悔いなき日々
※コメディと思った人はブラバ推奨(お引き返し下さい)
(どうか……一日一日が悔いを残すことのない──充足した毎日を送れますように! 僕自身も努力しますので!)
柏手を打ち神様へとお願いする。
元旦の朝。
人混みの中、ようやく回ってきた順番。
今年も健康に、なんて無難なことを当初は思っていたが、たまには欲張ったお願いをしてみることにした。
最後に社殿に向かって礼をし終わると、どこからか太鼓のドンドン! という音が聞こえてきた。
まさか、神様が願いを聞き届けてくれた……? というのは冗談で、誰かが当たり付きのクジを当てたとか、昇殿の祈願でも申し込んだのだろう。
おっと、他に気をとられている場合じゃない。
後ろには、まだまだ参拝客がズラリと並んでいる。
早く譲らないと。
例年のごとく、その流れで御神籤も引く。
結果は──文字のかすれた大凶だった。
とはいえ、ガッカリはしていない。
ある意味で大吉よりもレアなわけで、中には財布に入れて持ち帰る、なんて人もいるくらいだ。
同行していた友人からは、からかわれたが、僕も大凶の御神籤を記念に持ち帰ることにした。
そこからは元日の予定調和だ。
おせち料理を食べ、お餅を食べ、コタツでマッタリして。
テレビを見て床につく。
もちろん、お年玉も貰っている。
その夜は不思議な夢──いわゆる初夢を見た。
天にそびえ立つ富士山。
ただし逆さまだ。
どういう理屈か、はるか天空から下に向かって頂上部が存在している。
下から見上げると火口に当たる部分には赤い……まるでマグマのようなものが見えた。
富士山って休火山だよね?
首をひねっていると、そこへ飛び込んでいく、茄子を加えた鷹。
これは……縁起物なのだろうか?
いわゆる一富士二鷹三茄子、とかいう。
頭の中が疑問に支配されるころ、目が覚め現実へと引き戻される。
起きた時、僕のパジャマは寝汗でグッショリだった。
父や母や姉──家族にも話してみると、『新年早々、縁起が良いねぇ。良い一年になるね!』とニコニコしていた。
まあ確かに、悪夢にうなされていたわけでもない。
結局は、気にしてもしょうがないだろう、という結論に達した。
それから冬休みの間は、そうそうに課題を終わらせていたので毎日遊んでいたのだが、これといって変わったことはなかった。
おかしなことが起こったのは、新学期が始まった後のことである。
とある球技大会の日。
僕は野球の種目メンバーの一員として競技に参加していた。
自分で言うのもなんだが、僕はそこそこ運動神経がいい。
だが、これは集団戦。
バランスよくチーム分けをしているおかげで、一進一退の戦況が続いてゆく。
そして、劇的なタイミングで僕の打順が回ってきた。
最終回。
ツーアウトでランナーは一塁。
スコアは2-3の一点ビハインド。
ここでランナーを帰せば流れも変わるし、逆転ホームランでも打てば試合が終わる。
ここは思い切ろう。
強打で臨むことを決意し、ボックスに立つ。
一回目……ファウルボール。
二回目もファウルボール。
ボールの真芯は捉えられないものの、次こそはいける気がする──
その結果、続く三回目は……投手は変化球でも残していたのか、僕のスイングは見事に空振った。
仲間たちは慰めてくれるが、納得がいかない。
最初からストレート以外がくるって視野に入れていられれば……。
女々しいとは思いつつ、どうしてもそんな後悔が頭にチラつく。
とはいえ、そんなことを言って空気を悪くするわけにもいかない。
笑顔で仲間にお礼を言って、相手を労った。
しょせんと言ってはなんだが、学校の球技大会。
後悔はあれど、腹を立てるほどでもない。
だが、自分の中でも意外に尾を引いていたのか……布団に入ると、『ああ、あの時、打てていればヒーローだったのになぁ』なんて浅ましい思いが込み上げてきた。
翌朝。
いつものごとく学校への準備をしていると、何かがおかしい。
母が、『今日って球技大会なんでしょ? 頑張ってね!』なんて言ってくるのだ。
「いやいや、球技大会は昨日終わったでしょ」
と苦笑いをしながら返すと、母はカレンダーの昨日の位置を指し示していた。
これは……ドッキリだろうか。
しかし、家族で?
こんな下らないことを?
用意されていた体操着を持ち、念のために昨日の分の教科書も鞄の中に入れて登校すると──
球技大会その日──つまりは昨日の風景の焼き増しが展開されていた。
もちろん僕は混乱する。
どういうことだろう。
時間が巻き戻った?
学校ぐるみのイタズラ?
