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最弱魔導騎士の人生録  作者: 黒楼海璃
第一章 最弱の学園入学編
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第一話 登校

 宗像むなかたゆうは不意に目が覚めた。何か物音が聞こえた訳でもなく、誰かの気配を感じた訳でもなく、本当に何の前触れもなく目が覚めた。


 枕元に置いてあったスマホを手に取って起動させる。時計が表示され、時刻は午前五時となっていた。


「…………少し早起きし過ぎたかな」


 かと言って二度寝する気にもなれず、むくりと布団から起き上がる。寝具として使っていた羽毛布団は新品同然ーーというか引っ越し祝いとして昨日貰ったばかりなので仕方ない事だ。


 これで寝れば安眠間違いなしと絶賛されたので使ってみたが確かに寝心地はとても素晴らしかった。但し、優輝は()()()()()()()()()()()()()()()だったので、あっという間に眠りに付けた訳ではなかった。


 部屋の隅に布団を片付けて制服に着替える。灰色をベースにしたブレザーと黒い長ズボンだ。昨日支給されたばかりで着心地も良い。ネクタイも最初は締め方が分からなかったが何回か練習する内に出来るようになった。


 部屋を後にしてリビングに出る。そのまま冷蔵庫へと向かい、中からミネラルウォーターを取り出して口に含む。冷たく清潔な水がのどを潤してくれて気持ちが良い。


 綺麗な水を普通に飲めるだなんて、一体いつ以来だっただろう、とつい思ってしまう。


「……本当、こっちに来て良かったなぁ」


 ごくごくと水を飲み干し、ペットボトルは潰してゴミ箱に捨てる。


 キッチンからリビングを見渡す。ここにはテーブル、テレビ、ソファなどの家具家電が最初から揃っていた。一人暮らしを始める若者にとってなんと有難いだろう。


 さて、起きたは良いがやる事が無い。仕方なくソファに腰かけてテレビを付けた。この時間帯はニュースくらいしかやっていないので暇潰しに見てみる。昨日起こった事故の報道、政治経済、天気予報などなど適当に見ている内に時刻は午前八時になっていた。


「……そろそろ行くか」


 テレビを消して寝ていた部屋、優輝の自室に戻る。


 自室と言っても布団と勉強机と空の本棚しかないシンプルな空間だ。


 机の上のカバンと立てかけていた日本刀を手に取る。これらも昨日支給された物だ。日本刀は左腰に吊り下げ、カバンは中身を確認する。と言ってもタブレットPCが一台入っているだけだった。


「えーっと、あとは生徒手帳……」


 カバンと一緒に置いてあった、スマホと同じ形状の端末を手にしてブレザーの内ポケットに仕舞う。スマホもズボンのポケットに入れているので持ち物はこれで全部だ。


「それじゃあ、行きますか」


 戸締りをしっかりしてマンションを後にした。



 歩く事十数分、優輝は渦空魔導騎士学園の正門前に到着していた。


 白を基調とした校舎と広大な敷地。校内に植えられている桜は綺麗に満開となっている。


 天気は快晴。空気も美味しくとても都会とは言えない程に心地よい。


「……今日は本当に良い天気だなぁ」


 優輝は道中同じ事を何度か思っていた事を呟いた。


 ――空を見上げて良い天気だと思えるのはいつ以来だろう。


 ――空気を美味しいと思ったのはいつ以来だろう。


 ――心地良いと思ったのはいつ以来だろう。


 優輝以外にも何人もの学生が登校していた。全員ブレザーだが下は男子がズボンで女子がスカートだ。持ち物はカバンの他に優輝が持つ日本刀や短刀、弓と言った武器を携帯している。


 ここにいるのは皆優輝と同級生になる者達。彼らを見て最初に思ったのは、


(……ふむ。五分、かな)


 知覚出来るだけでも()()()()が優輝の周囲にいる。流石は魔導騎士を目指す学生達と言った所だろう。もし彼らが一斉に襲い掛かってくる事があれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 勿論襲ってこない限りこちらからは仕掛けたりしない。それにここではあまり問題を起こさないように言われている。何事も無ければそれでよしと思っていると、生徒手帳から着信音が鳴った。


 急いで出てみると学園からのメールが来ていた。内容は入学式の案内について。九時から入学式が始まるので大講堂に来て下さい、というものだった。場所についても地図が同封されているので迷う心配は無いだろう。


 文明は進んだなぁ、と優輝は思う。少し前まで情報端末に触れる機会なんて皆無だった優輝にとってスマホや生徒手帳と言った機械は物珍しく思えてしまう。まるで玩具を与えられた子供みたいに。


 生徒手帳の地図に従って進む事にした。


 学園内は桜だけでなく色とりどりの花が植えられており、噴水や木々、巨大な建造物が幾つも目に入る。


 何に使う施設かは分からないが、一体これを作るのにどれだけ金が掛かっているのか。

 それだけここに通う若者達に価値があるということなのか、ここまでしないと碌に機能しないからなのか。


(……まっ、いっか)


