平原の少女
気がつけば平原にいた。
見渡す限りの平原。草は青々とし、吹く風に揺れている。
遠くに木々が見える。
森のように思えた。
ここは何処かしら?
何故私はこんな所に?
思い出せない。
冷静に記憶を探ると、唯一思い出せたのは名前だけ。
ルアラ、そう呼ばれていた記憶だけだった。
不思議と不安は無い。
まただ、また記憶を失った。
それだけの事なのだ。
何故そう思った?
記憶がないのに。
私は何かと戦い、敗れてここに来た。
そんな事を何度も何度も繰り返している。
そんな気がする。
だからだ。
だから、また記憶を失ったと思ったのだ。
そして、だとすれば今回もやることは変わらないのだろう。
見上げれば、空はどこまでも高く蒼かった。
そして吹き続ける風は強くはないが冷たい。
改めて自分の姿を確認する。
純白の服を着ているものの生地は薄く袖もない。
服と同じ純白のスカートも踝まであるがやはり薄い。
靴は履いていなかった。
通常であればかなり肌寒く、直ぐに唇も青くなりそうなものなのに私の体は震えることは無かった。
確かに肌寒いがそう感じただけで体温は一定に保たれている。
そして肌寒さもすぐに気にならなくなった。
周囲に人の気配はなく、道らしきものも無かった。
ここには私一人だけだ。
しかし、孤独も不安も感じない。
慣れているのか、そもそも心が壊れているのかも判らない。
いえ私は孤独ではない。
そんな気もする。
私には大勢の仲間……いえ、同志がいる。
断言は出来ないが心の内よりなにか応援されている。
そんな風に思えた。
草原に一人という状況は判った。
ここにいても仕方がないことも。
どこに向かうべきか?
わからないが、前に進もう。
後ろを振りかえるべきではない。
そんな気がした。
歩き始めてどれくらい経ったか、日の高さからすると日没までもう少しはあるだろう。
森が近くまで見えてきた。
前方に見える森は広大だった。
森を目指してやって来たものの、入るべきではないかも知れない。
視界も効かず、何が起こるか予測が難しい。
となれば森の境を進むことになるけど。
さて、右か左か?
何か人の存在を感じられるものに出会いたい。
森の手前までやって来た。
ここまで結構歩いてきたはず。
でも疲れは微塵も感じない。
だけど先程から躓く回数が増えている。
感じていないだけで、やはり体は疲れているのだと思う。
いま休めば日が落ちてしまいそうだ。
しかし先に進んだところでどこかで日は沈む。
休める内に休むべきか。
そう思った時、森から何かが出てきたことに気づいた。
鹿だ、それも青い鹿。
記憶が無いはずなのにあれが鹿と判ることに少し笑ってしまう。
流石に無知では無いらしい。
青い鹿は私の倍はあるだろう大きな体と体と同じく青い立派な角をもつ牡鹿だ。
その姿は美しく、神々しい光を纏っている。
私は立ち止まり、様子を伺う。
逃げても私よりも鹿の方が早いだろう。
背中を見せれば背後より角で突き刺され、跳ね上げられる。
そんな映像が頭の中に浮かんだ。
私は何故立ち止まっているのだろうか?
気づかれないうちに後退るべきだ。
普通に考えれば戦って勝てる相手では無い。
華奢な体で武器すら無い状況でどう立ち向かえというのか?
しかし、不思議と恐怖はない。
只々見極めようとしている。
あれが襲ってくるか否かを。
そんな自分の行動と思考が不思議だった。
なぜ襲われる可能性を考えているのか、と?
鹿が私に気づいた。
鹿と目が合う。
そして私はため息と共に思う。
ああ、あの鹿は神の使いだ。
だからあんなにも気高く、美しく、そして禍々しい。
同時に私の内なる声が私に囁く。
〝あの神の使いは敵だ。だから戦わなければならない。徹底的に、容赦なく、無残に、無に返さねばならない。それが私の成すべきことだ〟
神の使い、青鹿も私を敵だと認識したようだ。
私の方に向きを変えると堂々とこちらに歩いてくる。
しかしその目には敵意が宿っていた。
お互いの距離が約5mになった所で青鹿は立ち止まる。
『我を見て伏拝せぬは不敬なり。その罪は一族郎党、ことごとく誅殺しても足りぬ』
話しかけてくるとは思わなかった。
正確には念話だと思う。
しかし無視をすることにした。
尊大で傲慢な神の使いと話すことなど無い。
ただ潰すだけで良い。
『・・・・・・・』
『その見下す目、万死に値する』
その刹那、気の弱いものなら、それだけでショック死するであろう強烈な殺気と暴力的な神気が私を襲った。
通常ならこれだけの神気を浴びれば、正気を保てず、体は変異し、異形の者と化すだろう。
そして生物を見れば襲いかかる。
それはもはや魔物と何ら変わらない。
神に生み出されたか、魔に生み出されたかの違いでしかない。
何故か私はそう感じていた。
『私の神気に耐えるか、小癪なり!』
『・・・・・』
なかなか良くしゃべる鹿だと思った。
私は何故かは判らないが右手を上に伸ばした。
記憶は無いが体は覚えているのだろうか?
