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日曜日。仕事が休みで部屋にいると、メリルが来てくれた。
「エリザベス様、すごく頑張られてるようですね」
「ええ。どうやったらシオン様に喜んでいただけるか、気持ちよく過ごしていただけるか、いつも考えてるわ。メリルがお世話していた時のように、シオン様が心地よく過ごしてくださってると良いのだけど」
「シオン様が、ベスはとてもよくやってくれていると褒めてらっしゃいましたよ。痒いところに手が届くように、全てによく気を配ってくれていると、おっしゃってました」
「本当に? 嬉しい……」
自分では精一杯出来ることをやっていたつもりであるが、シオンがどう感じているか分からなかった。心の底からじわじわと喜びが湧き上がってきた。
自分の頑張ってきたことが、ただの自己満足ではないと知りホッとした。
シオンに褒めて貰ったと知って、私のモチベーションは益々上がった。自然に喜びが沸き上がってきて、頬が緩む。シオンの前では真面目な顔を心がけていたけれど、それもどうでもよくなってきた。
「なんかベスはご機嫌だな」
寝る前の支度を手伝っていると、シオンが話しかけてきた。
「ええ、嬉しいことがありましたし、毎日シオン様のお世話をさせていただくのが楽しいですから」
私の言葉にシオンは目を丸くしていた。
「嬉しいこととは何だ?」
シオンは、外を見ながら話しかけてきた。
「好きな人に褒めて頂いたと伺ったものですから」
「ふーん………」
しばらくシオンは星空を眺めているのか、窓の外を見ていた。
「そういえば、俺は全然褒めたことがなかったな……ベス、君は本当によくやってくれてるよ。いつもありがとう」
彼はそう言いながら、チラリとこちらを見た。私は彼の不意打ちに、呆然とした。涙が溢れそうになった。
「す、すいません。目にゴミが入ったようで、失礼します」
慌ててお辞儀をして、シオンの部屋から逃げ出した。ありがたいことに自分の部屋にたどり着くまで誰にも会わなかった。
シオンに、直接褒めて貰えるなんて夢にも思わなかった。嬉しくて後から後から涙が出てくる。
嬉しい反面、不審に思われなかったか気になってしょうがない。ゴミだと誤魔化したが、誤魔化されてくれただろうか。褒めて頂いたのにお礼すら言わなかった。支度は終わっていたから、戻らなくても問題はないはずだけど、何かあったのかとか聞いたりしないわよね?
翌朝目を覚ますと、いつものように廊下に誰もいないのを確認して外に出た。シオン以外の人は、私がエリザベスだと知っているから、そこまで注意を払う必要はないのだけど、万が一、シオンに見られて客室から出て来たのを不審に思われると困るので、確認は怠らない。
階段を上がり、シオンの部屋の前に立つ。深呼吸を何度も繰り返す。褒められて喜んで、涙ぐむって不自然なことじゃないはず! 大丈夫、大丈夫。いつもと態度が変わるほうが不自然なんだからね。
そう何度も自分に言い聞かせ、コンコンとドアをノックした。返事がないので、「失礼いたします」と声をかけ、鍵を開けて部屋に入る。
シオンは、まだ寝ているようだった。カーテンを開け、ベッドの側に立つ。いつものように寝顔をじっと見ていると、いきなりシオンがパチリと目を開けた。
「……」
「す、すいません。あっ、おはようございます」
じっと見ているのに気付かれたかと焦ったが、起こしに来たのだから不自然ではないはずと、思い直した。笑顔を付け足した。
シオンは何も言わず、起き上がると顔を洗い、衝立の陰に入り着替えを始めた。
「あ、あの着替えの前に体を拭かれますか? レモンの果汁の入った水につけたタオルですので、気分もさっぱりすると思います。良かったら背中をお拭きしますが」
「自分でやる」
衝立の横からタオルを差し出すと受け取ってくれた。メリルには背中を拭いて貰っていたようだが、彼は私には頼まない。
朝も暑くなってきたので、体を拭くと気持ちがいいだろうと思って用意したが、使って貰えて良かった。
「ベスは指輪をしてないんだな」
「えっ?」
「結婚指輪」
シオンが、衝立の向こうから話しかけてきて、驚いた。
「ええっと……頂いてませんので」
「そうなのか? 何で?」
「ええ? いや、あの、私とは一緒にいたくないようで」
「なんだって?!」
シオンが衝立から出てきた。ボタンを留めている途中だったようなので、彼に近づいてボタンを留める。自分の迂闊な発言に焦っていた。
「どういうことだ?」
シオンが問いかけるので、つい顔をあげると、間近で目が合った。
慌てて離れた。顔が赤いので下を向いたまま話しかける。
「あの、お仕事に遅れますよ」
「そ、そうだな」
シオンは服を整えると、食事をするため部屋を出ていった。
いきなり聞かれたので、ついポロッといらない事を言ってしまった。これ以上問い詰められたらどうしよう? いやいや、メイドの結婚事情なんて仕事をしてたら忘れるよね。まさか、シオン様がメイドの結婚についてそこまで関心持つわけないよね。うん。大丈夫。そんな暇人じゃないよ。
彼を玄関で見送ると、ほうっとため息が出た。
シオンの部屋へ戻り、今日やることの段取りについて考え始めた。