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秋の接待  作者: 貴神
3/3

(3)秋の接待

遂に、発熱してしまった、翡翠の貴公子。


けれど、ファレンス男爵は・・・・。

翡翠の貴公子の熱は酷いものだった。


解熱剤で少し下がったものの、四刻もするとまた四十度以上まで熱が上がり、酷く魘されていた。


嘔吐も酷く、夜通し何度も胃液を吐いた。


メイドが看病を替わると言って来たが、金の貴公子は断固として翡翠の貴公子の傍を離れなかった。


しばしば冷水で布を濡らしては、額の布を取り替えてやった。


それでも翡翠の貴公子の熱は下がらず、肩が小刻みに震えている。


厚手の毛布を掛けていたが、熱による寒さで歯もガチガチと震えている。


其の初めて見る翡翠の貴公子の弱々しい姿に、金の貴公子は酷く自己嫌悪に陥っていた。


・・・・知らなかった。


翡翠の貴公子が、こんな風に具合が悪くなるなど・・・・。


二年も一緒に暮らしていて・・・・何も知らなかった。


馬鹿みたいに女遊びに耽っていた自分に、金の貴公子はひしひしと情けなさを感じた。


・・・・情けない。


なんて情けないのだ。


「俺は主の事・・・・何も知らなかったんだ」


何も・・・・。


同じ屋敷に棲んでい乍ら、愛する人の事を何も判っていなかった。


ただただ、いつも凛として強い人だと思っていた。


まさか、こんな風に寝込むだなんて、想像もしなかった。


「馬鹿だな・・・・俺・・・・」


金の貴公子は熱くなった額の布を取ると、冷水で濡らし、また翡翠の貴公子の額に置いた。


此の日、金の貴公子は一睡もしなかった。









翌日になっても翡翠の貴公子の熱は一向に下がらなかった。


嘔吐も依然として止まらず、金の貴公子は心配でならなかった。


其処へメイドが声を掛けて来た。


「金の貴公子様、少し休まれて下さい。主様の事は私たちがちゃんと看ますので・・・・」


労うメイドに、だが金の貴公子は首を振る。


「いい。此処に居る」


頑なに翡翠の貴公子の傍を離れようとしない金の貴公子に、メイドは仕方なさそうに笑った。


「じゃあ、朝食持って来ますから、食べて下さいね」


そう言って、メイドは部屋を出て行く。


金の貴公子は椅子に座った儘、毛布を握り締めていた。


翡翠の貴公子は、ずっと熱に魘されている。


其の姿が・・・・余りにか細く見えてならない。


翡翠の貴公子を抱き上げた時の感触が蘇る。


驚く程に軽かった。


「・・・・あんなに・・・・軽い人だったんだ・・・・」


いつも背筋がピンとして、隙の無い静かな眼差しの人だった。


自分などが触れてはいけないと思える程に、強くて美しい人だと思っていた。


だが・・・・彼の身体は、想像以上に華奢な身体だった。


翡翠の貴公子の額に浮かぶ汗を、タオルで拭いてやる。


そっと額に触れてみると、変わらず熱い。


「こんなに熱があったら・・・・きついだろうな」


ああ・・・・早く・・・・早く主を楽にさせてあげて下さい・・・・。


神になど祈った事はなかったが、それでも今は何かに祈らずにはいられなかった。


やがて朝食が運ばれて来て食事を済ませても、金の貴公子は寝台から離れなかった。









太陽が南中に差し掛かる頃、或る男爵が翡翠の館を訪れた。


其れは事もあろうか、ファレンス男爵だった。


まさか男爵を門前払いにする訳にもいかず屋敷のサロンへ通すと、優雅に椅子に座り乍ら、


ファレンス男爵は柔らかな笑顔で言った。


「丁度、近くを通り掛かったので、翡翠の貴公子殿に御目に掛かりたいと思ってね」


ミッシェルは茶をテーブルに置くと、言い難そうに告げた。


「申し訳ありませんが、主様は今日は御体調が御悪く、御逢い出来ません」


だが其れを聞いた男爵の顔色が一変する。


「体調が悪い?? 風邪でも召されたのかね??」


「あ、いえ、風邪と云いますか・・・・熱が」


こんな時、どう断れば良いのか、執事見習いのミッシェルには判らなかった。


だが、ファレンス男爵は立ち上がると、部屋を出ようとする。


「熱が酷いのかい?? 見舞わせて貰おう」


突然の男爵の行動に、ミッシェルは慌てて止めた。


「あ、あの!! ですから、主様は只今、御体調が御悪いんです!! 面会は無理なんです!!


