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1_10 「金は全てを解決してくれる」

<<全くひどい目にあった!>>



 学校を出たタヌタヌはぷんぷんと怒っていた。

踏み鳴らすように短い足を高く上げて歩いてご機嫌斜めの様子だ。



「子供たちみんなかわいかったわね」

<<どこが!?>>



 私の方を振りあおぐタヌキはまだ気が収まらないようで語気を強めた。



<<これだからガキは嫌いなんだ! 遠慮がないから!>>

「まあまあ。そんなに怒らなくて良いじゃない」

<<もう学校になんか行かないぞ!>>

「分かったわよ。今回だけね。私からマダマさまにも言っておくから」



 教会の前で待ってもらっていた馬車に乗り込む。

今日はベリルはずっとマダマさまについているとのことで、私はタヌタヌと一緒に一日お仕事だ。

馬車が動きだすのを待ってから、となりのタヌタヌに話しかけた。



「とりあえず学校が設備も教材も足りないのは分かったわ。まず一番の問題は保護者に子供を通わせる気がないことでしょうけれど」


 

 授業の方はとりあえずマダマさまに任せるとして。

今にも雨漏りしそうなあばら家で、机もなしに床に座り込んでノートも筆記用具もないままなのは流石にどうにかしてやりたい。

が、そのために回せる予算も人もはっきり言って目途が立たないのが現状だ。



「問題点を整理したいわねぇ。……はっきり言って山積みだけれど」



 まず第一の問題は税収が足りないことだ。

が、はっきり言って今のままではオズエンデンド領内で収入が増える見込みはない。

住民のほぼ大半が貧農。

下手をすれば日々の食事にもことかいている有様で、税収アップなど望むべくもなかった。



 次にろくな産業がないこと。

みんながみんな自分の暮らしで手一杯で、食べ物を作る仕事に従事しているからサービス業や物品の需要がない。

というかその余裕がない。

領内ではろくにお金も流通していないし、物々交換の方が信用されていそうな気配まである。

当然商人の足も遠のくし、生活もいつまで経っても向上しない。



「結局お金の問題なのよねえ……」


 

 産業を起こすにも教育を施すにも金がかかるのだ。

なんて世知辛い世の中だろう。



「やはりお金よ。お金は全てを解決してくれるわ。一部を除いてね」

<<少女漫画の中とは思えんセリフだ……>>



 横でタヌキが呆れた声を出したが、こっちだってできれば言いたかないのだこんなことは。 



<<大公夫人から貸してもらえば? 甥っ子のためならいくらでも出してくれるだろ>>

「ダメよ、自分で稼いだお金じゃないと身につかないわ」



 代官が駐在していた時代から、この領内では不足する税収を補うために中央から公金が投入されてきていた。

マダマさまの名前でお金を借りて投入したところで、ザルに水を注ぐようなもので結局は同じことになる。

なんとか住民に自分たちでお金を稼がせなければ、いつまで経っても食べることに精一杯で暮らし向きは良くならないだろう。



「でもどうやって稼げば良いのかしら……?」



 馬車の向こうに見えるのは、荒れ地と切り立った山々、あとは厳しい北の海だけだ。

刑務所しかない寒村で、国中で売れるようなものが果たして生み出せるのだろうか?



<<あと何か忘れてないか?>>

「ん?」

<<例の呪いだよ、呪い。俺は刑務所で囚人が死んだ理由が知りたい>>



 タヌタヌはシートの上でぐっと上半身を起こした。



「ああ、そのこと?」



 私は正直そこまで関心は持てなかった。

確かに呪いだなんて気味は悪いし、疑惑の目を向けられるアメシス神父には同情するが。

刑務所は国のお金で運営されているはずだし、領地の経営とは直接関係はない。

あまりこちらから干渉しても良い顔はされないだろうし。

 


「そんなに気になる?」

<<気になるね>>

「突然死したのが不思議?」

<<いいや。人が外傷以外の理由でいきなり死ぬ原因は百個くらい思いつく>>

「そんなに」

<<でももしも40回も同じ理由で連続死したとしたら、そりゃあ異常事態だ。しかも誰にも理由が分からないってんだからな>>



 タヌタヌは興が乗ったように、自分の口元を舌でペロリと舐めた。

いくら相手が凶悪犯罪を犯した囚人とはいえちょっと不謹慎なのではないか。

何か薄気味悪いものを感じて、私はおそるおそる尋ねた。



「……まさか誰かに殺されたって言うんじゃないでしょうね?」

<<可能性はあるな>>

「でも誰が?」

<<分からん。わざわざ刑務所の中にいる人間を殺したいと思う理由が思いつかないしな>>



 そりゃそうだ。私怨にしても40人はちょっと多過ぎる。



「……」


 

 その時、ある可能性が思いついた。



「まさか作造りされたとか?」

<<サクヅクリ……って何それ?>>



 聞き覚えのない単語だったようで、タヌタヌは不思議そうな顔をした。

私が彼に何か教えるのは珍しいな、と思いながら解説する。



「日本にいたころテレビの時代劇で見たのよ」

<<時代劇?>>

「ほら、牢屋の中って不衛生でしょ? 囚人が多過ぎると不便だからって、牢名主の命令でスペースを開けるために囚人が新入りやルールを守らない人を殺しちゃうの!」

<<可能性がないとは言わないけどさ……>>



 タヌタヌは興が削がれたように座り直した。



<<それって多人数が入れられてる牢内の他殺だろ? 独房の中にいる人間をどうやって殺すんだ>>

「えーと、ほら。毒を盛るとか」

<<食事の世話は看守がするんじゃないのか? それに独房なら入る人数は決まってるんだから増えすぎたりはしないだろ>>

「ああ……そっか」



 どうも的外れな思いつきだったようだ。



<<とにかくあの刑務所をもっと詳しく調べようぜ>>

「えー、あんまり行きたくないわよ。刑務所なんて」

<<そう言わずにさ。領内で殺人事件が起きてたらまずいだろ>>

「待って待って。大事なことは他にもあるから」



 いつの間にか領主館そばまで馬車はたどりついていた。

私は死んだ人間のことよりも、生きている人間のことを考えなければならないのだ。



「トパースが財政書類まとめてくれてるはずだから、それ見て一緒に考えましょ」

<<その後で刑務所な>>

「分かった、分かったってば」



 タヌキのしつこさにちょっと呆れながら、私は馬車を下りる準備をした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通に熱中症とかじゃ?
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