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1_9 「たいせつにするね!」

 ――――――翌朝。



「授業参観って普通は、生徒が授業を受けてるところを保護者が見るものじゃない?」

「普通はそうでしょうね」



 私とベリルは教会に併設された学校にいた。

新しいアイディアを思いついたらしいマダマさまから、意見を聞きたいので授業の様子を見て欲しいと頼まれたのだ。

王宮警護官のベリルは、マダマさまのそばについているのがいつもの平常業務である。



「教師が授業をしているところを見る授業参観って聞いたことある?」

「聞いたことがありません」



 ひょっとしたらファセット王国創建以来の珍事かもしれないぞ、これは。

などとつかぬことを考えていると、教室の真ん中からちらちらとこちらに送られてくる視線に気づく。



「ああ、気にしないでちょうだい。私たちは見てるだけだから」



 3人の少女……おそらくは姉妹だろう……が、教室の真ん中の床に直接座って授業が始まるのを待っていた。

昨日マダマさまが言っていた授業に出てきたのと同じ3人だろう。

学校で一つしかない教室の、最奥に陣取った私とベリルのことが気になるようだ。


 学校の教室とは言うものの、粗末なあばら家の平屋にところどころ割れた黒板と古いピアノが置いてあるだけである。

私が想像する小学校のように生徒各自が使える机も椅子もない。

せめて長机くらいはいつか用意してあげたいのだが、と思っていると。



「お、お待たせしました。おはようございます、みんな」



 遅れて教師が教室に入ってきた。マダマさまだ。



「今日は教材として、素敵なゲストを連れてきましたよ」



 その後についてきて……訂正。連れてこられたのはタヌタヌだった。

恐らくは猟犬用に置いてあったものだろう、体格に合わない大きな首輪をつけられている。

そしてこれまたぶっとい革のリードにつながれて、ほとんど引きずられるように教室に入ってきた。



<<なんで俺がこんなことしなきゃならないんだよ!>>



 不平の声が聞こえているのは私だけだが、嫌そうなのは四つ足を突っ張って抵抗する姿を見れば一目瞭然である。



「「「キャ――――――ッ!!」」」

<<うわっ!? な、なんだお前ら!?>>

  


 反応は大きかった。

姉妹たちは黄色い声を上げ、初めて見る珍獣の姿に目を輝かせ始める。



「何あの生き物!」

「目の周りだけ黒い、変なの―――――ー!」

「しっぽおおきい、ふとい!」



 興味津々な女の子たちの様子を見て、マダマさまは小さくうなずいた。



「とっても珍しいでしょう。すごく賢い生き物なんですよ」

「先生、触っても良い!?」

「あたし抱っこしたい!」

<<げっ、俺嫌だよ!>>



 タヌタヌは嫌な顔をしたがおかまいなしだ。

3姉妹は初めて見るタヌキを取り囲むと、撫でたり毛を引っつまんだり足を引っ張ったりと好き勝手をし始めた。



<<やめ、やめろって!>>

「毛やわらかーい」

「あ、おちんちんだ」

「あたしも! あたしもだっこする!」



 興奮のあまり一番小さな女の子はぴょんぴょん床の上を飛び跳ね始めたくらいである。



(なるほど、ペットで興味を引こうって作戦ね)



 タヌキを貸してくれと言ったのはこのためだったのだ。

なかなか出足は悪くないのではないか。とりあえずつかみとしては成功だ。タヌタヌにとっては悪夢かもしれないが。

あとはこの関心をどう授業に活かしていくかだが……。



「タヌタヌは『タヌキ』という生き物です。字にするとこう書きます」



 マダマさまは姉妹たちに説明しながら、欠けたチョークを手に古びた黒板へ向かった。

黒板の真ん中に何か書こうとして、ぴたりとその手が止まった。



「……」

「……どうかされたんでしょうか?」

「『タヌキ』のつづりが分かんないんじゃない?」



 何せこの世界には本来いないはずの生き物である。

辞書や本に載っているはずもない。

真面目なマダマさまのことだ、『音だけ近い適当な当て字は教えられない』と必死に考えているのだろう。


 が、思いつかなかったようだ。



「な、名前は『タヌタヌ』です!」



 カチャカチャ音を立てて、マダマさまは大きく名前を板書した。



「みんなも書けるようになりましょう。文字は全部覚えていますね?」



 チョークを片手に生徒たちを振り返る。



「タヌタヌだって!」

「よろしくタヌタヌ!」

「タヌタヌとままごとしたーい!」



 が、生徒たちは授業そっちのけでタヌキに夢中だった。

黒板の文字には目もくれず、タヌキを囲んでわいわい騒いでいる。

マダマさまは叱りつけることもできず、チョーク片手にぽつんと一人で立ち尽くしていた。

うーむ、学級崩壊だ。



「あの、みんな、授業を……」

「あたし、あたしがだっこするばん!」



 一番下の子がようやくぐったりとしたタヌタヌを受け取れた。

どうしても欲しかったぬいぐるみを買ってもらえた幼女のように、ぎゅうっと両手いっぱいにタヌキを抱きしめる。

よほどタヌキが気に入ったらしい。その毛並みに頬をこすり付けるようにしてご満悦だ。



「せんせい。ありがとう!」

「は、はぁ。喜んでくれたのは良かったです」

「うちにかえっても、たいせつにするね!!」

「……あげるとは言っていませんよ!?」



 慌ててマダマさまはタヌキを取り上げにかかった。



「離しなさい! 教材は回収、回収です!」 

「や――――――っ!!」

<<ギャ――――――ッ!?>>



 途端にぐずり始めた女の子が抵抗するので、生徒と教師でタヌキの手足を取り合う妙ちくりんな事態になった。

ほとんど大岡越前の子供争いである。

しかもお互い自分から手を離すつもりがないので、ほとんど牛裂きのように体を引っ張られる羽目になったタヌキが悲鳴を上げる。



「ダメっぽいわね。これは」

「ダメっぽいですね……」



 とても授業とは思えない光景を前に、私たちは総括した。

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