守人
「しもやく~ん、次は何処行く~?」
「先輩、酔いすぎですよ。もう帰りますよ、明日は早いんですから。」
「こら~、乙女の誘いを断るなんて、無粋だぞ~。」
「乙女って年ですか...?」
「無礼者ー!」
ハイヒールが靴に刺さる。いてぇ。
というか、まず名前も知らないのに何で俺が...。あいつらに押し付けられたからなのだが。
というか何だ、親交研究会って。ゲームでも無いのに親密度なんて分かるか!いや、入ったのは俺だけど。毎月こんな集会する以外の活動ってあったっけ?
「良いじゃん、ね?しもやん♪」
「霜也っす、そうや。しもやじゃないです。」
「良いの良いの、細かい事はさ。そだ、私んち来る?良いのが眠ってるよ~。」
「いや行かな」
「ウイスキー、好きでしょ~。富士だっけ?友達に貰ってあるよん。」
「...今日だけっす。」
バレていたか。まぁ朝の講義の単位は取ってるし...。せっかくのお誘いを無下にするのも悪いのだ、そうなのだ。それだけだ、断じて物に釣られてない。
「ん?あれって...。」
「路上駐車っすか?邪魔だなぁ...。」
「いやぁ...ちょっと違うかも。霜也君、こっちこっち。」
「あっ、はい。」
先輩が真面目な顔をして、少し下がって手招きをする。
急だな、てか酔って無かったな?何で俺ここに居るの本当に...いや、富士山麗の為か!
...いや、違う。だから酒で釣られてない。
「実はね、最近よく見るんだよねぇ、あの車。ずっと彼処に止まってるし、レンズ向けてるのを見た事もある。」
「なんすか、それ。」
「何人かさ、着いて来てくれるかなぁって人がいたから酔ってみたりさ。」
つまり、警戒してると。要はストーカーとか言う奴だろうか。人付き合い下手くその陰キャか、妄想癖の勘違い野郎か...。
まだナンパ好きな陽キャが可愛く見えるな。てか、さらっと騙してました宣言した先輩が一番怖いかも。
「んーと、俺は何を期待されてます?」
「え~、逃げるの?」
「いや、逃げないっすよ。何して欲しいと思ってますか?」
「あぁ、そっち。う~ん、単純に怖かったから、かなぁ。」
うわ~、一番判断に困るやつ。どうしろっつーの、彼氏面して殴り込めって?まず先輩の名前、教えてくれないかな。
「霜也くーん、もしかして迷惑だった?」
「いや、勝手に着いてきてそこまで言わねぇっすよ。」
あいつらが行ってたら良かったのに、とは思ったけど。
いや、でもこんな夜中に酔った人を放っとくのもあれじゃん?そうじゃん?
...もしかして、既に騙されたからあいつら行かなかったんじゃね?先輩、美人だし行くと思った奴も来なかったし。
「そっか。じゃあまた明日ねぇ~。」
「あっ、それで良いんすか。」
「うん、何かしてくる訳でも無いし。部屋に来てもさ、消火器とか、包丁とか、スタンガンとか。」
「いや殺意高過ぎっすよ!」
「アハハ、冗談冗談!まぁそういう訳だし、大丈夫だよー。ありがとね。」
納得はいかねぇけど...。実際なんも出来ないんだよな。
「そんじゃ、お疲れ様です。」
「うん、お疲れ~。」
先輩を見送って、帰る。俺にそんなに話もしない人の為に頑張るみたいな、そんな情熱は残ってない。
...いや、そう決めたのは、俺かも。別に帰るのは遅くなっても構わないし、物理的に車には辿り着けるし、居住区の近くで危険も少ないだろ。
「まぁ、酒は奢って貰えそうだしなぁ...。軽く話すくらいなら?」
俺は車に近づいて、その位置を探る。
単純な路上駐車とか、放置車両とかだったら笑うし。場所は...マンションもしっかり見えるな。一階は無理だけど。
先輩は二階って言ってたし...怪しさとしては十分かな。よし、ノックだ。怒られたら酔ってるフリしてやり過ごそう。
「...なにか?」
ガラスを軽くコツコツ叩くと、それを開けて男が顔を出す。今時、電動でも無いウインドウってあるんだ。クルクルとハンドル回すやつ。
「あんた、こんな所でなんしてんの?」
「いや、なんでも?」
「怪しい人ですねぇ?」
「うわっ、酒くさ...。あぁ、今日は帰るよ。あんたも、そうそうに離れた方が良いぞ。こんな夜中に出歩くと危険だ。」
少し離れれば、男が車を出して去っていった。社内にはカメラやノートか...本当にストーカーだったのかも。話が通じてた(?)だけマシだけど。
「ふぅ、これで良かったのかどうか...。まぁ、悪くはなかった...よな?」
さて俺も帰ろう。今日は寝酒も旨そうだ。
『朝のニュースです。昨夜、都内のマンションにて女性が刺されている事が発見されました。凶器は三十㎝程の両刃の刃物の様な物と見られ、犯人は現在も逃亡中の様です。
マンションからは正面から出た映像が残っており...』
大きくあくびをしながら、俺は退屈なニュースを聞き流す。最近、無職になった所為で朝飯はひもじい。まったく、どこの会社もろくでもねぇぜ。俺のやることはそんなんじゃねぇ!
「あん?てか出た映像だけかよ。凶器も適当だし特定出来てねぇの?...アホクサ。」
どうせ凶器は持ち逃げか。自前で刃物持ち歩けるとか、この辺も物騒だ。俺は特にやる気も起きないから、もやしをかっこんで眠る事にした。
ネタバレ
出ていく映像のみ語られた事、凶器は特定出来ていないから、女性が部屋に持っていなかったであろう事...。つまり、犯人が大きめの凶器を持ち歩ける距離だった事。
それは犯人がマンションの中に居た事を示します。最初からいたなら、出ていく映像しかクローズアップされません。
そして自分がいたマンションで事件を起こす事から、恐らく初犯では無い。そしてそれを監視できる位置にカメラとノートを持った男...。
さて、女性を守っていたのは誰だったのでしょう。