どうか今日のところは御引き取りを・・・・!!」


「床に伏していても構わない!! 翡翠の貴公子殿の部屋は何処だね?!」


ミッシェルの制止の声など聞こうともせず、強引にサロンを出ようとするファレンス男爵。


咄嗟にミッシェルは男爵の腕にしがみついた。


「あの、今日は駄目です!!」


「君!! 離し給え!! 無礼だぞ!!」


「す、済みません!! でも、今日は御帰りになって下さい!!」


「ええい!! 離さないか!!」


勢い良く手を振り解かれたミッシェルは床に尻餅を着く。


そんなミッシェルには気にも留めず、ファレンス男爵が扉を開けると、


其処には老齢の執事が立っていた。


「ファレンス男爵様。本日は主様は御逢いになられません。主様の御意向を御守りするのが、


私たちの役目にございます。どうぞ本日のところは御引き取り下さい」


礼儀正しく一礼する執事に、ファレンス男爵は一瞬口篭ったが、それでも尚言った。


「いいや。翡翠の貴公子殿の顔を見させて貰うまでは、私は帰らない」


執事を押し退けて部屋を出て行こうとする余りに強引なファレンス男爵に、


漸くミッシェルも気が付いた。


此の男爵は・・・・ファレンス男爵は、翡翠の貴公子の事が好きなのだ。


其の答が頭に浮かんだ時、男爵が贈って来た物の意味が、ミッシェルにも、やっと判った。


男爵が何度も面会を申し込んできたのは、異種に取り入りたかった訳ではなく、


翡翠の貴公子に好意を抱いていたからだったのだ。


北部での事情など最早、二の次になる程に・・・・。


ファレンス男爵は廊下に出ると、早足で屋敷の中を歩き出す。


「翡翠の貴公子殿は何処だ?! 二階か?!」


階段を上ろうとする男爵に、ミッシェルは再び腕を掴んで引き止めた。


「駄目ですってば!!」


「離さないか!! 此の無礼者!!」


ミッシェルは腕にしがみつき乍ら、どっちが無礼者だ!! と内心思った。


だが又もや男爵に振り飛ばされてしまう。


ミッシェルと執事の止める声も聞かず、ファレンス男爵が階段を上ろうとした時だった。


「おい、こら。勝手に人の屋敷をうろついてんじゃないわよ」


聞き慣れたハスキーな声がホールに響いた。


皆が振り返ると、雨に濡れたフードを払った夏風の貴婦人が仁王立ちしていたではないか。


「ファレンス男爵、今日は御引き取り願いましょうか??」


夏風の貴婦人は堂々とファレンス男爵の前まで来ると、鋭い橙の瞳で見据えてくる。


突然の夏風の貴婦人の登場と其の凄味の在る強い視線に、


流石にファレンス男爵も戸惑いの表情になる。


「な、夏風の貴婦人?? な、何故、此処に・・・・??」


「何故って、同族の屋敷は異種統括の私には、自分の屋敷みたいなものですからねぇ」


口の端を吊り上げて笑う夏風の貴婦人の橙の目は、だが笑ってはいない。


「わ、私は、ただ、翡翠の貴公子殿に一目、御逢いしたいと・・・・」


「だから今は体調が悪くて、無理だと言っているでしょう?? それとも此れ以上、


此の屋敷で勝手な真似をするおつもりなら、それなりの処分を私がさせて戴きますが??」


夏風の貴婦人の右手が腰の剣に触れる。


「なっ・・・私を脅すつもりなのか??」


負けじと睨み返してくるファレンス男爵に、夏風の貴婦人は可笑しそうに笑った。


「脅す?? 此れは警告ですよ。北部からの珍客と思って、それなりに対応させて戴きましたが、


どうやら貴方は、取り引きする価値が無い様ですね。


今後、私たち異種との関わりは一切御遠慮下さい。勿論、翡翠の貴公子との面会もね」


其れには、ファレンス男爵も顔を赤くして怒りを見せた。


「なっ・・・此の私を排除すると云うのか?! 


