1_11 「おのれ既得権益」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいまー。トパース、頼んでたもの用意できた?」
領主館ではトパースが待ってくれていた。
「こちらが税収の詳細と、その内訳です」
「おお、ありがとう」
「去年と一昨年のものまでしかまとめられませんでしたが」
「十分十分。現状が分かれば良いのよ」
リビングのテーブルで納税記録を開いた。
領主館にも会議室はあるのにはあるのだが、部屋も会議卓も大き過ぎて使いづらいのである。
「あれ? どっちがどっちだっけ?」
ふたつに分けられた書類の束に同じ数字が並んでいて、一瞬戸惑ってしまう。
「こちらが去年のもの、こちらが一昨年のものです」
「税収の額が全然変わってないんだけれど……」
主要な財源が去年もおととしも全く同額だ。まさかトパースが手抜きをする訳はないだろうし。
「それが……どうも住民税や所得にかける税は毎年同じ額を徴税していたようで」
「ええ……? そんないい加減な。いくら農家ばかりだって言ったって、収穫だって毎年変わるでしょ」
「そのはずです」
「ならその収穫高によって取る税も増減するものじゃないの?」
「それがですね。ここの住民たちは収穫した農作物はほとんど市場に出さずに世帯で消費しているようで……」
トパースも困った顔になった。
「収穫が所得にならないんです」
「うぉっ、マジか」
「なので土地と建物にのみ税をかけていたようで。それなら徴税する側も把握するのは簡単ですし」
「……つまりは不動産以外はろくに調べてもないし、そもそも現金化してないから収入を調べる手段もないと?」
「おそらく」
「あーもう、これだから自分で食べる分は作れちゃう農民は! 田舎嫌い!」
思わず叫んでしまう。
住民のほとんどが農民だというのに農作物が収入にならないとは。
「自分のところで食べるものばかり作ってないで、もっとお金になるもの作れば良いんじゃないの?」
思い切って商業作物に転換しなければいつまでも畑から収入が上がらなさそうだ。
自分のところで食べる黒麦や大豆ばかり作っていても仕方がないではないか。
「ほら砂糖とか、果物とか! 出荷して高く売れそうなやつ!」
「正直この気候と土地では難しいと思います」
「じゃあいっそタバコを植えるとか。 あっ、養蚕は!? 桑の木植えてカイコを飼って、絹糸を取るの! 確かあれって寒い地方でもできるのよね!」
時代劇で雪国でカイコを育てているのを見たことがある。ここでも似たようなことはできるはずだ。
我ながら良いアイディアだと思ったが、トパースは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……ダメ?」
「そういった実入りの良い産業は、ギルドとその影響下にある農家が目を光らせていまして……。新規参入する余地は絶望的かと」
「…………ギルド?」
「王都で特権を持っている商工業者の組合です。商業作物の生産量も価格も協定を結んでいますから」
いやそりゃ知ってるけど。
僻地にある自分の領地で作物を植えるのにまで、ギルドの顔色をうかがわなければいけないというのか。
ちょっと信じられなくて、私は目をしばたたかせた。
「だってここは公爵さまの領地よ? 王族よ? プリンスなのよ? なんで組合の言うこと聞かなきゃいけないわけ?」
「有力ギルドは国王陛下から直接特権を認められていますから……」
「えっ、そうなの?」
「その、申しあげにくいのですが、マダマ殿下のお力では横紙破りは厳しいと思います」
トパースは言いにくそうに本当のことを言った。
そんな権力があるならこんな僻地に流刑同然に飛ばされていないだろう、というのは言わずもがなだ。
「おのれ既得権益!!」
思わず握りしめた拳で机を叩いていた。
「ギルドなんて冒険者が登録して、そいつらがダンジョン攻略したりモンスターを討伐してきたりしたら報酬払ったりランク付けしたりするような組織やってれば良いのよ!」
「何の話をされているんですか?」
「何でもないわ! もうやめやめ、農業なんかどうせ私には向いてないのよ!」
紙束をめくって、他に望みのありそうな財源はないかと探してみる。
が、紙を手繰るペースはどんどん落ちていった。
「うーん……」
はっきり言って。
しょぼい。
「本当に何もないのね、ここって」
あとは申し訳程度の製粉所の使用料とか、河川にかかる通行料とか、山地の使用料とか。
正直言って微々たるものばかりだ。
「領地の外側は山ばっかりなんだからさ、材木とか売れないかしら?」
「専門家が管理しないと林業は難しいのでは? 積み下ろしする設備や輸送路を作るのに投資も必要ですし」
「ダイヤモンド鉱山とかいきなり見つかったりしない?」
「有望な鉱脈があれば直轄領時代に調査していると思います」
「あの、トパース。正確な情報をありがとう。でももう少し気休めになることを言って……」
「も、申し訳ありません」
憂鬱な気分で書類に目を通していると、財源として計上されている国からの交付金に目が留まった。
財源に乏しい領地でも、公共施設の維持や人件費で費用はかかるものだ。
足りない分は国からお金をもらって間に合わせていた。
その額なんと財源全体の四割近くである。
「……ところで去年までもらえてた、この財源の公金ってどうなるのかしら?」
「今まで王家の直轄領なので払われてきた財源ですね」
「だったらマダマさまの領地になっちゃったこれからはなくなる?」
「おそらく」
「……つまり私たちは何もしないままだと、毎年領地の予算の四割分を自腹切り続ける羽目になると?」
「そういうことです」
「早く何か収入源になりそうなもの見つけるわよ!」
こうしてはいられない。
慌てて最後の書類へ手を伸ばした。
「うん?」
意外な内容が書いてあった。
「……船舶税? 網税? 何これ?」
「漁師にかけている税ですね」
「えっ、漁師なんかいるの?」
驚いた。
もちろん領地の地形は領主館にかけられた大地図で毎日見ているし、領内が海に面しているのは知ってはいたが。
領主館からは逆方向だし、切り立った断崖に厳しい風が吹きつける海だし、とても実りの多いところには思えなかったからだ。
「ええ、数は少ないがいるみたいですね」
「漁港なんかあったの?」
「いえ、どうも個人で細々とやっているようです」
「ふーん?」
ちょっと興味が湧いた。
「よく考えたら北側は全部海なんだから、魚なんていくらでも獲れるんじゃないの?」
何せこのオズエンドはファセット王国の最北端。
ここより北には海しかないのだ。
「うまいことすればお金になりそうじゃない? なんで誰もやらないの?」
「私にも事情は良く分かりません」
これは実態を把握しておく必要があるかもしれない。
「見に行きましょうか」