 どうでも良い事を考えたがすぐに忘れて歩きだした。


 そろそろ大講堂に辿り着く頃かと辺りを見渡していると、


「……ん?」


 奇妙な集団が目に入った。

 数は六人。それはまだ良い。だがそこには違和感があった。


 何やら言い争う騒ぎ声が聞こえ始めた。


「あの、止めて下さいっ」

「良いじゃねぇかよ、ちょっとくらい」


 聞こえた方へと足を進めると、五人の男子生徒が一人の女子生徒を取り囲んでいる現場を目撃した。


「あの私、これから入学式にいかないと……」

「んなのサボって俺らと遊ぼうって」

「そうそう。俺らと楽しい事しようぜ?」


 どうやらこれは、俗に言うナンパという奴ではないだろうか。いやそれにしては男子生徒達の態度は少々乱暴だ。


 ひょっとして漫画とかによくある「不良に絡まれる女子高生」的なシチュエーションではないだろうか。


 こんな光景を生で見れるなんてある意味運が良い。


(……ってそうじゃない。これどうするんだろう)


 優輝が見る限り、女子生徒の方は困っていた。明らかに多勢に無勢、おまけに男女で力の差があるだろうから自力で脱け出すのは無理だろう。


 優輝はこの状況をどう解決すれば良いのか考えてみた。いや、真っ先に浮かんだ解決策はある。だがそれを使ってしまえば後々面倒な事になってしまい、立つ瀬がない。この場合は一番平和的に済めば良いと思い、


(よし、こうしよう)


