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秋の接待  作者: 貴神
2/3

(2)秋の接待

執拗なファレンス男爵に、翡翠の貴公子は・・・・。


BL色が強いです☆

降り続ける雨の中、翡翠の貴公子はファレンス男爵と手元で軽くチェスをし乍ら、


他愛の無い会話を遣り取りしていた。


「翡翠の貴公子殿は、何か御好きな食べ物は在りますか??」


柔らかな蜂蜜色の髪のファレンス男爵が柔和に問い掛けてくる。


「貴方の御好きな物を作らせましょう。是非、夕食を食べられていって下さい」


だが翡翠の貴公子は首を振った。


「せっかくの申し出だが、今日は生憎の雨だ。暮れには帰らせて戴こうと思っている」


「そうですか。それは残念だ」


ファレンス男爵はさぞ残念そうに苦笑すると、何やら思いついた様に手を打った。


「旨いワインを北部から持って来ているのですよ。開けましょう!!」


「いや・・・・酒は・・・・」


翡翠の貴公子はやんわり断ろうとしたが、


ファレンス男爵は直ぐにメイドに持って来るよう頼んだ。


「北部のワインは又、一風違って旨いですよ。酒は嫌いですか??」


「いや・・・・嫌いではないが」


翡翠の貴公子は酒は好きだが、めっぽう弱かった。


よって出掛け先では殆ど酒を口にしない事にしていた。


しかし、メイドが赤ワインを持って来ると、トポトポと二つのグラスに注ぎ始め、


こうなっては多少なりとも飲まなければならないなと、翡翠の貴公子は観念した。


「異種殿の更なる繁栄に乾杯しましょう」


二人は軽くグラスを掲げると、口許に運び、一口飲んだ。


其の味に、確かに旨いな、と翡翠の貴公子は思った。


さらりとしているのに後味が芳醇だ。


まるで北部の冷やかな風の様なワインだ。


メイドがサーモンスライスの乗った皿をテーブルに置くと、


ファレンス男爵はピックでサーモンを刺して口に運び乍ら、上機嫌で話し出す。


「北部のサーモンと狼を近々抑えようと思っているのですよ」


「狼??」


「ええ。狼です」


ファレンス男爵は翡翠の貴公子にサーモンを勧め乍ら言う。


「北部には白い狼が居りましてね、其の毛皮が又、上質なのです」


「毛皮か・・・・」


「灰色の狼の毛と云うのは硬いのですが、白い狼と云うのは見た目も美しく毛も柔らかいのです」


「成る程・・・・」


ファレンス男爵はグラスのワインを飲み干すと、


まだ半分も飲んでいない翡翠の貴公子を見て笑い、自分のグラスにだけ注いだ。


「それで、まずは近々、東部と毛皮の遣り取りを出来たらと」


そう言われて、翡翠の貴公子は静かにグラスをテーブルに置いた。


「申し訳無いが、東部の商談に関しては、夏風の貴婦人が直接受ける事になっている」


規則だと云う様に真っ直ぐに答える翡翠の貴公子に、ファレンス男爵は笑った。


「此れは失敬」


ファレンス男爵はグラスを持ったまま立ち上がると、窓辺へと歩み寄る。


そして暫く窓の外を眺め、翡翠の貴公子へ顔を向けると言った。


「見て下さい。雨の日の庭と云うのも、又一興ですよ」


誘われて翡翠の貴公子も窓辺へと来る。


ファレンス男爵は窓の下に広がる庭を愁いげに見下ろしている。


「以前まで私にとって雨と云うのは、ただ鬱陶しいものでしかありませんでした」


ですが・・・・。


「最近は雨の日と云うのは、とても美しいものに思えるのです」


ファレンス男爵は碧い目を細めて詩でも語る様に言った。


「あの緑の葉々が雨に濡れて、一層光る。其れは、まるで・・・・」


男爵はサイドテーブルにグラスを置くと、すうっと翡翠の貴公子の髪へと手を伸ばしてきた。


挿絵(By みてみん)


