5
なかなか寝付けず、ぐっすり眠れないまま朝になってしまった。
重い体を引きずって、シオンの部屋に向かう。シオンの部屋の前で深呼吸を繰り返す。
どうしよう、どうしよう、昨日のこと聞かれたらなんと答えよう。結局いくら考えても返事は出てこなかった。
もう出たとこ勝負? というか、あまり寝れなかったし、考えすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだった。
いつものようにノックして、鍵を開けようとすると、「はい」と返事が聞こえた。もう起きているようだ。
予想外の展開に、うろたえながら声をかける。
「ベスです」
「入れ」
「おはようございます」
挨拶しながら部屋に入った。シオンはすでに着替えていた。
「遅くなり申し訳ありません」
慌てて謝った。
「いいんだ。寝苦しくて、早くに起きたんだ」
シオンの顔色は悪かった。
「ベス、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
それでも彼は私を気遣ってくれた。
「ええ。大丈夫です。シオン様こそ、ちっとも大丈夫じゃなさそうです」
「ハハハ。ベスの言ったことを考えてたら、自分がすごくヒドイことをしてたんだと気がついたから。ベスの相手に文句は言ってられない。俺はそれ以上にヒドイことしたからな」
シオンは力なく笑った。
私はドキドキしたが、私の話していた相手と自分が同一人物だとは微塵も思っていないようだ。
ホッとしていた私に、シオンは爆弾を落とした。
「俺は自分の婚約者に会いに行くよ。知ろうともせずに断ったりして本当に失礼だったから、せめて本人の顔を見てちゃんと話してから、断ろうと思う」
「へっ?! は、はあ……」
「ベスも彼が好きなら、諦めずに頑張って。きっと君の良さを分かってくれるはずだ」
「はあ……、あの、婚約者の方とはいつ?」
「日曜日に、あちらの都合がいいようであれば、行ってこようと思ってる。彼がこんなに甲斐甲斐しく世話をやかれたら、絶対に君のことを気に入ってくれるよ」
「はあ……」
私は、バカのように気の抜けた返事ばかりしていた。シオンは自分のことで頭が一杯なのだろう、私の呆けたような返事に気がつかないようだった。私は私で、シオンのせっかくの褒め言葉が全く耳に届いていなかった。
ボーッとしていたものの、ほとんどすることがなかったので、シオンに不審がられることもなく、彼は食事に行ってしまった。いつもより早いので、念のためにシオンが食事に向かったと厨房に連絡をするために、彼に続いて階段を降りた。
厨房に顔を出すと、すでに知らせが行っていたようだった。慌ててシオンの部屋に戻ってから、シーツを替え、脱いだ服を集め、洗濯にまわす。
その後とりあえず我が家に手紙を出して、日曜日の面会の約束の手紙が届いたらこちらに届けてもらうように頼んだ。その後侯爵夫妻に面会を申し込んだ。
侯爵夫妻に現状を報告し、対策を話し合う。
「あら? 結構仲良くやってるのね」
「いえいえ、ベスも彼が好きなら頑張れと励まされたのですから、私にはそういう意味での興味がないのかと」
「でも、若い女性とそんなに話をするなんてビックリだわ。かなり前進ね」
「シオンはいいかもしれんが、エリザベス嬢の立場がないではないか」
「あら。ついつい、息子が女性に優しい言葉をかけたかと嬉しくなって。ごめんなさいね」
「……」
「でも、何かきっかけがあれば二人の関係は進展しないかしら?」
「いや、シオン様は私に興味がないかと」
「男の人って、全く興味のない女性の私的な問題に、シオンのように口を出したりするかしら?」
「うーん、分からないなあ。確かにあまり出さないような気はするが、普通に人として心配してるだけというのは十分に考えられるな」
「まあそうよね」
「それにしても、決断するとほんと行動が早いわよね。もっと猶予が欲しいわ」
私が我が家に手紙を出したときには、すでにシオンからの手紙が伯爵家に届いた後で、父は私に連絡しようとしてくれていたところだったようだ。シオンが仕事から帰ってくるまでには返事を返したいところである。
「多少変装しているとはいえ、会って話せばベスだとばれるわよね」
「ええ。話をすれば気がついてしまうとは思うのですが、ばれなかったら、それはそれでベスに全く興味がないということにもなるわけで駄目なんですが。お仕事はとても楽しかったですし、ほんの少しですが親しくなれた気がしていたので、本当に残念ですが、覚悟を決めてお話してみます。金輪際顔も見たくないと嫌われるかもしれませんが、下手に引き伸ばしても彼が可愛そうですし」
「何言ってるの。あなたは3か月も苦しんでるんだから一月くらい会えないと放ったらかしにしても許されるわよ」
「そうかもしれませんが、こんな状態で彼の側に居続けるのも心苦しくて」
「今日は水曜日だから、日曜日まであと4日だな」
「ええ。それまで誠心誠意、勤めさせていただきます」
「ありがとう。本当にエリザベス嬢には迷惑ばかりかけてるね。よろしく頼むよ」
そう思うくらいなら、自分の息子のことは自分達でどうにかして欲しい、婚約を申し込む前に! と心の中で思いながら部屋を出た。