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婚約破棄を婚約解消に変えました。

 (らち)が明かないので、私は侯爵夫妻に相談して、彼の身の回りのお世話をさせてもらうことにした。幸い貧乏暮らしが長いので、身の回りのことは自分で出来るし、弟や妹の世話も時々していた。掃除もたまに手伝っていたので、メイドはどうにか出来るはずだ。


 シオンの身の回りのことは、小さい時からずっとメリルという年配の女性がしていたようで、彼女に代わり私がさせてもらうことにした。

 メリルに、シオンは女性が苦手らしいが大丈夫かと聞くと、


「苦手というより、嫌ってますね。年頃の女性が嫌なのでしょう。散々付きまとわれたり、嫌な思いをされたようですので。でも、そういう心配のない私達にはとても親切でいい方ですよ。主人としては申し分ない方です」


 メリルは、にっこりと笑った。小さい時から世話をしてるから、贔屓目もあるかもしれないが、とりあえず悪い人ではなさそうだ。



 私の顔なんて見てもいないのだから、そのままでも気がつかないかもと思いながら、髪型を変え、メガネをかけ、メイド服を着てメリルと共に彼に挨拶に行った。私の髪色は一般的な色で、変えた方が目立つのでそのままである。


「今日から私の代わりに、シオン様の身の回りの世話をすることになったベスです」


「ベスと申します。よろしくお願いいたします」


 彼に挨拶すると、彼は初めて私の顔を見た。少し驚いたように目を見開いた。


「彼女は若いですけど、売約済みだから安心してください」


 女嫌いのシオンの為に、私には相手がいますから、色目を使ったりしないから安心して下さいと伝えたのだろう。私の相手とはシオンであるから、彼にとって、本当は一番安心出来ない相手である。


「は? ああ、そうか……メリルはうちをやめるのか?」


「いえ。でも私もいつまでも働けませんので、早めに後進に道を譲ろうと思いまして」


「俺の世話はそんな大変な仕事か?」


「まさか。でもシオン様に慣れて頂かないといけませんので」


「男の使用人に代わってもらえば良かったのに」


「いえいえ、そういう訳にはいきませんので」


「まあいい。メリル今までありがとう」


「しばらくは彼女と一緒にお世話させていただきますよ。彼女の休みの日は私が参りますので」


「そうか。二人ともよろしく頼む」


「「承知いたしました」」


 シオンは着替えを済ませると、部屋を出ていった。


 私とメリルは顔を見合わせた。


「気がついてなさそうですね」


「ええ」


 ベスの正体がばれて『何をやってるんだ』といつ怒られるかと緊張していたので、気が抜けた。エリザベスに対する時と違い、メリルに対する柔らかい態度に少しホッとした。


 ベスとしてシオンに挨拶をする時や話す時は、いつもより高く明るい声にするよう気を付けた。ほとんどまともに話してはいないが、念には念を入れる。




 エリザベスは風邪をひいて体調がすぐれないからと、メイドになる数日前から部屋に引きこもった。そしてメイドになった数日後、家で療養するからと実家に帰ったことになっていた。

 エリザベスが実家に帰ったと言われた後、シオンは一応お見舞いのお花などを贈ってくれたりしたらしい。


 婚約のことも、全部自分が悪いことにして解消するよう、何度か我が家を訪れたらしいが、父親は「3,4か月考えて欲しい。それでも駄目なら婚約解消を前向きに検討する」というようなことを答えたそうだ。そんなに待たせてはお嬢さんに気の毒だからと、シオンは何度も申し入れたようだが、何時まで経っても折れようとしない父に、とりあえずそうさせてもらうと諦めたらしい。




 メイドとしての私の朝は、彼の部屋に行き、彼を起こすところから始まる。カーテンを開け、彼に声をかける。


「シオン様お時間ですよ」


「ああ」


 シオンは布団の中でしばらくゴロゴロしているが、もう1、2回声をかけると目を覚ます。寝起きはそれほど悪くない。

 初めて起こしたときは、私の顔を見てギョッとしていた。メリルだと思って油断していたのだろう。


 枕元には、洗面器にぬるま湯を入れたものと、タオルを用意する。流石に髪をとかすのは自分でやるようだが、たまに髪の毛が跳ねている時は、直してあげる。

 用意した洋服をベッドの上に並べると、彼は衝立の後ろで服を着替える。彼が衝立から出てくると、着衣の乱れがないか確認する。

 その後彼は朝食に行くので、シーツを交換したり、脱いだ寝巻きを片付けたりしてシオンが出かけるのを見送れば、私の朝の仕事は、ほとんど終わりである。

 夕方は、迎えに出て、着替えを手伝い、風呂の準備と片付けをしたり、飲物を準備したりする程度で本当のメイドではないのでかなり楽である。

 それ以外の時間に侯爵家の事を学んでいる。


 日曜日はメイドの仕事は休みである。エリザベスは、体調が悪くて実家に戻ったことになっているので、私がうろうろ歩き回るわけにはいかず、残念ながら日曜日は部屋でじっとして本を読んだり、刺繍をしているのが常だった。


 エリザベスに対する無視したような態度と違い、ベスに対してのシオンは、普通の使用人に対するように振る舞ってくれた。最低限の必要な会話しかしていないが、無視されないことが嬉しかった。婚約者という存在が彼にとっては、許容出来ないものなんだとわかったからだ。


 しかし、仕事とシオンに慣れてくると、もどかしさも感じるようになってきた。このままでは、彼との関係は、ただの主人とメイドのまま、全く進展しそうにない。 

 彼に少しずつ話しかけてみよう。


 シオンは、エリザベスに見せていた印象と違って穏やかであるし、使用人を見下したり、偉そうにすることもなく一人の人間として接してくれる。


 婚約の事以外では、感じの良い人であるのは分かったのでもう少し頑張ってみようと思えたし、寝起きの少しボーッとした顔や寝癖のついた様子を見ているので、段々と彼に親しみを感じていた。



 彼は格好良い。最近では寝ている顔をしばらくながめてから、起こすようになった。シオンは眉毛がきりっとしていて、睫毛が長く、金色の髪は朝日にキラキラと輝いて、目が離せないのだ。


 朝起こしたとき、彼の髪の毛が跳ねていると喜んでしまう。直すのは手間だが、跳ねているのを見るとなんだか可愛らしくて、嬉しくなってにやけてしまう。

 シオンは、「髪の毛を直しますね」と言うと、少し拗ねたような顔で「早くしてくれよ」と言うのが常だった。



 初めは駄目だったら婚約解消でいいわと開き直っていたけれど、少しずつ彼に惹かれはじめていた。

 彼のお世話は、益々心を込めてやるようになった。毎日靴を磨き、服にブラシをかけ、彼がどうすれば心地よく過ごせるか、いかに美味しく飲物を飲んでもらえるかに心を砕いた。



 暑くなってきたので、部屋に帰るとすぐに冷たいタオルを渡し、冷たい飲物を飲みながらくつろいで貰ったり、疲れているようなときは温かいタオルを用意して、目の上に乗せて横になってもらったりした。

 シオンが美味しそうに飲物を飲んだり、リラックスしている様子を見ては、喜んでもらえたと嬉しくて心の中で歓声をあげていた。



 彼の世話を初めてから2か月近く経った。シオンとは、前よりは少し会話が増え、たまには話しかけてくれるようになったが、二人の仲が前進したかと聞かれたら全く進んでいない。ただのメイドと主人のままであった。

ようやく次回から、会話が増えてきて物語が動き始めます。

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