「まるで・・・・貴方の其の翡翠の髪と瞳の様で」


男爵の手が髪から頬へと触れてくる。


翡翠の貴公子は吃驚して後ろへ下がった。


だが、ファレンス男爵は前へ出ると迫って来た。


「初めて見た時から貴方に惹かれていた」


腕を伸ばしてくる男爵に、翡翠の貴公子はカーテンを背に後ずさった。


予想もしなかった事態に、翡翠の貴公子の頭の中は真っ白になったが、


「済まないが、今日は、もう帰らせて貰う」


辛うじて言葉を紡ぐと、ファレンス男爵から視線を逸らした。


明らかに拒絶を見せる翡翠の貴公子に、ファレンス男爵は伸ばした腕を引くと、


柔和に笑って頷いた。


「判りました。ああ、そうです。丁度、今日、御渡したい物が在ったので、是非、


其れを御持ち帰り下さい。直ぐ馬車に積ませましょう」


「・・・・・」


翡翠の貴公子はメイドから外套を受け取ると、其れは、もう逃げる様に、


一言も喋らずに男爵の屋敷を出た。









夕暮れ前の雨の中、翡翠の貴公子が帰って来た。


雨だった為、門は開門されており、馬車は敷地内に入って正面扉の前に止まった。


すると直ぐに外套を被ったミッシェルが出迎えた。


「おかえりなさいませ。御早い御帰りですね」


ミッシェルが馬車の扉を開けて挨拶をすると、翡翠の貴公子は黙って馬車から下りて来た。


其の翡翠の貴公子の脇には大きな白い箱が抱えられていた。


「御荷物ですか?? 御運びします」


ミッシェルが手を差し伸べると、翡翠の貴公子は無言で箱を渡して玄関へ入った。


「おかえりなさいませ」


メイドと執事がホールで迎え、翡翠の貴公子は濡れた外套をメイドに渡し乍ら、


執事から今日の報告を聞く。


其れが終わると「判った」と言って、二階へ続く階段を上って行こうとする。


すると。


「主様、御顔の色が御悪い様ですが、御具合でも御悪いですか??」


不意に執事が訊ねてきた。


翡翠の貴公子は少しだけ振り向くと、


「別に何処も悪くない」


そう言って静かに階段を上って行った。


翡翠の貴公子が二階の廊下に入ると、主の帰りを聞き付けた金の貴公子が部屋から出て来た。


「主、今日、早かったじゃん!! 今日こそはさ~~!!」


そう言い掛けて、金の貴公子の視線が翡翠の貴公子の後ろへと向けられる。


其処には丁度、白い大きな箱を抱えたミッシェルが居た。


「うおお!! ミッシェル、何、其れ?!」


目敏く駆け寄って来る金の貴公子に、ミッシェルは返答にもたついた。


「えっと、何かは判りませんが、主様が御持ち帰りされたもので・・・・」


「え?? え?? もしかして又、ファレンス男爵からの貰い物??」


金の瞳をらんらんに輝かせる金の貴公子には構わず、翡翠の貴公子は執務室の扉を開けると、


「こっちに入れてくれ」


中へと入る。


其の後にミッシェルと金の貴公子も続いた。


ミッシェルが机に箱を置くと、翡翠の貴公子は椅子に座り、


「珈琲を持って来てくれ」


酷く抑揚の無い声で言った。


「かしこまりました。失礼します」


礼儀正しくミッシェルが部屋を出て行くと、翡翠の貴公子は椅子の肘掛けに頬杖を着いて、


ぼんやりと宙を眺める。


其の姿は、帰宅直後の翡翠の貴公子にしては珍しい姿だった。


しかし箱に興味津々の金の貴公子は、


「なぁなぁ、早く此れ、開けようぜ」


わくわくした子供の様な声で言う。


だが翡翠の貴公子は箱を見ようとはせず、依然ぼんやりとしている。


いつまで経っても箱を開けようとしない翡翠の貴公子に痺れを切らした金の貴公子は、


「なぁ。主、開けないなら、俺が開けていい??」


等と言ってくる。


「ああ」


漸く翡翠の貴公子が答えると、金の貴公子は待ってましたと言わんばかりに箱に手を伸ばした。


「なっにかな~~??」


こんなに大きな箱なのだ。


其れは、もう、きっと凄い物が入っているに違いないと、金の貴公子は思った。


其処へ、


「珈琲を御持ち致しました」


メイドが珈琲を二人分運んで来ると、翡翠の貴公子の机と休憩用のテーブルに、


それぞれ置いて部屋を出て行く。


翡翠の貴公子はカップを手に取ると、口に運んで物静かに飲む。


一方、金の貴公子は珈琲など気にも留めず、がさがさと箱の中身を取り出す。


すると、中から、ふわりと柔らかい白い物が現れた。


「おお~!! 服みたいだぜ!!」


翡翠の貴公子は珈琲を飲み乍ら黙って見ている。


「服か~~!! 主サイズの服なら、俺は着られないか~~」


残念そうに笑い乍ら、金の貴公子がひらりと服を持って広げて見る。


そして此の時やっと、其の違和感に気が付いた。


「あ、れ・・・・此れ、女物・・・・??」


金の貴公子の手から下がる服は、ふんだんにフリルの施されたシフォンの白いワンピースだった。


そう・・・・白の・・・・。


「え?? 何で、此れ・・・・??」


金の貴公子は訳が判らなかった。


一瞬、ファレンス男爵が贈り物を渡し間違えたのかと思った。


だが、そんな事が在るだろうか・・・・??


よく見ると、丈が女物にしては長い。


いや、長くて当然なのだ。


何故なら此のワンピースは、明らかに翡翠の貴公子の丈に・・・・。


沈黙が執務室に飽和する。


金の貴公子の頭の中がぐるぐると回る。


何故・・・・何故、ファレンス男爵は、こんな物を・・・・??


だが金の貴公子が答を出すよりも早く沈黙が破られた。


ガシャーン!!