判らない事だらけだ。
すると、私の頭上に光の棒が現れた。
私は自然にその棒を掴む。
掴むとその光の棒は徐々に光を失い、光が完全に消えた時、
私は白い棒を持っていたのだった。
私の身長程の棒は白い六角柱で上端に幾つものリングが着いていた。
棒の下端を地につけると、
シャラン
涼し気な音が鳴った。
『畏れを知らぬ痴れ者め!』
私が武器?を手にした事により青鹿が突進を開始した。
それに対し、私の体はまたも勝手に動く。
私は突進を右にステップをして躱した……
つもりだった。
実際は疲れの為か、
私の感覚と実際の動きに若干のズレがあり、左腕に角が掠ってしまった。
掠っただけなのに私は吹き飛ばされた。
神気の力によるものだろうか。
私は地面に打ち付けられ転がる。
私は直ぐに今出現させた棒を杖代わりに立ち上がる。
しかし、左腕に力が入らない。
吹き飛ばされた為、青鹿との距離はすこし離れた。
青鹿は私が生きている事に驚き、追撃をしてこなかった。
『我の神気により掠っただけでも人は生を保てぬ。うぬは何者ぞ!』
『私も知りたいわ』
自分の状況を探るため、会話で少し時間稼ぎをすることにした。
痛みは無い。
地面に打ち付けられた筈なのに服や体に傷もない。
しかし左腕だけは掠った部分が爛れていて力が入らない。
いや、この爛れは徐々に私に侵蝕しているようだ。
そう思った時、私の右手が勝手に動いた。
持っていた棒で左手の傷口の少し上を軽く叩いたのだ。
ボトリ。
私の左腕が落ちた音だった。
棒は鋭い刃物のように簡単に私の腕を切断してしまった。
私は驚いていた。
自分がやったことよりもそれでも痛みが無い事、血も吹き出して来ない事、そして……
私の無くなったはずの左手に感覚があることに。
足元には私の切り落とされた左手が転がっているが、その代わり私にはぼんやりと光る左手が生えていた。
『……霊の腕。なるほど、うぬは世界の敵であるか』
『それを決めるのは貴方ではない』
私は棒の下端に転がっている私の左手を引っ掛け、青鹿に向かって放る。
『穢れた気はお返しするわ』
『無礼者が!』
どこまでも尊大な青鹿は角で腕を払おうとした。
「聖女の法 LV1 穢汚浄化」
青鹿の左角が放った腕に当たった瞬間に私は術を発動した。
私の声と共に腕は白く光り弾けた。
『ぐおおお!』
醜い悲鳴をあげる青鹿。
光が収まった時、青鹿の左角は途中から無くなっていた。
『貴様!許さぬ!この罪、百代先まで許さぬ!!』
怒り心頭の青鹿に微塵も恐怖を感じない。
私は不思議だった。
心は冷めていて、静かだ。
そして煩い青鹿に哀れな者を見る目を向けている。
『哀れな鹿よ、還るべき所へ導きましょう』
『ぎょごよごおーーーー!!!!!』
怒りのあまりか、その叫びは理解出ないものだった。
意味は無いのかもしれない。
怒りのままに猛進してくる青鹿。
私は棒の上端を青鹿に向かって突き出した。
「聖女の法 LV1 白球の暴食」
棒の先端より少し先に白き小さな球が出現する。
大きさは豆粒位。
青鹿は正気を失っている為か
白球を無視して私に迫る!
私は後ろに跳び退いた。
白球と青鹿の胸が接触した。
刹那
ブオン!
そんな音と共に白球は一瞬で直径2m位に膨張し、青鹿の前半身を飲み込む。
白球は只々白く、影も出来ないその球は立体的に見えない。
だから球というより円に見えた。
白球に半身を飲まれ神の使いの突進は止まった。
白球が青鹿を捕食したのだ。
私は再び棒の下端を地につける。
シャラン
やはり涼し気な音が鳴り、白球は徐々に透明になって消えていった。
残されたのは青鹿の前足2本と後ろ半身だった。
青鹿だったそれらは倒れ、
白球に食われた断面から赤い血がドクドクと流れ出す。
後ろ足はピクピクと痙攣していた。
「血は赤いのね。このままでは此処は神の使いの血に侵されてしまう」
自然に出た私の言葉や行動から察するにどうやら私は神への敵対者らしい。
私は再び白球を作り出し、血を吸った地面ごと青鹿の残り半分を無に帰した。
地面は半球状に抉られ、この場から先程まで感じていた神気は感じなくなった。
それにしても棒にしろ、術にしろ記憶がないのにすんなり使いこなせたのは何故だろうか?
私の体は勝手に動き、勝手のしゃべる
私の中には別の私がいるのだろうか?
判らない。
しかし、疲れた。
今は只々眠りたい。
私の右手が勝手に棒を地面に突き刺した。
そこで私は意識を保てなくなったのだった。