私は、ちゃんと、北部の物を取り引きしようと・・・・!!」


「だったら・・・・其れは、御自分で商人相手にして下さい。


まぁ、貴方の様な小物では、議会までは通されないでしょうが」


「・・・っ」


夏風の貴婦人の言葉は核心を突いていた。


だからこそ最初は異種との個人的な面会をファレンス男爵は申し込んだのだ。


悔しそうに歯軋りするファレンス男爵に、夏風の貴婦人はすらりと剣を抜いた。


挿絵(By みてみん)


「さぁ、出て行って貰いましょうか?? それとも私と一戦交えますか??」


剣を真っ直ぐに向けられて、ファレンス男爵が其れ以上、反論出来る訳がなかった。


夏風の貴婦人の武術の高さは有名であり、


何より鋭く睨んでくる鷹の様な橙の目に勝てるとは思えなかった。


ファレンス男爵はぎりぎりと歯軋りすると、


「か、帰らせて戴く」


そそくさと翡翠の館から出て行った。


夏風の貴婦人はパチンと剣を鞘に納めると、肩を竦めて苦笑した。


「馬鹿な奴・・・・あいつに色恋なんて持たなきゃ、議会に通してやっても良かったのにね」


自ら墓穴を掘った男を、ふん!! と鼻で笑って階段を上る。


上り乍ら濡れた外套を脱ぐと、振り向きもせずに階段下のミッシェルに投げ、


夏風の貴婦人は翡翠の貴公子の寝室へと向かった。


そして寝室の扉を開け放って夏風の貴婦人が部屋に入って来ると、


金の貴公子が吃驚して顔を上げた。


「あ、え・・・・夏風の貴婦人?!」


現状が把握出来ず目を白黒させる金の貴公子には構わず、


夏風の貴婦人は寝台の翡翠の貴公子を覗き見る。


そして、


「・・・・いつもの発熱ね」


ふう・・・・と溜め息をつく。


そして寝台の端に座ると、ぎろりと金の貴公子を見る。


「え?! な、何?? 俺、何も悪い事は・・・・!!」


咄嗟に焦った顔になる金の貴公子から夏風の貴婦人は視線を外すと、膝に頬杖を着いてぼやいた。


「あーゆーのが一番困るのよ」


「え?? 何が??」


今し方の騒ぎに気付いていない金の貴公子がびくびくし乍ら訊き返すと、夏風の貴婦人は、


いつになく真面目な顔で言った。


「時々、居るのよ。こいつに惚れて妙なアタックしてくる奴が。女はともかく、男は質が悪い」


「あ?? え?? 其れって、ファレンス男爵の事??」


金の貴公子の言葉には答えず、夏風の貴婦人は独り言の様に呟く。


「昔から駄目なのよねー・・・・男に迫られると酷い熱を出すのよ」


「え?? 熱??」


「だから、いつも出来るだけ私が同行してるんだけどねー・・・・」


此処まできて漸く金の貴公子は、夏風の貴婦人の言葉の意味が判った。


「えっと、つ、つまり、ファレンス男爵は主が好きで贈り物とか面会とかして来て、


其れが苦痛で主は熱を出したって事??」


「そーゆー事」


大きく頷かれて、金の貴公子は、やっと全ての納得がいった。


「そうか・・・・主、大変だな」


しみじみと呟く金の貴公子に、夏風の貴婦人が真面目な顔で言う。


「だから、あんたも、変な気、起こさないでね」


其れには金の貴公子の心臓も跳び上がる。


「あはははは!! な、何、言うんだよ!! 俺、別に、そんなんじゃないってば!!」


笑って誤魔化したものの、夏風の貴婦人には全て見透かされている事は言う迄もなく、


金の貴公子は額に浮かぶ冷や汗を慌てて手で拭った。









ファレンス男爵の騒ぎから二日後の朝、漸く翡翠の貴公子が目を覚ました。


「主!!」


頭から毛布を被って椅子に座っていた金の貴公子の顔が、ぱっと輝く。


翡翠の貴公子は暫し焦点の定まらない目をしていたが、金の貴公子の存在に気が付くと、


顔を向けた。


「主!! 大丈夫か?? 気分は、どう??」


「・・・・悪くない」


「ちょっと熱、計るな」


金の貴公子が額に手を触れると、熱は大分下がっていた。


「良かった・・・・主、御粥とかなら食べられそう??」


「・・・・ああ」


「じゃ、頼んで来るな!!」


翡翠の貴公子の回復に心底安堵した金の貴公子は、ベルを鳴らせば良いのも忘れて、


走って部屋を出て行った。


翡翠の館を騒がせたファレンス男爵は一旦北部に戻ると、其の後、


何度か東部や南部に来た様だったが、異種たちは一切関与しなかった。


議会では彼の名前が上がる事はなく、


北部に棲み乍ら南部の商人と取り引きをしているらしいと云う噂だけが時折り聞かれたが、


彼が移住して来る事はなかった。


病み上がりの翡翠の貴公子は暫く休みをとり、本来なら慌ただしい秋の忙しさは、


束の間の休息と共に、或る秋の接待を遠く忘れさせたのである。

この御話は、これで終わりです。


翡翠の貴公子が男に惚れられ易い人で在る事が伝わったなら、


この御話にも意味が在りました☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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