けたたましい音を立てて珈琲カップが床に落ちて割れる。


其の直後。


「主!!」


翡翠の貴公子が椅子から崩れ、床に倒れた。


ガターン!! と云う、椅子が倒れる大きな音が響く。


其の音を聞きつけて、ミッシェルが部屋に跳び込んで来た。


「どうなさいましたか?! あ、主様?!」


床に倒れている翡翠の貴公子に驚愕の表情を露わにするミッシェルに、


金の貴公子が翡翠の貴公子を抱き起こし乍ら叫んだ。


「凄い熱だ!!」


「え?? ね、熱??」


「と、とにかく、主を寝室に運ぶから!!」


「は、はい!! え、えと、ポ、ポフェイソンさんに・・・・」


とは口で言いつつも、パニックになるミッシェル。


其処へ間が良い事に、執事のポフェイソンが部屋に入って来た。


「如何なされましたか??」


「主が倒れたんだ!! 熱が凄い!!」


金の貴公子に言われて、ポフェイソンは早足で歩み寄ると、


翡翠の貴公子の額に手を当てて熱を確認する。


手からも判る程の高熱だ。


翡翠の貴公子は固く目を閉じ、既に意識が無かった。


「直ぐに医者を呼びます。金の貴公子様。主様を寝室に運んで戴けますか??」


あくまで、いつもの落ち着いた口調で言う執事に、金の貴公子は冷や汗を流し乍らも頷いた。


「ミッシェル。医者を呼ぶ旗を上げて下さい。


それから、メイドに冷や水とタオルを用意する様、指示を」


「は、はい!!」


ミッシェルが走って部屋を出て行くと、金の貴公子は両手で翡翠の貴公子を持ち上げる。


其の途端、


「うあ・・・・え?!」


想像以上に軽い翡翠の貴公子に吃驚した。


「主って、こんなに軽かったのか・・・・」


手から感じる重さは五十キロない様に思われた。


金の貴公子は驚愕を隠しきれない儘、それでも翡翠の貴公子を寝室へ運ぶと、


寝台に寝かせてやる。


後について来た執事が手早く翡翠の貴公子のベルトを取り、上着を脱がせ始める。


熱がどんどん上がっているのだろう、翡翠の貴公子の頬は紅潮し呼吸が乱れてくる。


「なぁ、主、どうしちまったんだよ?? 帰った時まで別に何でもなさそうだったのに」


心配の声を零す金の貴公子に、執事は翡翠の貴公子のブーツを脱がし乍ら淡々とした口調で言った。


「おそらく、いつもの発熱かと思われます」


「いつもの??」


「主様は年に二、三回、発熱されるのです」


其れは金の貴公子にとって初耳だった。


「え・・・・そうなのか?? 俺、全然、知らないけど・・・・」


「前回は、金の貴公子様が屋敷を出られている時に発熱されましたから」


「え・・・・そうなのか??」


金の貴公子は強い衝撃を受けたのが自分でも判った。


今迄は女遊びが酷く、よく屋敷を出ていたが、其の間に翡翠の貴公子が、


こんな状態になっていたとは・・・・。


「昔から主様は、よく発熱されるのです。ですが主治医が間も無く参りますから、大丈夫でしょう」


「そ・・・そうか」


主治医が必要な程、翡翠の貴公子がよくこんな状態になっていたとは、何も知らなかった。


其れが酷く金の貴公子を情けない気持ちにさせた。


そんな彼に執事が落ち着いた口調で言う。


「金の貴公子様。主様が発熱された事を、夏風の貴婦人様に御連絡下さい。


主様が発熱された際には直ぐ御連絡をする様、夏風の貴婦人様から承っております」


