寧に乾かす。

 乾かした後は、風呂場へ行き脱いだものを洗濯場へ持っていくため、部屋の出口へ洗濯物を入れた籠を置き、風呂の中を片付ける。お湯を捨て、風呂を簡単に洗う。

 終わると汗だくになってしまった。タオルで汗をぬぐう。


 赤い顔をしてシオンの元に行くと、シオンが団扇で扇いでくれた。


「あ、あの」


「暑いのにありがとう」


「いいえ。仕事ですから」


「それでもありがとう。ベスのお陰で俺は快適に過ごせてるから」


「シオン様、あの、扇いでいただかなくても。代わります」


「いいんだよ。俺がやりたいんだから。ベスはアイスティーを入れて飲むのが仕事だよ。ほらそこに座って」


 シオンがソファーを指さした。主人と一緒のソファーに座って良いのかと疑問は湧いたが、他に座るところもない。本当のメイドではないので細かいことは気にしないことにする。アイスティーを入れると、ソファーの端に座った。


「ところで、ベスはその男のどこが好きなんだ?」


「えっ? もうその話しは……」


「俺にだけ話させるのはズルい」


「ええっ?! 子供ですか?」


「そうだ。聞きたい!」


「恥ずかしいから言いたくないです。ワイン3杯で酔ったんですか?」


「正確には夕食の時にも飲んだから、これが6杯目だな。さすがにこれくらいではまだまだ大丈夫だが、気分はすごくいいな」


「やっぱり酔ってるじゃないですか。それに私はその人のことが好きだなんて言いましたっけ?」


「じゃあ、好きではないのに、好かれようと頑張っているのか?」


「うっ。好きなんですけど、初めはせっかく結婚するんだから仲良くなりたいと思ったから頑張ってたんです」


「そうか、なるほどな。頑張るうちに好きになったということか。それでどこが好きなんだ?」


「しつこいですね。第一印象が悪すぎたので、その後何してもプラスに見えてしまうんでしょうかね」


「それって好きなのか?」


「好きだけど、しつこいから嫌いです」


「えっ?」


「しつこい人は嫌いです」


「分かったよ。分かったけど、分かったような、分からないような答えだなあ。じゃあ第一印象が悪いと、その後は意外に良い人ではと思ってもらえるから、第一印象悪くした方が得策ということか?」


「女性は嫌いなのに、女性の攻略方法を考えてるんですか? どなたか気になる方でも?」


「別に攻略しようとしているわけではないぞ。ただ興味本位で、参考に聞いてるだけだ」


「何の参考なんだか」


「言葉の綾あやだよ。確かに使い道はない」


「真面目に困ってる。フフフ」


「ベスは意地悪だ」


「今頃気がつきましたか? 意地悪ですよ。結構性格悪いのかも。嘘つきだし」


「そうなのか?!」


「いや、嘘はついてないですね。言ってないことがあるだけです。私としても不本意なんですけど」


「ベスに裏切られると辛いだろうなあ」


 そう言うと、シオンはぐいっとワインを飲み干しグラスを置いた。


「ご免なさい」


「えっ?! 何を隠してるんだ」


「言えるくらいなら隠しません」


「俺はそんなに信用できないか?」


「信用出来るかどうかの問題ではないのですが。シオン様にも言いたくないことありますよね」


「? 今は思いつかないけど、まあ言いたくないことを言わせようとするのは嫌がらせだな。悪かった」


 シオンが真面目な顔で謝ってくれた。チクンと胸が痛む。私も結構ヒドイことしてるよね。私の正体が分かったら、彼は私に幻滅するかもしれない。彼に嫌われるかも……



 ボーッとしていたことに気がついて、慌ててシオン見た。すると彼はこちら側を向き左手はソファーの背に回して、ソファーにもたれかかった格好のまま眠っていた。

 暑いからソファーで寝ても問題ないだろうが、この体勢では腕がしびれるだろう。体勢を変えるには一人では無理そうだし、執事に相談しよう。開け放っていた大きな窓を閉め、お酒の瓶とグラスを片付け、洗濯籠を抱えて、彼の部屋を後にした。

 その後、彼は二人がかりで、ベッドに移動させられたらしい。

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