 優輝は一つの解決策を胸に彼らへと近づいていく。


「あの、放してくださいっ!」

「固い事言うなって」

「ねえ、君達」


 丁度男子生徒の一人が女子生徒の腕を掴んでいた時に優輝が話しかけてきた。


「あ? ンだよ」

「いやぁ、こんな所で何やってるのかなって」


 優輝は純真無垢な笑顔で男子生徒の質問に答えるが、いきなり現れたからなのかそれとも答え方が悪かったのか、男子生徒達の顔が不機嫌になる。


「つか誰だテメェ」

「僕? 僕は今日ここに入学する生徒だよ? 君達もそうなんでしょ?」

「だったら何だよ。テメェには関係ないだろうが」

「いやいや、関係あると思うよ。入学式九時からだってお知らせ来てたし、こんな所で油売ってたら間に合わないよ」


 あくまでも平和的に話し合う。それが優輝の思いついた解決策だった。だが男子生徒達はそうはしたくないらしい。


「ンな事テメェには関係ねぇだろうがっ! すっこんでろっ!」

「えー? でもここにいたら入学式出れなくなっちゃうし、そっちの彼女だって困ってるみたいだし」

「あぁ? ンだテメェ。要はヒーロー気取りかぁ?」

「ううん。僕はヒーローなんて大層な者じゃないよ。そんな事よりもさ、入学式……」

「だからうるせぇんだよテメェはぁっ!」


 優輝がなんとか話し合おうとするが、何度も入学式云々と言う為か、男子生徒の一人が声を荒げた。この反応にはどうしていいのか分からず困惑してしまう。


「……えーっと、君達さ、日本語は分かるよね? 言葉の通じない猿じゃないよね?」

「ンだとゴラァッ⁉」

「誰が猿だぁっ⁉」

「テメェ喧嘩売ってんのかぁっ⁉」

「あ、ごめん。猿の方がまだ賢かったね」


 悪気は無かったのだろう。いや本当に悪意があって言った訳ではない。ただ純粋に聞いてみただけだった。彼らにとってはそれが神経を逆撫でさせる事になるとも知らずに。


 男子生徒達は女子生徒から離れ、優輝の元へと近寄っていく。


「テメェ、どうやら痛い目遭いてぇみてぇだな」

「いやいやいや、好き好んで痛い思いしたい人なんていないと思うけど」


 あははは、と笑う優輝の無垢さに男子生徒達は更なる苛立ちを覚えた。


「もう良い。コイツぶっ飛ばしてやる」


 と言った男子生徒の一人が腰の日本刀を抜刀した。他の者達もナイフや手斧、棍棒、拳銃と言った武器を取り出す。

 各々が何か呟くと、それらの武器は光を纏う。光が止むと、日本刀やナイフは大して変わらないが、手斧は大型の戦斧、棍棒は鉄棍へと変化した。


「……固有魔装アーツ・デバイスか」


 この学園の生徒なら誰もが使えて当たり前の戦闘手段――固有魔装。

 魔力と触媒に用いる武具によって変化するその形状と能力は人によって様々である。


 尤も、優輝はとある理由からこの固有魔装を使う事が出来ない。


 だが今はそんな事よりもこの状況が問題だ。


「おい、今土下座すんだったら大目に見てやらねぇこともねぇぞ」


 と、日本刀を向ける男子生徒が威圧的に言う。

 一方の優輝は一見冷静に見えるが、彼らの対応に目の色が若干変わる。


「……君達さ、()()を出したって事がどういう意味なのか分かってるんだよね?」

「あぁ?」

「止めるなら今の内だよ?」

「ンダトゴラァッ⁉」


 声のトーンが少し変わった優輝の問い掛けに男子生徒達の苛立ちは高まるばかりだった。


「おい、土下座する気がねぇならテメェも抜きやがれ!」


 腰の日本刀を差された優輝は自分の得物を一瞥すると、留め具を外して鞘に収めたまま手に取り、その場に落とした。


 優輝の不可解な行動に男子生徒達は疑問を浮かべる。


「おい、何のつもりだ。まさか土下座する気になったか?」

「いや、間違えて殺しちゃったら後で面倒だし」


 素っ気なく答える優輝に男子生徒達は怒り心頭になる。


「テメェ、上等だこの野郎!」


 キレた男子生徒が日本刀を振り被り、勢いよく突っ込んできた。


「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」


 男子生徒が振り下ろした一撃を、優輝はヒョイと躱し、男子生徒の腕を左手で掴んだ。次の瞬間、


 ――グシャァッ!


 優輝の右ストレートが男子生徒の顔面に直撃、何かが折れる音が鳴り響いた。あまりに速く、受けた本人も後ろにいた男子生徒達も、何が起こったのか理解するのに遅れた。


 気が付いた時には、優輝に腕を掴まれた男子生徒の首がだらんと後ろに向いていた。優輝が手を放すと男子生徒はその場に倒れこんだ。


「……あれ?」


 誰もがポカーンとする中、困惑の顔を浮かべるのは殴った本人である優輝だった。


 優輝はしゃがみ込んで倒れた男子生徒の脈を測る。幸いにも気絶しているだけだった。


「良かった。間違えてっちゃったかと思ったよ」


 無垢な笑顔でホッとする優輝を見て、男子生徒達がハッと我に返る。


「テ、テメェッ!」


 バッとナイフを持った男子生徒が突っ込んでくる。

 逃げれば良いのに、と思った優輝はナイフの突きをさっきと同様に避け、ナイフを持つ腕の手首と肘を両手で素早く掴み、前腕目掛けて膝蹴りを放つ。


「ヒ、ヒギイャアアアアアアアッーーゴフッ⁉」


 骨の砕ける音が響き、男子生徒は腕を押さえながら絶叫する。だがすぐに優輝が顔面を蹴り上げた事で男子生徒はピクピク痙攣しながら動かなくなってしまった。


「さて」


 優輝は軽やかな足取りで残りの三人に近づく。


「う、うぉおおおおおおおおっ!」


 先頭にいた男子生徒が戦斧を大きく振り上げて迎え撃とうとしたが、優輝は足払いで転ばし、がら空きになったなった胴目掛けて踏みつけた。


 あばらが折れる音が響き、戦斧使いの男子生徒はガクッと気を失う。


「こ、この野郎っ!」


 四人目の男子生徒が鉄棍を振り回しながら優輝に突進する。


(……遅いなぁ)


 優輝はゆっくりと自分に向かってくる男子生徒を待ち合わせの感覚で待っていた。振り下ろした鉄棍を、何事もなかったかの様に素手で掴んだ。


 彼らの名誉の為の余談だが、男子生徒達は決して弱くはない。現に身体強化によってその能力は常人よりもはるかに高くなっている。突進速度も普通ではない。


 ただ、相手が悪かった。


 今の一撃も当たれば骨が砕ける程の威力はあった。それを優輝は掴んだ鉄棍を男子生徒の手からあっさりと奪い取り、肩目掛けて叩き付ける。肩の骨が砕け、男子生徒はその場で気絶する。


「な、あ、あ……」


 最後の一人、拳銃を持った男子生徒は目の前の惨状に開いた口が塞がらない。身体はガタガタ震え、優輝と目が合った瞬間ビクッと身が竦む。

 先程までの威勢とは打って変わって、まるで猛獣を前に怯える小動物の様だ。


(……フッ)


 男子生徒の変わり様に思わず笑ってしまった優輝の無垢な顔は、男子生徒と何も出来ず震えて蹲っている女子生徒から見れば悪魔の笑みに見えただろう。


「く、く、く、来るなっ! 来るなぁっ!」


 男子生徒が震える手で発砲した。


(…………)


 そんな物がどうした、と言わんばかりに優輝は迫りくる銃弾を身を捻って避けつつ近づく。その後も数発撃たれるが全て避けている。


「あ……あ……か……⁉」


 銃弾すら当たらない優輝を前に、男子生徒の顔は絶望に染まっていた。


 自分達は、手を出してはいけない存在を相手にしてしまった。今更気付いた後悔と歩み寄ってくる優輝(悪魔)を前に、為す術など無い。

 極度の緊張と恐怖心によって圧迫された男子生徒はそのまま白目を剥き、泡を吹いて気絶してしまった。


「…………え、えーっと」


 いきなり戦闘不能になってしまった男子生徒を前に優輝は立ち止まり、怯えながらこちらをチラチラ窺う女子生徒を交互に見つめ、困った様に呟いた。


「これって、どうしたら良いんだろう……」


 その疑問に答える者はおらず、結局優輝は騒ぎを聞いた教職員が駆け付けるまでの間、自分が倒した男子生徒達を山積みにしたり、怯える女子生徒に話しかけようとして逆に怖がられたり、それに軽く傷付いたりした。

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