「あ、ああ、判った」


「そして」


頷く金の貴公子に執事が更に言った。


「主様の御着替えを致しますので、部屋を出られて下さい」


「え?? あ、う、うん」


予想外の執事の言葉に戸惑ったものの、金の貴公子は部屋を出た。


自室に入って、夏風の貴婦人宛てに手紙を書き乍ら思う。


幾ら熱を出したからと云って、翡翠の貴公子も裸は見られたくないのだろう。


こんな緊急の事態に、そう云った気遣いが出来る執事は、やはり凄いなと思う。


自分は気が動転しているばかりで何も出来なかったのに・・・・。


自分の羽根で在る金鷺きんさぎが机の上に現れると、


金の貴公子はメモ紙を入れたホルダーを足に取り付け、窓を開けて飛ばした。


秋の夕空に小さくなって行く羽根を見送り乍ら、金の貴公子は、ぼんやりと窓辺に立っていた。









間も無くして、町の医者が翡翠の館を訪れた。


医者は、もじゃもじゃの白い髭の老齢の医師だった。


医師は一通り翡翠の貴公子の診察を終えると、


「いつもの発熱ですな」


と落ち着いた声で言った。


傍には執事とミッシェル、金の貴公子が控えており、金の貴公子はおどおどと訊いた。


「いつものって?? 何で、こんな風に熱が出るんだ??」


問われて、医師は黒い鞄の中から注射器と薬を取り出し乍ら答える。


「何と云いますか、子供の発熱みたいなものですな。一過性のストレスによるものですじゃよ。


解熱剤を打ちますので、直ぐ落ち着きますじゃって」


そう言って、肌蹴た翡翠の貴公子の肩に注射を打つ。


だが金の貴公子は金の目を瞠った儘、呆然としている。


ストレス??


翡翠の貴公子のストレスなど、今まで考えた事が在っただろうか??


しかも発熱する程のストレスだなんて・・・・其れは相当なものなのではないだろうか??


そんなストレスを翡翠の貴公子が溜めていただなんて、想像もしなかった。


此の人は強い人だと思っていたから・・・・。


其れは金の貴公子にとって、初めて知った翡翠の貴公子の一面だった。


医師が数日分の解熱剤を置いて帰ると、金の貴公子は一人、翡翠の貴公子の傍に付いていた。


ミッシェルが代わりに付いていると言ったが、金の貴公子は翡翠の貴公子の傍を離れなかった。


金の貴公子が一人で看病を始めて直ぐだった。


鳥の羽ばたきが聞こえたかと思うと、窓から橙銀とうぎんに輝く鳥が入って来た。


橙銀の隼・・・・夏風の貴婦人の羽根だ。


橙の足には銀のホルダーが付いている。


金の貴公子は椅子から立ち上がると、テーブルに留まった鳥の足のホルダーから、


折り畳まれた小さな紙を取り出した。


其処には、


――――寝かせておけ。執事と医者以外に触らせるな。


と、乱雑な字で書かれて在った。


夏風の貴婦人も翡翠の貴公子の発熱については判っている様だ。


橙銀の鳥が役目を終えたかの様に姿を消すと、


金の貴公子は椅子に座って翡翠の貴公子の看病を続けた。

この御話は、まだ続きます。


遂に倒れてしまった翡翠の貴公子ですが、


ファレンス男爵は、まだ出てきます☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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