いや、それにしては周りに人間の言葉も一言一句、ほぼ同じだ。
悩みながら一日を過ごしていると、昨日の場面──野球の試合、最終回の打席が回ってくる。
変化球を予測して構え、打つと……見事、打球はアーチを描き、逆転ホームランとなった。
興奮は一日冷めやらず。
どういうことだろうと、それからずっと考えた。
そして、寝付く寸前にふと気づく。
まさか──初詣の時のお願い『一日一日が悔いを残すことのない』というお願いを神様が叶えてくれ、こんな荒唐無稽な出来事が起こっているのでは……?
そんな考えが頭の中を堂々巡りし、なかなか寝付けないのであった。
そして朝になり、目を覚ます。
母に朝の挨拶をし、日付けの確認をしてみると──キチンと一日過ぎ、翌日になっていた。
これはすごい!
それからは色々な実験だ。
どの程度のことがやり直しの条件を満たすのか?
条件を満たさず翌日へと進んでしまうのか?
僕は夢中になって検証した。この現象については全くわからないが、主に僕の感情面……特に嫌だとか、満足できないなんていう気持ちがトリガーになっているようだ。
それが判明してからの人生は、まさに順風満帆。
なにせ一日限定とはいえ、やり直せるということは致命的な失敗というものが存在しない。
とはいえ、成功のためにはもちろん相応の努力はする。
当初、中学生だった僕は近辺で一番の進学校に入学。
成績は常に一番を取り続けたし、二学年に進級してからは可愛い彼女もできた。
このまま成功者として一生を過ごすのだろう。
定期的に神社へとお礼参りに足を運びながら、そんなことを確信していた。
時は過ぎ、まもなく受験が始まるという時期の朝。
僕は、途轍もない激痛とともに目が覚めた。
痛い! 内臓がひっくり返るように身体の内側が! 手や足、皮膚に針で刺されるような痛みが! 痛風になると風が吹いても痛いというけど、これは違う! まるで細かいガラス片が血管内を暴れながら巡っているような……何もしなくても発狂しそうなほどに、どこもかしこも痛い!
ほうほうのテイで母を呼び、救急車を呼んでもらう。
運ばれている最中もソレは治まることなく、常に痛みに苛まれていた。
祈り、藁をもすがる気持ちで先生の診察を受ける。
精密検査を受け、一体どんな病魔に蝕まれているのかと戦々恐々していると──
「…………異常なし、ですね。精神的なものかもしれません。よければそちらに──」
こんな尋常でない痛みで異常なし……?
狂っている!
自分でわからないからといって、そんな、たらい回しのように他の科へ回そうとするなんて!
一言、文句を言おうとしたとき──僕の意識は途切れた。
気づけばベッドの上。
激痛とともに目を覚ます。
時間は夜になっているようだ。
慌ててナースコールを押すが、その動作ですら耐え難い苦痛をもたらす。
「はい、どうされました?」
すぐに看護師さんがやってきてくれ、そう尋ねてくれるが──
「すすすいません、痛いんです! 身体のあちこちが! おお願いです、痛み止めかなにか、とにかく何かしてください!」
尋常でない様子を感じ取ったのだろう。
看護師さんは迅速に動いてくれた。
そして、要求通り痛み止めを用意してくれたのだが。
投与の刺激のことを忘れていた。
…………あまりの痛みに、気づけば失禁していた。
だがそんな尊厳より、今はこの痛みだ。
これさえ収まるなら、その程度どうでもいい。
それくらい追い詰められていた。
それからしばらく待つが、全く痛みは治まらない。
何度も看護師さんを呼び、痛み止めが効かないと訴えた。
看護師さんは『先生にお話ししてみますね』といって退室していった。
本当に先生へ報告にいってくれたのか、単に厄介払いされたのか。
戻ってくる気配はない。
痛みに耐え、痛みに耐え、涙を流す。
少しでも早く時間が過ぎるよう、痛みが治まるよう、必死の思いで祈る。
地獄に等しく思える時間を永劫の心持ちで過ごし──僕は再び気を失った。
そして、翌朝。
場所は実家の僕の部屋。
先日と同じ、再び耐え難い痛みとともに目を覚ます。
急いで母を呼び、日付を確認すると……先日の朝に、時間が戻っていた。
こんな状況に充足を感じて過ごせる人間だなんて、存在するはずがない
僕は──この繰り返す拷問のような日々から抜け出せる時が来るのだろうか。
果たして、僕の願いを聞き届けたのは本当に神様だったのだろうか。
それとも神様の皮を被った別のナニカだったのか。
そんな、今となっては後悔でしかない、過ぎし日のことが頭の中をグルグルと回っていた。