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1_7 「お願い、手伝って!」

 領主館に帰れたころにはもう日は傾きかけていた。

つい先月までは代官所として使われていた、小高い丘の上にある石造りの館に馬車は登っていく。

今ではここが私の仮住まいだ。



 かつては砦として使われていたそうで、なるほど周囲には半ば埋まった空堀があったり、防御柵らしい丸太が打ち込まれた跡が残っていたりする。

が、今ではそれらはもう古びているし、建物だって建て替えられている。

とても軍事的に役に立つ代物ではないだろう。



 とりあえずここオズエンデンドでは、住居としては一番大きく立派な建物がこの領主館ということになる。

王都で住んでいたロナ家邸より床面積で3分の1もないこじんまりした建物だが、贅沢は言えない。

住民たちはもっと粗末な木でできた家に住んでいるのだ。



「ただいまぁ……」



 併設された厩舎に馬たちを引き入れる作業はベリルと御者のシリマールに任せて、私は古びた領主館のの扉を開けた。



「おかえりなさいませ、お嬢様」



 メイド服を着た見慣れた姿が出迎えてくれた。



「トパース!」



 思わず声が出た。

ばっと走り寄ると、小柄なその両肩を思い切り抱きしめてしまう。




「お、お嬢様……!」

「来てくれたのね、ありがとう! あの因業親父に嫌がらせされなかった?」

「い、因業親父……」



 待ちかねた気持ちが先走ってついついはしたない単語を使ってしまったが、たじろぎながらトパースは旧主を立てるように言った。



「たしかに旦那様は良い顔はされませんでしたが、私がこちらへ来るのを許してくださいました」

「ふーん、ちょっと意外」

「お嬢様の身の回りのことをご心配されてのことでしょう」

「いやいや、そりゃないわ。 どうせ家を飛び出したことにはプリプリ怒ってんでしょ?」

「確かにしばらくはふさぎこんでおられたようですが……」

「が?」



 侍女に先をうながす。



「キューレット大公夫人からたくさんの融資を頂く話がまとまったそうで、今は精力的にお仕事に励んでおられます」

「ほら見なさい。そういう父親なのよ」



 ふん、と鼻息を鳴らして切って捨てる。

まあいいや、因業親父のことなんかどうでも!



「でもありがとうトパース。来たばかりなのに早速働いてくれてるのね」

「恐れ入ります。多少拭き掃除をした程度ですが……」

「いやいや、助かるわぁ。何せやらなきゃいけないことが溜まっててね。私一人じゃにっちもさっちもいかなくなってたの」



 トパースを連れだってリビングに向かう。

家具も調度も代官時代のもので古びているが、今は贅沢は言っていられない。

テーブルの椅子にかけて、ふぅと息をつく。



「気にしないで。あなたも座って」



 遠慮するトパースを向かいの椅子に座らせて、とりあえず状況を説明することにした。



「今は私、マダマさまの領主の業務の手伝いをしているの」

「お嬢様が?」

「ええ、そうなの。ほらここって、前は国の直轄領だったでしょう? 当然派遣された代官が統治してたんだけどね」

「その代官の方は?」

「マダマさまが赴任してきて、もうこれからは公爵領だってんで引き継ぎだけしてさっさと帰っちゃったのよ。よりによって使えるスタッフはみんなその代官の部下で、引き連れて一緒に!」



 直轄領の統治は中央から出向する役人の仕事だが、成果次第で出世の登竜門になる部署だ。

当然なりたがる人間も多いし、有力な家系の出身者は個人的な従者や部下を連れていることも珍しくない。

ここオズエンデンドの代官もまさにその口だった。

刑務所以外なにもない僻地から円満な形で中央に帰れるとあって、引継ぎをさっさと済ませると喜んで部下たちと帰っていきやがったのだ。



「残ったのは、地元で再雇用されて代官所の手伝いしてたおじいちゃんたちばっかでね……」

「そうなのですか?」

「徴税の手伝いとか、簡単な作業とか、そんなことしかしたことないっていうの。大事なことは全然任されたことがなくてやり方も知らないって……」

「まぁ」



 辛抱強くトパースは私の愚痴を聞いてくれた。



「マダマさまもベリルも書類仕事なんかしたことないしね……。仕方なく私が書類漁ってたんだけど、もうもろもろの問題が色々と山積みハッピーセットなわけよ」

「あの、それで私に何をしろと?」

「トパース! お願い、手伝って! 私の秘書やって!」

「えぇ……!?」



 流石のトパースもこの命令……というより懇願には驚いたようだ。



「わ、私は侍女ですよ?」

「でもあなた字が書けるでしょ? 計算と簿記も結構できるわよね、うちにいたころから女中頭の手伝いしてたの知ってるのよ」

「それはまあ……。簡単な帳簿をつけたり、書類をまとめる程度なら」

「十分! 貴重な即戦力よ!」

「そ、そこまでですか?」

「ええ! 言いたくないけれどここの人たち、ほとんど読み書きもできないの!」



 ようやくトパースは、何度か現地雇用を試みては心が折れた私の苦労を悟ってくれたらしい。

眉が同情の形になった。



「私が知ってる人の中で、仕事を手伝ってもらえそうなのってあなたくらいしかいないのよ……。お願い、助けると思って!」

「わ、分かりました。微力を尽くします」

「ありがとう……いやあ助かるわ。これで文字と数字の違いをいちいち毎回説明する作業から解放される……」



 トパースがぎょっと肩をすくめて、私はあることに気付いた。



「そう言えばトパース。マダマさまはとは教会で会えた? たしか手紙で説明しといたわよね?」

「はい。ご挨拶をして、先ほどお戻りになられました。 今はお部屋にいらっしゃいます」

「ああそう、分かったわ」



 刑務所のことは説明しておかなければなるまい。

黙っておいてもアメシス神父の口からマダマさまの耳に入ることだろうし。

 


(……でもどう説明する?)



 果たして、誰が呪っているのかも不明な呪いなどというものを、急死の原因として語って良いものだろうか。

迷いながら私は椅子を立った。


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